第118話 風砂を受ける蓋
受電点の仮カバーは、まだ残っていた。
だが、十分ではなかった。E-03の搬送口手前で膝をついたレンは、外壁パネルの縁に溜まった砂を指で払った。ざり、と乾いた音がして、細かな粒が端子の下へ落ちる。
仮カバーは、風砂を直撃させない役には立っている。
けれど、横から入り込む砂までは止められない。
「端子の下に砂が回ってる」
『はい。接点抵抗の変動は縮小していますが、低出力分岐維持には不足です』
「地形監視塔へ回すには、もう少し安定させる必要がある」
『その通りです。受電点保護を強化すれば、送電調整室から地形監視塔への分岐を短時間維持できます』
レンは外壁パネルの固定バンドを指で押した。緩んではいない。問題は、風の抜け道だった。
E-03の外壁は、きれいな平面ではない。破損して、端子周りの凹凸が多い。仮カバーを上からかぶせただけでは、下から砂が巻き込む。風が壁に当たり、横へ流れ、そのまま端子の下へ入る。
対策は単純だった。
上から守るだけではなく、横の風も逃がす。
「蓋だけじゃなくて、風よけがいる」
『はい。直接密閉すると熱がこもります。推奨は、上部カバー、側面ガード、下部排砂すき間の三点構成です』
「排砂すき間」
『入り込んだ砂を逃がす隙間です。完全に閉じるより安定します』
「閉じない方がいいのか」
『風砂環境では、逃げ道のない砂は内部に溜まります』
ガタが後ろから受電点を見ていた。車輪を外側の石に乗せ、砂の深いところを避けている。
『砂は閉じ込めると固まります』
「経験談か」
『車輪内部で経験しました。評価は最低です』
「説得力あるな」
『あります』
レンは工具袋から、前より大きめの外壁パネル片を出した。基地の外装から外した古い板だ。軽いが、曲げると少し粘る。受電点の上からかぶせるには大きすぎる。だから、半分に切る必要があった。
携帯カッターを当てる。
金属が高い音を立てた。
ぎぎ、と刃が入る。薄い板なのに、手袋越しでも振動が指に響いた。レンは膝で板を押さえ、少しずつ切った。風が横から吹き、切粉が流れる。マスクの内側で息が熱くなる。
『作業姿勢が不安定です』
「分かってる」
『右膝をもう少し外へ。板が逃げています』
「了解」
レンは膝の位置をずらした。板が安定する。カッターの音が少しだけ低くなった。
ガタは部品を運ぶ役だった。近くに置いていた固定バンドや短いステーを、車体の上に載せて少しずつ運ぶ。距離は短い。だが、しゃがんだままのレンには助かった。
『固定ステー、二本』
「そこ置いて」
『置きます。砂の上ではなく、石の上です』
「気が利くな」
『砂が嫌なだけです』
レンは切ったパネルの一枚を上部カバーにした。もう一枚を側面ガードにする。下側にはあえて指一本分の隙間を残した。そこから砂が落ちるように、角度をつける。
見た目は悪い。
だが、機能はある。
「仮設の蓋だな」
『外部受電点保護カバーとして登録できます』
「こんなので?」
『機能条件を満たせば登録可能です。外観評価は管理対象外です』
『私は外観も少し気になります』
「お前は黙って端子見てろ」
『見ています。左下の固定が甘いです』
レンは左下の固定バンドを締め直した。確かに少し浮いていた。そこから風が入れば、また砂が回る。
最後に、下部の隙間へ細い金属片を入れた。砂が詰まった時に引き抜けるようにするためだ。掃除用の簡単な取っ手も付ける。
作りとしては雑だ。
でも、次に来た時、直せる雑さだった。
[POWER COVER]
――――――――――
上部カバー:設置
側面ガード:設置
下部排砂すき間:確保
固定状態:仮安定
清掃部:手動引き抜き式
――――――――――
「仮安定」
『はい。恒久処置ではありませんが、低出力分岐維持試験には十分です』
「導通値は」
『測定してください』
レンは導通計を接続した。受電値が端末に出る。前回より揺れが小さい。風が吹いても、数値が大きく跳ねない。
しばらく待つ。
数字は細かく動くが、一定範囲に収まっている。
『接点抵抗、安定化。変動幅、許容範囲内』
「地形監視塔分岐に回せるか」
『送電調整室側から低出力分岐維持試験が可能です』
「よし。中へ」
レンは立ち上がった。膝に砂がついている。払っても完全には落ちない。ガタが車輪を一度だけ回し、入口区画へ向かった。
『私は充電ステーションで待機します』
「分かってる」
『補助充電も少し行います』
「分かってる」
『確認です』
「はいはい」
入口区画へ入ると、風の音が少し遠くなった。右壁の退避位置、待機ライン、空気循環口。ここはもう、見知らぬ穴ではない。外で作業したあとに戻れる場所になっている。
ガタを充電ステーションへ置き、短時間補助充電を開始する。青い光が側面に入る。ガタは今回は何も言わなかった。代わりに、車輪を少しだけまっすぐ待機枠へ合わせようとしていた。
「まだ合わないな」
『分かっています』
「言ってない」
『目が言っています』
「目は関係ない」
『あります』
レンは送電調整室へ向かった。
扉は前回より動かしやすかった。砂を一度落としているからだ。半人分の隙間を広げ、体を滑り込ませる。室内の空気は冷たい。操作卓には前回の足跡と、払った砂の跡が残っていた。
奥壁の地形監視塔分岐盤は、黄色い待機灯を保っている。
「ノア、分岐試験」
『準備できています。外部受電点の安定値を確認。低出力分岐を十秒維持します』
「十秒」
『前回は三秒でした。保護カバー強化により、試験時間を延長できます』
「やる」
レンは分岐盤の前に立ち、端末を固定した。絶縁クランプを接続する。短い補助線を通す。手順は前回と同じだが、今日は少しだけ長く流す。
『低出力分岐、開始』
壁の奥で、ぶん、と音が鳴った。
黄色い待機灯が強くなり、床下のケーブル溝へ細い光が走る。前回より長い。光は送電調整室の床を通り、壁の中へ入り、外へ向かう。
一秒。
二秒。
レンは端末の数値を見る。変動はあるが、落ちない。
五秒。
ガタの声が通信に入る。
『充電ステーション側、異常なし。床の振動、微弱』
「こっちは維持してる」
十秒。
『低出力分岐、維持成功。地形監視塔待機系統に到達しました』
送電調整室の奥で、別の表示が点いた。
小さな緑の点。
地形監視塔。
待機灯だった。
[TERRAIN TOWER LINK]
――――――――――
外部受電点:保護強化済
低出力分岐:十秒維持成功
地形監視塔:待機灯点灯
周辺センサー:起動準備
次段階:短時間スキャン
――――――――――
「点いた」
『はい。地形監視塔の待機灯を確認しました』
「これで、次はスキャンか」
『はい。周辺地形の粗いスキャンが可能になります。ただし、継続には受電点カバーの定期清掃が必要です』
「掃除付きか」
『外部設備ですから』
『車輪も掃除付きです』
「お前もか」
『外はだいたい掃除付きです』
レンは送電調整室の壁に手を置いた。
E-03の中で、また一つ線がつながった。
入口区画。
充電ステーション。
送電調整室。
地形監視塔。
まだどれも低出力で、仮の状態だ。だが、外の施設が少しずつ、使える形になっていく。
レンは深く息を吸った。マスク越しの空気は粉っぽい。それでも、胸の奥に少しだけ余裕ができた。
E-04へ行く前に、地面を見る。
そのための灯りが、ようやく点いた。
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