第116話 帰ってこなかった搬送機
充電ステーションのログは、欠けたまま残っていた。
レンは端子盤の横に膝をつき、端末をログスロットへ近づけている。ガタの補助充電は切った。充電ステーションの青いランプも消え、緑の誘導灯だけが壁の下で細く点滅している。
さっきまで少しだけ柔らかくなっていた空気が、また硬くなっていた。
[STATION LOG]
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搬送機記録:一部取得
最終稼働方面:E-04中継路
搬送路状態:不安定
帰還記録:欠落
備考:地形変動検知
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「帰還記録、欠落」
『はい。搬送機が戻らなかったか、帰還時の記録系が破損したか、どちらかです』
「どっちの可能性が高い」
『現時点では判断できません。ただし、地形変動検知と同時刻帯に記録欠落が発生しています』
「戻れなかった方が濃いか」
『推定は可能ですが、断定は避けます』
ノアの声は静かだった。
レンは奥歯を噛み、表示を広げた。古いログの文字化けが、何列も並ぶ。搬送機番号、時刻、経路タグ、積載種別、待機時間。意味を持つ行と、崩れた行が混ざっている。
手が勝手に先へ進みかける。
全部読みたい。欠けた部分を埋めたい。E-04へ何があったのか、今ここで知りたい。
だが、ここはE-03の奥だ。入口区画から二十メートルしか進んでいないとはいえ、基地ではない。空気も、電力も、通信も、まだ細い。
レンは指を止めた。
「入口層だけ読む。深追いはしない」
『適切です。現在の優先は、搬送路の概要取得です』
『通信線は維持されていますが、長時間のログ復元は勧めません』
「ガタは」
『走行可能です。補助セルの回復により、帰還余裕はわずかに増えています』
『わずかですが、わずかではありません』
「どっちだ」
『体感では大きいです』
ガタは待機枠から少し外れた位置で止まっていた。車輪の一つがまだ枠線を踏んでいる。本人は不格好と言ったが、充電できた事実は大きい。
レンはログの入口層だけを抽出した。
[TRANSPORT RECORD]
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搬送機ID:M-17
出発施設:E-03
目的方面:E-04中継路
経路種別:半地下搬送路
積載:保守部材/地形センサー部品
帰還:記録なし
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「半地下搬送路」
『はい。E-03からE-04へ向かう経路は、地表道路だけではありません。半地下の搬送路を含みます』
「外から見えない道があるのか」
『部分的にあります。ただし、現在の地形変動で閉塞している可能性があります』
「地形センサー部品……地形監視塔用か」
『可能性が高いです。M-17は地形監視関連の保守搬送に使われていたと推定できます』
レンは充電ステーションの壁にもたれた。
E-04への遮断は、単に道が崩れただけではない。搬送機が地形センサー部品を運び、戻っていない。地形変動を検知している。半地下搬送路が関わっている。
つまり、外の地面そのものが動いた。
その上で、設備が止まった。
『レン、ログの続きにE-04遮断前の警告があります。入口層の範囲で表示可能です』
「出してくれ」
端末の表示が切り替わった。
[WARNING TRACE]
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外縁地形変動:検知
半地下搬送路:沈降警告
E-04中継路:通行制限
地形監視塔:応答低下
搬送機M-17:帰還未確認
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「地形監視塔、応答低下」
『はい。E-04遮断点の前に、地形監視塔の応答が落ちています』
「地形監視塔を起こさないと、道の状態が分からない」
『その判断が妥当です。E-04へ直接向かう前に、E-03側の地形監視塔を低出力で復帰させる必要があります』
『地面が動いたなら、車輪は文句を言います』
「言う前に止まれ」
『言いますし、止まります』
「順番は止まる方を先にしろ」
ガタの返事に、レンは少しだけ息を抜いた。
だが、ログの重さは消えなかった。
帰ってこなかった搬送機。
それはただの機械かもしれない。旧文明の無人搬送機。誰も乗っていない。そう考えることはできる。
でも、レンはM-17という番号を見てしまった。
番号があると、ただの欠落ではなくなる。
どこかへ向かい、戻らなかったものになる。
レンは画面を閉じずに、短く保存した。
[ROUTE NOTE]
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E-04直行:見送り
必要確認:地形監視塔
理由:半地下搬送路沈降/帰還記録欠落
次作業:送電調整室から監視塔経路を確認
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「E-04直行はなし」
『はい。次は送電調整室です。地形監視塔へ低出力分岐を通せるか確認します』
「送電調整室は入口区画の奥か」
『充電ステーションから左奥の保守通路で接続しています。ただし、本日の進入範囲には含めません』
「分かってる。場所だけ見る」
『場所の確認までなら可能です』
レンは立ち上がった。
充電ステーションの奥、左側に細い保守通路がある。扉は半分閉じ、下に砂が溜まっていた。壁の表示は消えているが、かすかに電力線の記号が残っている。
レンはそこへライトを向けた。
赤ではない。
黒でもない。
壁の奥で、黄色の待機灯が一度だけ点いた。
「送電調整室か」
『待機応答を検出。距離は短いですが、扉固着と床面砂量が不明です』
『本日は入口確認までに留めるのがよいでしょう』
「そうする」
言いながら、レンは足を一歩だけ動かしかけた。
奥を見たい。
黄色の待機灯が点いた。それだけで、次の道が見えた気がした。
だが、ガタの車輪が小さく鳴った。
『帰還余裕、まだあります。ただし、増えた分を全部使うと、増えた意味がありません』
「……正論だな」
『嫌な正論です』
「戻る」
レンは踵を返した。
充電ステーションの端子に仮カバーを戻し、ログスロットの読み取りを終了する。ガタがゆっくり向きを変えた。補助充電のせいか、動きは来た時より少し軽い。
入口区画へ戻る途中、壁の緑の誘導灯が一度だけ強く光った。
それは、充電ステーションがまだ使える場所として残っている証拠だった。
入口区画に戻ると、外の風の音が近くなった。搬送口から灰色の光が差している。右壁の退避位置、黄色い待機ライン、空気循環口。さっき登録した情報が、端末の簡易図に重なっている。
E-03は、ただの穴ではなくなった。
充電できる場所がある。
戻れる入口がある。
そして、帰ってこなかった搬送機の記録がある。
レンは端末を見た。
[E-03 UPDATE]
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入口区画:仮待機場所
充電ステーション:短時間補助充電可
搬送機ログ:E-04中継路記録取得
次目標:送電調整室/地形監視塔経路
外部仮拠点化:進行中
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「進んでるな」
『はい。E-03は外部仮拠点化に近づいています』
『私の補助充電も記録してください』
「入ってる」
『項目名が控えめです』
「短時間補助充電可、で十分だ」
『十分ですが、もっと堂々としてもいい設備です』
レンは小さく笑った。
外部扉の向こうでは、風が鳴っている。帰り道はまだ長い。基地まで戻り、砂を落とし、ログを整理し、次の準備をする必要がある。
それでも、今日は得たものがはっきりしていた。
ガタは外で充電できる。
E-04への道は、半地下搬送路と地形変動で止まっている。
次に見るべき場所は、送電調整室と地形監視塔だ。
レンはE-03の奥へ、もう一度だけ視線を向けた。
黄色い待機灯は、もう消えている。
だが、場所は分かった。
次は、そこへ入る。
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