第119話 地面を見る塔
地形監視塔の待機灯は、送電調整室の奥で小さく点いていた。
緑の点は弱い。操作卓の割れた表示板に映ると、すぐに見失いそうになる。それでも、前回までなかった光だ。外部受電点を守り、送電調整室から低出力分岐を通した結果、ようやくそこまで届いた。
レンは端末を操作卓へ置いた。
「今日は短時間スキャンだけだ」
『はい。地形監視塔の周辺センサーを低出力で起動し、E-03周辺とE-04方面の粗い地形差分を取得します』
「粗くていい。沈んでる場所と、通れるかもしれない場所が分かれば十分」
『十分です。今は精密地図より、危険域の切り分けが優先です』
ガタは充電ステーションで待機していた。側面に補助ケーブルがつながり、青いランプがゆっくり点滅している。
『こちら、待機枠の不一致を継続中です』
「まだ言ってるのか」
『言うことで姿勢を保っています』
「車輪は」
『安定。補助充電、微弱。砂量、不快』
「最後はいらない」
『あります』
レンは少しだけ笑って、操作卓へ向き直った。
送電調整室の床には、前回の足跡がまだ残っている。砂が薄く積もり、ケーブル溝の周囲だけわずかに黒い。地形監視塔への分岐盤は奥壁の下段。そこから外へ、低出力の線が伸びている。
ノアが表示を切り替えた。
[TERRAIN SCAN PREP]
――――――――――
外部受電点:保護強化済
送電調整室:限定稼働
地形監視塔:待機灯点灯
センサー範囲:E-03周辺/E-04方面一部
起動時間:二十秒
――――――――――
「二十秒」
『現状の安定値なら可能です。ただし、風が強くなった場合は短縮します』
「風?」
『外部受電点のカバーに砂圧がかかります。今は許容範囲です』
「ガタ、外の音は」
『入口区画側、風音あり。強風ではありません。車輪は室内なので比較的穏やかです』
「車輪基準、助かるな」
『地面を見るなら車輪基準は重要です』
レンは絶縁クランプを確認し、端末を固定した。分岐盤の黄色い灯りが、緑に近い色へ少しだけ変わる。
『短時間スキャンを開始します』
低い振動が、床から上がった。
最初は送電調整室の壁が鳴った。ぶん、と抑えた音がして、次に床下のケーブル溝が細く光る。光は壁の中へ入り、E-03の外側へ向かった。
地形監視塔が応答した。
端末の地図が、黒い空白から少しずつ変わる。E-03を中心に、粗い線が広がった。崩れた搬送路。半地下搬送路の入口。砂に埋もれた旧管理道路。さらに遠く、E-04方面へ向かう地形差分。
映像ではない。
だが、地面の凹凸が、線として浮かんでいく。
[TERRAIN SCAN]
――――――――――
E-03周辺:取得
旧搬送路:一部沈降
半地下搬送路:入口閉塞候補
E-04方面:地盤沈下帯あり
安全候補:北側外縁ルート断片
――――――――――
「見えた」
『はい。粗いですが、E-04方面の沈降帯を確認しました』
「思ったより広いな」
『直進経路は複数箇所で沈下しています。半地下搬送路も入口付近に閉塞候補があります』
「M-17が戻れなかった理由になりそうだ」
『可能性は高いです』
レンは画面を拡大した。
E-04へ向かう直線の搬送路は、途中で大きく落ち込んでいる。地表だけではない。半地下搬送路の上部も歪み、入口近くに崩れた反応がある。車輪でそのまま進めば、沈む。人が歩いても危ない。
背中が冷えた。
ログだけでは、危険は文字だった。
地形図になると、危険は場所になった。
『レン、直進ルートは避けるべきです』
「分かってる」
『ただし、北側に断片的な高地ルートがあります。完全な道ではありませんが、沈降帯を迂回できる可能性があります』
「北側外縁ルート」
『はい。観測柱B-2候補に近い位置です』
端末の地図に、小さな点が出た。
観測柱B-2。
まだ確定ではない。地形監視塔の粗いスキャンが拾った、細い反応だ。E-03から北東へ少し外れた場所。旧搬送路から離れ、岩盤の高いところに立つ柱のような反応。
[B-2 CANDIDATE]
――――――――――
観測柱B-2候補:微弱反応
位置:北側外縁ルート上
役割推定:地形補助観測/経路確認
E-04遮断点:迂回確認に必要
――――――――――
「次はここか」
『E-04へ進む前に、観測柱B-2を確認するのが合理的です』
「地形を見てから道を選ぶ。さらに柱で確認する」
『はい。危険を分解して進めます』
『車輪としても、その案を支持します』
「車輪代表」
『現在、私が代表です』
レンは画面を保存した。
スキャン時間は残り少ない。端末の端で、数字が落ちていく。十九、十八、十七。取得できる範囲を欲張りたくなる。E-04の向こう側、さらに先。まだ黒いところを少しでも見たい。
だが、受電点の値がわずかに揺れた。
『風砂圧、上昇。受電点カバーに砂が当たっています』
「継続できるか」
『あと五秒なら可能です』
「五秒で切る」
端末の地図に、もう一つ線が走った。
北側外縁ルートの端。そこに一瞬だけ、地形以外の反応が混じった。細いノイズ。管理タグとも、搬送機ログとも違う。
「今のは」
『地形データではありません。別系統の微弱信号です』
「どこから」
『観測柱B-2候補の周辺です。ノイズとして保存します』
そこで、スキャンが切れた。
送電調整室の振動が収まり、床下の光が細く消える。緑の点は待機灯へ戻った。部屋の空気が、一段暗くなったように感じた。
[SCAN RESULT]
――――――――――
短時間スキャン:完了
E-04直進路:沈降帯確認
半地下搬送路:閉塞候補
迂回候補:北側外縁ルート断片
次確認:観測柱B-2
未分類反応:微弱ノイズ
――――――――――
「未分類反応」
『はい。データ種別を判定できません。地形、送電、搬送、施設タグのいずれにも一致しません』
「危険信号か」
『現時点では不明です。ただし、強度は低く、即時リスクを示すものではありません』
「なら、まず地形だな」
『はい。B-2確認が次段階です』
ガタの通信が入る。
『こちら補助充電、安定。スキャン時の床振動、微弱。車輪への影響はありません』
「撤収する」
『了解。待機枠から出ます。やはり少し斜めです』
「そこはもう諦めろ」
『諦めるには、まだ数回必要です』
レンは端末を外し、分岐盤を閉じた。カバーの隙間に砂が残っていたので、指で軽く払う。送電調整室の壁には、まだ地形監視塔の待機灯が点いている。
今日、地面を見た。
その事実が、足元の感覚を変えていた。
何も知らずに歩く外と、沈む場所を知って歩く外は違う。まだ危険はある。だが、危険が形になった。避けるための線が見えた。
充電ステーションまで戻ると、ガタがケーブルを外されるのを待っていた。
『補助セル、少量回復。地形データ取得により、今後の車輪被害は減る見込みです』
「減るといいな」
『減らしてください』
「努力する」
『努力ではなく、地図に従ってください』
「はいはい」
レンはケーブルを外し、補助端子へ仮カバーを戻した。ガタが待機枠から出る。前より動きが軽い。
入口区画へ戻ると、外の風が少し強くなっていた。受電点カバーの外側で、砂が細かく叩きつけている音がする。ぱらぱら、ではない。しゃらしゃらと、細い刃が当たるような音だった。
それでも、端末の受電値は落ちていない。
「カバー、効いてる」
『はい。変動幅は許容範囲内です。清掃は必要ですが、保護として機能しています』
「なら、帰れる」
レンはE-03の入口から外を見た。
灰色の空。低く流れる砂。沈降帯のある方向は、見た目では分からない。何も知らなければ、どこも同じ荒れた地面に見える。
だが、端末には違う地図がある。
E-03周辺。
E-04直進路の沈降帯。
北側外縁ルート。
観測柱B-2。
そして、分類できない微弱ノイズ。
レンは端末を胸の前にしまった。
E-03は、外の地面を見る目を取り戻し始めていた。
次は、その目が示した柱へ向かう。
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