第129話 B-2下部中継
B-2の基部は、朝になっても砂に埋もれたままだった。
昨日どけた分は残っている。だが、夜の風が細かい砂を運び、端末の端にはまた薄い層がかかっていた。完全に元へ戻ったわけではない。それでも、ここが外だということを、はっきり思い出させるくらいには埋まり直している。
レンはB-2の影の中で、携行食をかじった。
昨日の乾燥穀物系ブロックではない。基地から持ってきた合成タンパク片だ。味は相変わらず薄い。けれど、昨日の古い棚みたいな味よりはましだった。水パックは残り半分。ぬるい水を少し飲むと、砂でざらついた口の中がようやく動く。
『摂取量、遠征作業最低値を満たしました』
「最低値って言うな」
『過大評価を避けました』
「避けすぎだ」
ガタはすでに端末周りの砂を押している。ざり、ざり、と乾いた音が続く。昨日より作業が早い。端末の位置が分かっている分、無駄な動きが少ない。
『排砂作業、効率化しています』
「自分で言うな」
『実績です』
ノアの表示が、B-2基部端末とレンの腕端末の両方に重なった。E-03からの通信は維持されている。浅い沈降帯を越えてきたことで、通信は少し弱い。それでも切れていない。
[B-2 WORK STATUS]
――――――――――
位置:B-2基部
E-03帰還線:維持
通信:低下なし
基部端末:再露出中
接続口:損傷
目的:下部中継系統の応答確認
――――――――――
「接続口、昨日のままか」
『はい。損傷状態に変化はありません』
「よくなってたりしない?」
『自然回復はありません』
「だよな」
レンは膝をつき、端末の横に手を入れた。砂を払うと、歪んだ接続口が見える。簡易給電線をそのまま入れれば、たぶん折れる。折れたら終わりだ。代わりに、補修テープと薄い金属片で、接続口の外側を少し支えることにした。
細かい作業は得意ではない。
だが、雑にやると壊れる。
レンは息を止めすぎないようにしながら、歪んだ縁へ金属片を当てた。
『力が強すぎます』
「分かってる」
『今の力では、縁が欠けます』
「分かってるって」
『分かっている場合、弱めてください』
「正論で殴るな」
ガタが横から小さなアームを伸ばした。
『固定します』
「できるのか」
『手より安定します』
「悪かったな」
『事実です』
小さなアームが金属片を押さえる。レンはその上から補修テープを巻いた。きれいではない。だが、接続口の縁は少しだけ安定した。簡易給電線の先端を入れる。途中で引っかかる。角度を変えると、かち、と浅く入った。
ノアの表示が一瞬だけ明るくなる。
[TEMPORARY LINK]
――――――――――
簡易給電線:仮接続
接続安定:低
許容時間:短
推奨:低出力確認のみ
上部系統:接続不可
下部系統:応答待ち
――――――――――
「短時間だけだな」
『はい。高出力は不可。下部中継の起動確認に限定してください』
「ノア、給電」
『E-03側帰還線を経由して、低出力で送ります』
『開始します』
端末の表示窓が、薄く光った。
昨日より長い。
白い線が一つ、横へ走る。次に、縦の線が遅れて出る。古い画面が眠そうに目を開けるような光り方だった。ちらつき、落ちかけ、また戻る。
レンは端末から手を離さない。
離すと接続がずれそうだった。
『B-2下部系統、応答あり』
「上は?」
『上部観測、応答なし』
「下だけでいい」
『下部中継、限定起動可能』
ガタの車輪が小さく鳴った。
『砂をどけたためです』
「分かってる。お前の手柄だよ」
『記録してください』
『記録済みです』
ノアの返答の方が早かった。
B-2の基部が低く震えた。音というほどではない。足元の金属がわずかに鳴り、砂が細かく落ちる。柱の上部は動かない。傾いたまま白い空に刺さっている。だが、下は反応している。
[B-2 LOW POWER BOOT]
――――――――――
上部観測:不可
下部中継:低出力起動
地表高低差:取得開始
E-04遮断点側面:部分取得
動作時間:短
構造振動:監視中
――――――――――
「E-04側、見えるか」
『部分的に。正面データではありません。側面の高低差と遮断帯の端のみです』
「それでいい。正面から行かないための目だ」
『はい』
表示が切り替わる。
地図の端に、細い線が増えた。E-03、浅い沈降帯、B-2。そして、その先に灰色の大きな塊。E-04遮断点。その端が、少しだけ削れるように表示された。正面では見えなかった側面。沈降帯とは別の低地。金属片の堆積。通れそうな場所は、まだない。
でも、見えた。
見えないものは避けられない。
見えたものなら、避け方を考えられる。
「取れてる」
『はい。ただし、情報量は少ないです』
「少なくても、昨日よりは多い」
『その評価は正しいです』
レンは息を吐いた。
手が少ししびれている。端末を押さえたままの姿勢が続いていた。ガタが横からアームを出し、接続部を押さえ直す。
『交代します』
「助かる」
レンは手を離し、水を飲んだ。パックの中身はもう少ない。水が喉を通る間にも、B-2の表示はちらついている。長くは持たない。ノアの警告も出ていた。
[LINK LIMIT]
――――――――――
接続安定:低下
残り推奨時間:短
構造振動:微増
取得データ:保存中
未分類反応:監視中
――――――――――
「未分類反応、監視中?」
『昨日の反応に類似する波形を低優先で監視しています』
「低優先?」
『主目的はB-2下部中継の確認です』
「いい判断だ」
言ってから、レンは少しだけ驚いた。
前なら、未分類反応を見つけた時点で、そちらへ意識が引っ張られていた。MIOの名前が出るかもしれない。個人鍵に近いものが見えるかもしれない。そう考えるだけで胸の奥が狭くなる。
今も、気にならないわけではない。
だが、手元にB-2のデータがある。
E-04へ向かうための側面情報が取れている。
今はそちらを落とさない方が大事だ。
端末の端で、短い光が揺れた。
昨日と同じ、白でも青でもない光。
レンの胸の奥が反応する。
ノアの表示は、すぐに出た。
[UNCLASSIFIED TRACE]
――――――――――
波形:短時間
個人鍵類似:判定保留
通常表示外ログ:反応あり
通信:未成立
接続:未成立
――――――――――
「通常表示外ログ」
『MIO関連保留ログに微弱同期があります』
「出すな」
『通常表示には出していません。警告枠です』
「それも出すなって言いたいけど、必要か」
『必要です』
レンは目を閉じかけて、やめた。
見ないふりは違う。
開くのも違う。
あると知った上で、今は触らない。
「保留のまま」
『はい』
「B-2のデータ保存を優先」
『了解』
表示窓がまた大きくちらついた。
『接続限界です』
「保存は」
『主要データ保存済み。未分類反応は断片のみ』
「断片でいい。切れ」
『給電停止します』
B-2の端末から光が落ちた。
完全に消えたわけではない。奥に微弱な明滅が残っている。だが、さっきまでの低出力起動は終わった。ガタが接続部からアームを離し、簡易給電線をゆっくり抜く。補修テープは少し焦げたように黒くなっていた。
「危なかったか」
『想定範囲です』
「その焦げは?」
『想定範囲の端です』
「言い方」
レンは端末の横に座り込んだ。
座るつもりはなかった。だが、膝が勝手に折れた。疲れが遅れてきている。腹の中の携行食はまだ固く、口の中は砂っぽい。水は残り少ない。
『休憩してください』
「してる」
『今度は座っています』
「言わなくていい」
ガタが端末周りの砂を少し戻し、接続口が完全に埋まらないよう、外装片を立てかけた。
『仮保護です』
「次も使うからな」
『はい。砂は戻ります』
「分かってる」
ノアが取得データを整理する。
[B-2 SESSION RESULT]
――――――――――
B-2下部中継:低出力起動成功
上部観測:不可
E-04側面データ:部分取得
地表高低差:保存
接続口:仮補強
未分類反応:断片取得/保留
――――――――――
「成功、でいいな」
『限定成功です』
「限定でも成功だ」
『はい。限定成功です』
レンは笑った。
少しだけ、ちゃんと笑えた。
B-2は完全に使えるわけではない。上部は死んでいる。基部も砂に埋まり、接続は短時間しか持たない。それでも、下部中継は起動した。E-04の側面が少し見えた。未分類反応も出たが、開かずに済んだ。
今日は、それでいい。
レンはB-2の傾いた柱を見上げた。
壊れかけた観測柱の下で、外縁地図が少しだけ広がった。
MIOの名前は、まだ表示の外に置いてある。
けれど、消えてはいない。
それも、今はそれでよかった。
今日で5月20日の開始から連載1ヶ月となりました。
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