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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
沈黙圏の外へ

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第114話 入口区画を使える場所にする

 E-03へ向かう道は、前より少しだけ短く感じた。


 実際の距離は変わっていない。基地から第五タグまでの帰還線をたどり、旧管理道路跡を進み、砂に埋もれた搬送路へ入る。灰色の空も、低く吹く風も、足元で小さく滑る砂も同じだ。


 違うのは、行き先が地図に出ていることだった。


 端末の外部地図に、E-03の点が残っている。細く、不安定で、まだ仮の表示だ。それでも、黒い空白の中へ歩いているわけではない。


「接続値は」

『E-03外部受電点、変動あり。基準値から上下七パーセント。昨日より悪化はしていません』

『帰還線、第五タグまで維持。通信遅延は許容範囲内です』

「よし」


 レンは歩きながら、肩の工具袋をずらした。前回より重い。絶縁クランプと外壁パネル片が、歩くたびに背中で小さく当たる。


 ガタは少し後ろを走っていた。車輪の音は軽くなっているが、砂の深いところでは一瞬だけ沈む。


『右前輪、負荷上昇』

「止まるか」

『まだ走れます。ただし、砂の浅いところを選んでください。選ばない場合、私が勝手に曲がります』

「勝手に曲がるな」

『では、選んでください』

「分かった」


 レンは道の左寄りへ進路を変えた。そこは石の端が少し出ていて、砂が薄い。ガタの車輪音が安定する。


 外での会話は、軽口というより確認だった。どこを走れるか。どこで止まるか。何が危ないか。昨日より少しだけ、外の歩き方が分かってきている。


 E-03の搬送口が見えてきた。


 半分埋もれた壁面。斜めに開いた搬送口。昨日、レンたちがこじ開けた入口。そこに、まだ低い表示灯が点いている。消えていない。入口区画の奥から、弱い風の音が聞こえた。


 ごう、ではない。


 すう、と細く吸い込むような音だった。


「空気、動いてるな」

『はい。入口区画の補助循環が周期的に作動しています。持続は短いですが、内部空気が完全に滞留している状態ではありません』

『砂の入り方も変化しています。搬送口右側に吹きだまりがあります』

「見える」


 搬送口の右側には、細かな砂が三日月形に積もっていた。前回はなかった形だ。空気の流れが変わったせいで、砂が入口の片側へ寄っている。


 レンは搬送口の手前で膝をつき、導通計を受電点へつないだ。


 仮設ケーブルの固定部が少し緩んでいる。接点に細かな砂が噛んでいた。レンは息を止め、ブラシで砂を払う。金属の端子に、ざら、と嫌な音がした。


「ここが揺れてる原因か」

『接点抵抗の変動と一致します』

『受電点保護を行えば、E-03低出力状態の維持時間が延びる見込みです』

「やる」


 レンは薄い外壁パネル片を取り出した。基地内で切り出してきたものだ。見た目はただの曲がった板だが、砂避けにはなる。受電点の上にかぶせ、固定バンドで壁の突起へ止める。完全なカバーではない。隙間もある。だが、風砂が直接端子に当たるのは防げる。


 ガタが少し後ろから見ていた。


『固定角度、右に二度ずれています』

「見えるのか」

『見えます。ずれています』

「二度くらいなら」

『砂は二度を見逃しません』

「細かいな」

『砂にやられた直後ですので』


 レンは舌打ちして、カバーの角度を直した。固定バンドを締め直す。今度はガタが何も言わなかった。


「どうだ」

『許容範囲です』

「偉そうだな」

『砂の経験者です』


 ノアが端末に受電値を出した。


[POWER STABILITY]

――――――――――

外部受電点:仮保護

接点抵抗:低下

変動幅:縮小

低出力維持:改善

入口区画補助循環:周期応答

――――――――――


「よし。次、入口」

『入口区画安全確認へ移行できます』


 レンは搬送口へ近づいた。


 内部は薄暗い。前回より見える範囲は広い。入口区画の壁に沿って、細い補助灯が一つだけ点いている。床には砂が入っているが、奥へ行くほど少ない。空気循環口の前だけ、砂が扇形に薄く払われていた。


 空気が動いている証拠だった。


 レンはライトを向ける。


 入口区画は広くない。搬送機が一台入れる程度の空間。左に待機壁、右に古い収納ラック。奥に内扉。その手前に、床へ黄色い線が残っている。


「待機ラインか」

『はい。搬送口開閉時の退避位置と思われます』

「残ってるなら使える」

『床面に大きな亀裂はありません。右奥に落下物。左壁面のパネルが一部浮いています』

「先に落下物をどかす」


 レンは入口区画へ入った。


 足元が、外より少し硬い。砂の下に金属床がある。靴底がこつ、と鳴り、音が壁に返った。


 基地とは違う音だった。


 同じ人工物なのに、外の砂と冷えた空気が混じっている。レンは一瞬だけ、背中を伸ばした。狭い。暗い。安全とは言えない。それでも、風を直接受けない場所だった。


 外で、屋根がある。


 それだけで、だいぶ違う。


『レン、入口区画内の空気質を取得しました。酸素濃度は基地内基準より低いですが、短時間滞在は可能です。粉塵量が高いため、マスク継続を推奨します』

「短時間なら待てる?」

『はい。現状では十分以内を推奨します。循環周期が安定すれば延長可能です』

『私は入口手前で待機します。床の砂量が不快です』

「不快は判断基準か」

『車輪には重要です』


 レンは落下物を動かした。古いケースの残骸だった。軽いと思って引いたら、片側が床に固着していて動かない。もう一度力をかける。


 ぎ、と金属が鳴った。


「動け」

『固着しています。右側を浮かせてください』

「分かってる」


 レンは工具を差し込み、残骸の下を少し浮かせた。砂がこぼれる。固まっていた部分が剥がれ、ケースが床を滑った。


 がこん、と壁際へ寄る。


 入口区画の右側に、人一人が座れるくらいの空間ができた。


「ここ、退避位置に使える」

『登録します。入口区画右壁面、短時間退避候補』

「左壁のパネルは?」

『浮きあり。接触しない限り即時落下の可能性は低いです。ただし、振動で動きます』

「印をつける」


 レンは黄色いテープを浮いたパネルの下に貼った。危ない場所が見えるだけで、動き方が変わる。


 ガタが搬送口から半分だけ入ってきた。車輪の前半分だけが入口区画の床に乗る。


『床面硬度、良好。砂量、多め。走行は可能ですが、好みではありません』

「好みはいらない」

『では、可能です』

「待機ラインまで入れるか」

『入れます。ただし、奥へ行く場合は砂を払いたいです』

「今日は待機ラインまで」


 ガタがゆっくり進んだ。車輪が砂を押し、細い跡を作る。黄色い線の手前で止まる。


『ここなら停止できます』

「よし」


 端末に入口区画の簡易図が出た。搬送口、受電点、退避位置、浮きパネル、待機ライン、空気循環口。さっきまでただの薄暗い穴だった場所に、使える情報が重なっていく。


[ENTRY AREA CHECK]

――――――――――

入口区画:安全確認一部完了

退避位置:右壁面候補登録

待機ライン:視認可能

空気循環口:周期応答

危険箇所:左壁面浮きパネル

短時間滞在:可能

――――――――――


「短時間滞在、可能」

『はい。E-03入口区画は、外部行動中の一時待機場所として使用できます』

「これで、外で立ちっぱなしじゃなくなる」

『行動余裕が増えます』

『私も待機できます。砂は多いですが、我慢の範囲です』

「珍しく譲ったな」

『入口が使える価値は認めます』


 レンは壁際に腰を下ろしてみた。


 金属床は冷たい。背中に壁の硬さが伝わる。マスク越しの空気は少し粉っぽい。それでも、風の音が遠い。外の砂が直接当たらない。端末の画面も見やすい。


 十分快適、とは言えない。


 だが、十分快復できる場所ではあった。


 レンは数秒だけ目を閉じ、すぐ開けた。


「ノア、入口区画を仮待機場所として登録」

『登録します』


[EXTERNAL FACILITY UPDATE]

――――――――――

E-03入口区画:仮待機場所登録

受電点:仮保護済

短時間滞在:可能

退避位置:登録

次確認:充電ステーション誘導灯

――――――――――


 その時、入口区画の奥で、小さな光が点いた。


 内扉の向こうではない。右奥の通路。壁の下側に、細い緑の線が一瞬だけ走った。


 ガタが先に反応した。


『誘導灯を確認』

「充電ステーションか」

『可能性があります。距離、およそ二十メートル。通路内の砂量は不明です』

『近づきますか』

「今日は誘導灯まで確認する。中には入らない」

『了解。待機ラインから視認継続します』


 レンは立ち上がり、ライトを奥へ向けた。


 緑の線は消えかけていた。だが、壁に残る表示は読めた。


 搬送機充電ステーション。


 矢印は、E-03のさらに奥を向いていた。


 入口区画は使える。


 次は、ガタが外で動き続けるための場所だ。


 レンは端末へその表示を保存した。


 E-03は、少しずつ穴ではなくなっていく。


 外で使える、最初の部屋になり始めていた。

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