表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
沈黙圏の外へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
134/189

第126話 灰色の縁を地図に置く

 E-03へ戻る道は、行きよりも短く感じた。


 実際に短くなったわけではない。浅い沈降帯の縁を見つけ、そこから引き返しているだけだ。だが、行きは「どこまで行けるか」を探していた。帰りは「どこまで来たか」を持って戻っている。その差が、足取りを少しだけ変えていた。


 レンはE-03の低い外装が見えたところで、一度だけ振り返った。


 北側の地面は、すでにただの砂と石に戻っている。遠目には灰色の縁も分からない。だが、そこにある。踏めば表層が崩れ、車輪の負荷が変わり、足を取る。浅い。けれど、無視して進めるほど軽くはない。


 E-03の端末に戻ると、ノアがすぐにログを展開した。


[RETURN LOG E-03]

――――――――――

到達点:浅い沈降帯縁

B-2候補:遠方視認

車輪負荷ログ:取得

徒歩感触ログ:取得

帰還線:安定

本日行動:終了推奨

――――――――――


「終了推奨って、帰ってきてから言うのか」

『帰還後の追加行動を抑止しています』

「俺がまた出ると思ってる?」

『可能性はあります』

「信用がない」

『実績があります』


 ガタが充電ステーションへ移動し、接続部を合わせた。かち、と小さな音がする。片側の車輪カバーには、細かい灰色の砂がついていた。普通の砂より少し重そうに見える。レンはしゃがみ、指先でその砂を払った。


 さらさらではない。


 わずかに湿っているような、いや、湿りではなく細かい粉が絡んでいるような感触だ。


「これ、沈降帯の砂か」

『はい。通常砂と粒度が異なります』

『車輪溝に残っています』

「見れば分かる」

『洗浄してください』

「するよ」


 レンはブラシを取り出し、ガタの車輪溝をこすった。灰色の粒がぱらぱらと落ちる。ガタは大人しくしているが、車輪の角度だけ細かく変えてくる。


「動かすな」

『そこに残っています』

「分かってる」

『内側です』

「注文が多いな」

『沈降帯の砂です』


 沈降帯の砂、という言い方になるだけで、ただの汚れではなくなる。


 レンは落ちた粒を少し集め、E-03端末の横に置いた小さな採取皿へ入れた。ノアがすぐに簡易解析を走らせる。E-03の端末では処理が遅い。基地の中央卓ほど早くはない。だが、ここで一次判定できるだけで十分だった。


[SAND SAMPLE CHECK]

――――――――――

採取地点:浅い沈降帯縁

粒度:細

混在物:金属粉微量

粘着性:低

荷重時移動:大

推定:表層崩れやすい

――――――――――


「荷重時移動、大」

『踏むと流れます』

「分かりやすく言うな」

『足元が逃げます』

「もっと嫌だな」


 ガタが短く車輪を鳴らした。


『車輪カバーは有効でした』

「それ、さっき認めた」

『再確認です』

「予備は認めないぞ」

『今は一枚で足ります』

「今は?」

『沈降帯通過時は、追加評価が必要です』

「じわじわ増やそうとするな」


 レンは車輪カバーを外し、裏側を見た。カバーの外縁に、灰色の細い跡が残っている。片側だけ装着したことで、沈み方の差がはっきり出た。見た目は変だったが、実験としては悪くない。


 ノアがその跡を読み取り、簡易図に変換する。


[WHEEL COVER TRACE]

――――――――――

装着:片側

沈下差:確認

車体傾斜:軽微

カバー効果:あり

不足情報:実通過時の連続負荷

――――――――――


「不足情報が出た」

『はい。縁確認だけでは、通過条件は確定できません』

「明日は通過条件確認か」

『推奨行動です。ただし、突破ではなく足場確認です』

「言い方がもう止めに来てる」

『進むための制限です』


 レンは端末の横に腰を下ろした。E-03の外壁が日差しを受けて、少しだけ温かい。基地ほど守られてはいない。風は吹くし、砂は入り込むし、設備は低出力だ。それでも、ここは戻れる場所になっている。


 補給ケース。


 充電ステーション。


 地形監視塔。


 帰還線。


 どれも小さい。どれも頼りない。だが、揃っていると意味が変わる。


「E-03って、思ったより拠点だな」

『はい。外部仮拠点として機能しています』

『本機の充電も可能です』

「そこは大事だな」

『大事です』


 ガタは即答した。


 レンは少し笑い、E-03端末に北側の簡易地図を開いた。今日歩いた線を重ねる。E-03から北へ。途中で足裏の感触が変わった場所。車輪負荷が上がった場所。灰色の縁。遠くに見えたB-2候補。


 ノアが線を整える。


[NORTH ROUTE DRAFT]

――――――――――

起点:E-03

確認済:浅い沈降帯縁まで

B-2候補:遠方視認

未確認:沈降帯内部

推奨:短距離スキャン後、低速進入評価

――――――――――


「低速進入評価」

『はい。明日、沈降帯内部の硬化部を探します』

「硬い場所がなかったら?」

『戻ります』

「あるなら?」

『一歩ずつ確認します』

「一歩ずつ、か」


 レンは北側を見た。


 風が吹くと、地面の表情が変わる。砂が流れ、細い跡が消える。今日自分が歩いた足跡も、明日には薄くなっているかもしれない。だから、地図に置く必要がある。足の記憶だけでは足りない。


 中央卓ではなく、E-03端末に登録する。


 それも重要だった。


 基地に戻ってから整理するのではない。外で見たものを、外の起点に残す。E-03から次に出る時、ここで確認できるようにする。


「ノア、沈降帯縁をE-03ローカルにも保存」

『実行します』

「基地側にも同期」

『同期します』

「ガタの車輪ログも」

『保存対象に含めます』

『本機の貢献です』

「分かってるって」


 表示が更新される。


[E-03 LOCAL MAP UPDATE]

――――――――――

浅い沈降帯縁:登録

車輪負荷ログ:保存

徒歩感触ログ:保存

砂サンプル:簡易解析済

B-2候補方向:仮登録

次回目的:通過条件確認

――――――――――


 レンはしばらく、その表示を見ていた。


 浅い沈降帯縁。


 文字にすると簡単だ。


 だが、地面は文字ほど簡単ではない。踏むと崩れる。車輪が沈む。進めそうに見えて、戻り方を間違えると危ない。そういうものを、少しずつ言葉と線にしている。


 レンは透明な保護板を取り出し、E-03端末の外側に追加で取り付けた。風避け程度のものだが、砂の入り込みは少し減る。固定バンドで押さえると、ガタが横から見ていた。


『固定バンドは有効です』

「これは認める」

『予備も』

「それは別」

『残念です』


 残念です、と平坦に言うので、レンは笑った。


 笑ってから、胸の奥が静かなことに気づいた。


 MIOの名前は出ていない。


 未分類反応もない。


 今日はただ、地面を見て、砂を払い、線を登録している。派手なことは何もない。だが、こういう作業がないと、次に進めない。


 名前に引っ張られない日。


 それはそれで、必要だった。


『レン』

「何だ」

『本日は帰還してください』

「さっき終了推奨って言ったもんな」

『はい。E-03に長時間滞在する理由はありません』

「あるぞ」

『何ですか』

「ぼーっとする」

『作業ではありません』

「休憩だ」

『短時間なら許容します』


 レンはE-03の外壁に背を預け、北側を見た。


 浅い沈降帯の縁は、ここからだともう分からない。その向こうのB-2も、細い影のようにしか見えない。だが、地図には置いた。次に行く時、ただの勘ではなく、今日の線を持って行ける。


 ガタの充電が終わると、三人は基地へ戻った。


 帰り道、レンは一度だけ振り返る。


 E-03は低く、頼りなく、砂に半分沈むように見える。それでも、端末の中には今日の北側線が残っている。補給ケースには水と携行食があり、充電ステーションにはガタの接続跡がある。地形監視塔は、次の短い照射を待っている。


 外へ出るための足場。


 E-03は、そういうものになり始めていた。


 基地に戻ってから、ノアが中央卓へ同期結果を出した。


[BASE SYNC COMPLETE]

――――――――――

E-03ローカル地図:同期済

浅い沈降帯縁:登録

B-2候補方向:保持

次回行動案:沈降帯通過条件確認

未分類反応:変化なし

――――――――――


「明日は、沈降帯の中を見る」

『はい』

「突破じゃなくて、通過条件確認」

『その通りです』

「言質取ったみたいに言うな」

『安全です』


 レンは中央卓の明度を落とした。


 B-2の影は、まだ細い。


 だが、そこへ向かう前に、灰色の縁を越える必要がある。


 今日は、その縁を地図に置いた。


 それだけで、次の一歩は少しだけ現実になった。

「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ