第132話 応答待ちの観測柱
B-2再訪は、遠征というより、面倒な再作業に近かった。
E-03から浅い沈降帯を越え、B-2の基部まで進む。登録した通過線があるとはいえ、足元の沈み方は毎回少し違う。ガタの車輪は昨日より安定していたが、それは安全になったという意味ではない。どこで沈むかを知った分だけ、慎重になっただけだ。
B-2の基部に着くと、端末周りにはまた薄く砂が積もっていた。
レンはそれを見て、短く息を吐いた。
「戻るの早いな」
『砂は戻ります』
「お前、ちょっと嬉しそうだな」
『処理対象です』
「やっぱ嬉しそうだ」
ガタはすでに前へ出ている。車輪を固定し、アームを下げる。ざり、ざり、と乾いた音が始まった。B-2の柱は昨日と同じように傾いている。上部は沈黙したまま、白い空へ斜めに伸びていた。
ノアの表示が、腕端末に重なる。
[B-2 REVISIT STATUS]
――――――――――
目的:E-04-B区間4再観測
副目的:B-2応答待ち状態の保持確認
接続口:仮補強劣化
構造振動:低
未分類反応:保留
――――――――――
「応答待ちは見るだけ」
『はい。開きません』
「E-04-Bの区間4が優先」
『了解しています』
レンは端末の接続口を確認した。昨日の補修テープは、焦げた部分がさらに硬くなっている。金属片はまだ残っているが、少しずれていた。このまま簡易給電線を入れれば、今度こそ折れるかもしれない。
レンは膝をつき、補強を外した。
砂が指の間に入る。手袋越しでもざらつく。細かい作業には向いていない環境だ。文句を言っても始まらないので、レンは古いテープを剥がし、金属片を当て直す。
『力が強いです』
「昨日も聞いた」
『昨日も強かったです』
「今日は弱めてる」
『昨日よりは弱いです』
「褒めてる?」
『改善を確認しています』
ガタが横からアームを伸ばす。
『固定します』
「頼む」
昨日と同じ作業だが、昨日よりは早い。ガタが金属片を押さえ、レンが補修テープを巻く。端は少し歪んだが、接続口の縁は安定した。簡易給電線を浅く差し込む。今度は一度で入った。
「よし」
『仮接続を確認』
『低出力給電、準備完了』
「ノア、短時間だけ」
『はい。E-04-B区間4の再観測を優先します』
「B-2の応答待ちは」
『監視のみ』
給電が始まる。
B-2の表示窓に、薄い光が戻った。昨日より少し安定している。補強が効いたのか、接続がよかったのかは分からない。それでも、ちらつきは少なかった。
[B-2 LOW POWER REBOOT]
――――――――――
下部中継:起動
上部観測:不可
側面観測:限定
E-04-B区間4:取得開始
応答待ち:保持
――――――――――
「区間4、出せ」
『取得します』
中央卓ではないので、表示は簡易だ。腕端末の小さな画面に、B-2から見たE-04側面の断片が重なる。崩落物帯の端。低地へ落ちる斜面。金属片の堆積。砂に隠れた硬い部分が、ところどころ白く出る。
『地表硬度、部分推定』
「歩けるか」
『徒歩は条件付き。車輪は補助装備が必要です』
『車輪カバー二枚』
「言うと思った」
『必要です』
ガタが即答した。
レンは無視して画面を見る。崩落物帯の端には、たしかに硬い場所がある。だが、連続していない。途中で低い段差があり、その下に金属片が重なっている。足を置くなら選べる。車輪はそのままだと引っかかる。
[E-04-B SECTION 4]
――――――――――
崩落物帯端部:確認
硬化部:断続
低段差:あり
金属片堆積:多
徒歩通過:条件付き
車輪通過:補助装備推奨
評価:仮通過可
――――――――――
「仮通過可」
『はい。安全ではありません』
「分かってる。でも、不可じゃない」
『不可ではありません』
「なら線になる」
レンは息を吐いた。
E-04-Bが、ただの思いつきから、細い実線へ近づいた。まだ仮だ。通るには装備も再観測も必要だ。だが、正面遮断を避けて側面へ入る道が、地図上だけではなく、地表の硬さとしても見え始めた。
その時、B-2の表示窓の端が、ゆっくり明滅した。
昨日の未分類反応とは違う。
もっと機械的で、規則的な光だった。
[RESPONSE WAIT]
――――――――――
B-2下部中継:応答待ち保持
宛先:不明
上位系統:未接続
再送:不可
状態:待機
――――――――――
「また出た」
『応答待ち状態です。未分類反応との同期はありません』
「開く必要は?」
『ありません。現時点では、B-2構造ログとして保持すべきです』
「了解」
レンは表示を見つめた。
B-2は何かを待っている。
だが、それはMIOではない。個人鍵でもない。もっと単純な、施設としての未処理だ。どこかへ返すはずだった信号が、下部中継の中で止まっている。上部が死に、通信が切れたまま、ただ待機だけが残った。
「ノア、これを無視して大丈夫か」
『無視ではありません。保存します』
「開かないだけ」
『はい』
「……そればっかりだな」
『現在の外縁探索では、開かない判断が複数あります』
「多いな」
『多いです』
ノアは飾らずに言った。
レンは少し笑った。
確かに多い。MIOログ、未分類反応、B-2応答待ち。開けようと思えば開けるものが増えている。だが、全部を開いたら何も進まない。今は、線を残す。次に踏める場所を探す。
B-2の低出力が揺れた。
『接続安定、低下』
「もう少しいけるか」
『区間4データは保存済みです。追加取得は推奨しません』
「じゃあ切る」
『給電停止します』
光が落ちた。
B-2の基部は、また静かになる。応答待ちの表示も消えた。だが、ログには残っている。E-04-B区間4のデータも保存された。レンは簡易給電線を抜き、接続口に薄い保護材をかぶせた。
ガタが周囲の砂をならす。
『仮保護、更新します』
「頼む」
『次回も砂は戻ります』
「知ってる」
レンは立ち上がり、E-04の方角を見た。
ここからはまだ見えない。B-2から取った側面データだけが、E-04-Bという線を作っている。直接見えない道を、データで先に置く。それは少し怖い。だが、見えないまま突っ込むよりはずっといい。
[E-04-B UPDATE]
――――――――――
区間4:仮通過可
徒歩:条件付き
車輪:補助装備推奨
B-2再観測:成功
B-2応答待ち:保存
未分類反応:変化なし
――――――――――
「これで、E-04-Bは候補から一段上げられるか」
『はい。仮ルートとして登録可能です』
「登録」
『実行します』
腕端末の地図に、細い白い線が残る。
E-03から浅い沈降帯を越え、B-2へ。B-2から側面低地へ。その先はまだ灰色だが、線はE-04遮断点の横へ届いていた。
ガタが地図を見て言った。
『車輪カバー二枚』
「まだ言う」
『仮ルート登録時の推奨装備です』
「推奨装備なら記録しとけ」
『記録しました』
「今のは許可じゃない」
『推奨装備です』
レンは言い返すのをやめた。
たぶん、次に出る時は必要になる。認めるのは癪だが、崩落物帯に片側カバーだけで突っ込む方がもっと嫌だ。
B-2の傾いた柱を振り返る。
上部は使えない。下部だけが短く反応する。応答待ちを抱えたまま、砂に埋もれている。それでも、B-2は役に立った。E-04の正面以外を見せた。仮ルートを作った。
レンは小さくうなずいた。
「戻るぞ」
『復路誘導を開始します』
『E-04-B登録完了』
『車輪カバー二枚』
「帰ってからな」
ガタの車輪が、満足そうに鳴った。
帰り道、浅い沈降帯の手前でレンは一度だけ振り返った。B-2は遠く、斜めに立っている。その下に、まだ開かない応答が残っている。
今はそれでいい。
B-2は沈黙しているだけではなかった。
待っているものを抱えたまま、次の道を示していた。
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