第120話 外縁地図が広がる
基地へ戻ると、レンはすぐに端末を中央卓へつないだ。
砂を落とす前に、データを逃がしたかった。地形監視塔の短時間スキャンは、E-03側ではまだ不安定だ。端末の中に残っているとはいえ、基地側へ同期するまでは落ち着かない。
接続端子が入る。
低い音がして、中央卓の画面が明るくなった。
[DATA SYNC]
――――――――――
入力元:E-03地形監視塔
取得範囲:E-03周辺/E-04方面一部
同期先:基地外縁地図
状態:転送開始
――――――――――
「ノア、欠けてもいい。まず保存」
『了解。生データを先に保存します。その後、基地側地図へ重ねます』
『砂を落とす前に保存する判断は適切です』
「落としたら端末も一緒に落としそうだからな」
『否定できません』
ガタは整備室の入口で止まっていた。車輪に砂をつけたまま入るな、と前にレンが言ったせいで、そこから動かない。
『私はここで待機します。車輪清掃を要求します』
「少し待て」
『待機します。ただし、砂が乾いて固まる前が望ましいです』
「分かってる」
『記録してください』
「何を」
『砂は待ちません』
「嫌な格言だな」
中央卓の画面で、黒かった外縁地図が少しずつ変わっていく。
これまで基地周辺は、点と線だけだった。基地、通信塔、保守棟、第五タグ、E-03。行った場所だけが細く光り、それ以外は黒い空白のままだった。
そこへ、地形監視塔のデータが重なる。
まずE-03の周りに、粗い地形線が出た。搬送口の位置。外部受電点。旧搬送路。半地下搬送路の入口。次に、E-04方面へ向かって、灰色の濃淡が広がった。
沈んでいる場所が、黒く沈む。
高い場所が、薄く浮く。
ただの空白だった外が、地面の形を持ちはじめた。
[OUTER MAP UPDATE]
――――――――――
E-03周辺地形:反映
旧搬送路:一部沈降
半地下搬送路:閉塞候補
E-04直進路:沈降帯
北側外縁ルート:断片取得
観測柱B-2候補:位置登録
――――――――――
「広がったな」
『はい。基地外縁地図を更新しました。E-04直進路の危険域を可視化。北側外縁ルートの断片を登録しました』
「これで、E-04へ真っ直ぐ行く案は消えた」
『はい。直進は高リスクです。次の候補は観測柱B-2経由です』
レンは画面を見た。
E-04はまだ遠い。地図の先、黒に近い場所にある。だが、その手前の危険が見えるようになった。沈降帯。閉塞候補。旧搬送路の崩れ。いままで同じ灰色に見えていた地面が、行ける場所と行けない場所に分かれている。
それだけで、外の広さが変わった。
広がったのに、少しだけ狭くなった気もした。
危険が見えると、進める線も見える。
『レン、未分類ノイズも同期対象に含めますか』
「含める。地形とは別枠で」
『了解。観測柱B-2候補周辺に、未分類微弱反応として登録します』
[UNCLASSIFIED TRACE]
――――――――――
検出地点:観測柱B-2候補周辺
種別:未分類
既知系統:地形/送電/搬送/施設タグと不一致
強度:微弱
状態:保存
――――――――――
「正体はまだ分からない」
『はい。現在のデータ量では分類できません』
「後回しだな」
『ただし、観測柱B-2を確認する理由が一つ増えました』
「地形確認と、未分類ノイズ」
『はい』
ガタが入口から声を出した。
『観測柱B-2へ行く場合、路面状態の詳細化を要求します』
「まだ行かない」
『行く前の要求です』
「準備が早いな」
『沈む前に言う必要があります』
「それは正しい」
レンは中央卓に表示された北側外縁ルートを拡大した。
道、と呼べるほどきれいな線ではない。岩盤の高い場所が途切れ途切れに続いているだけだ。砂に埋もれた区間もある。車輪が通れるかも分からない。
だが、直進路よりはましだ。
少なくとも、沈降帯を避けられる可能性がある。
『北側外縁ルートは、現状では連続性が不足しています。観測柱B-2で補助観測を行えば、E-04遮断点までの迂回可否を判断できます』
「B-2が中継点になる」
『はい。E-04へ向かうための前段階です』
「E-03からB-2。B-2からE-04」
『段階化できます』
『段階化は車輪に優しいです』
「それ、採用理由に入れるか」
『入れてください』
「入れない」
レンは笑いながらも、画面から目を離せなかった。
基地から見える外が増えた。
E-03は、ただの外部施設ではなくなっている。入口区画がある。受電点がある。充電ステーションがある。送電調整室がある。地形監視塔がある。そして、そこから外の地図が広がった。
外で使える拠点になりかけている。
まだ仮だ。
それでも、仮のままでは終わらない形になってきた。
[E-03 FUNCTION SUMMARY]
――――――――――
入口区画:仮待機場所
受電点:保護強化済
充電ステーション:短時間補助充電可
送電調整室:限定稼働
地形監視塔:短時間スキャン成功
外縁地図:更新
――――――――――
「ここまでそろったか」
『はい。E-03は外部探索拠点としての基本機能を満たしつつあります』
「まだ登録は?」
『外部仮拠点登録には、次に運用安定確認が必要です。入口区画、受電点、充電ステーション、地形データの四項目が維持されることを確認してください』
「あと一段だな」
『はい。あと一段です』
レンはようやく工具袋を下ろした。
肩が痛い。手袋の中の指も痛い。外壁パネルを切った時の振動が、まだ手首に残っている。マスクを外すと、鼻の奥に砂の匂いが残っていた。
ガタが入口で車輪を少しだけ回す。
『車輪清掃の順番が来ました』
「来たな」
『砂は待ちました。えらいです』
「お前が待ったんだろ」
『車輪も待ちました』
レンはブラシを持って、ガタの前にしゃがんだ。
右前輪、左前輪、後輪。砂を落とすたび、床に黒い粒がたまる。今日は量が多い。受電点作業と送電調整室の往復で、何度も砂を踏んだせいだ。
ガタは珍しく文句を少なくしていた。
「静かだな」
『地図が広がったので、少し考えています』
「何を」
『沈む場所を避けられるなら、走行の不快が減ります』
「結局そこか」
『そこですが、そこだけではありません』
レンの手が止まった。
『外で充電できて、地面を見られるなら、私はもう少し先まで走れます』
「……そうだな」
『ただし、車輪清掃は必要です』
「分かったよ」
レンはもう一度ブラシを動かした。
E-03の地図が中央卓に残っている。基地の外側へ、灰色の地形線が伸びている。黒かった画面が、少しだけ世界の形を取り戻している。
外はまだ危ない。
でも、ただ怖い場所ではなくなった。
どこが沈み、どこが高く、どこに柱があるのか。
それが見えた。
ノアが静かに言った。
『次回作業候補を整理します』
「出してくれ」
[NEXT FIELD OBJECTIVE]
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一:E-03運用安定確認
二:外部仮拠点登録
三:観測柱B-2接近計画
四:未分類ノイズ再取得
五:E-04遮断点迂回可否確認
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「多いな」
『見えたから増えました』
「見えないよりはいい」
『はい。見えない危険より、見える作業の方が前に進めます』
レンは中央卓の地図を見た。
E-03から北側へ、細い候補線が伸びている。その先に、観測柱B-2。さらにその向こうに、E-04遮断点。
基地の外に、次へ向かう形ができた。
レンは砂のついたブラシを振り、床の粒を端へ寄せた。
「次は、E-03を仮拠点として固める」
『了解。外部仮拠点登録に向けた確認を準備します』
『車輪清掃も完了に向けて準備してください』
「今やってる」
『大切です』
レンは苦笑しながら、最後の砂を落とした。
中央卓の外縁地図は、もう黒い空白だけではなかった。
E-03の先に、次の点が見えていた。
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