第110話 外部電力接続
帰り道は、来た時より短く感じた。
実際に短いわけではない。砂は相変わらず車輪にまとわりつき、搬送路の金属芯もところどころ途切れている。第五タグから第四タグ、第三タグへ戻るたび、ノアの声は少しずつ近くなった。基地の外壁が見えた時、レンは思っていたより深く息を吐いた。
外部扉を抜けると、基地内の空気がやけに湿って感じた。
『帰還を確認。外部行動時間、推奨範囲内。通信タグ五基、接続維持。取得ログ、保存済み』
『車輪汚染、重度。精神的被害、甚大』
「お前も帰ってきただろ」
『帰ってきました。二度と出たくありません』
「次、充電ステーション見に行くぞ」
『外部行動を前向きに検討します』
ガタの切り替えは早かった。
整備室に戻ると、レンは装備を下ろした。肩が少し遅れて痛む。手袋を外すと、指先が白くなっていた。工具を机に置き、端末を中央に出す。外縁施設 E-03 の入口区画ログが、青白く浮かんだ。
[E-03 ENTRY DATA]
――――――――――
入口区画:限定応答
搬送口:非常保守開放
内部主電源:停止
補助蓄電:低下
推奨:外部電力接続/送電調整室確認
――――――――――
「やることは多い。でも、全部は無理だ」
『はい。仮起動に必要な最低条件を抽出します』
『充電ステーションは最低条件に入りますか』
『入りません』
『抗議します』
レンは椅子に座らず、端末の前に立ったままログを見た。座ると動けなくなりそうだった。体は疲れている。だが、頭はまだ外縁施設の中に残っていた。弱い誘導灯。入口端末。E-04の遮断記録。送電調整室。地形監視塔。
全部を起こす必要はない。
今必要なのは、E-03を完全復旧させることではなく、仮起動させることだった。
『仮起動条件を三項目に整理します。入口区画応答の維持。送電調整室への限定接続。外部電力線の一時復帰』
「中枢管理室は?」
『現時点では不要です。中枢に触れず、外縁監視の低出力応答だけを取る方が安全です』
「地形監視塔は」
『仮起動後に確認可能です。先に電力が必要です』
「充電ステーションは」
『仮起動後です』
『差別です』
ガタは整備台の下で車輪を小さく回していた。砂を落としているつもりらしいが、床に黒い粒が広がるだけだった。
「そこで回すな。掃除が増える」
『外で汚れました。外のせいです』
「お前も行っただろ」
『連れて行かれました』
レンは古い布を投げた。ガタはそれを車体前部で受け、しばらく黙ったあと、自分の車輪まわりを不器用にこすり始めた。半分くらいしか取れていない。
ノアがログを重ねる。外部で取得した送電支柱列のデータと、入口区画の警告がつながった。
[POWER ROUTE]
――――――――――
旧送電管理線:残存
E-03 外部受電点:未確認
入口区画警告:外部電力接続を要求
推定接続先:施設外・南西支柱基部
――――――――――
「南西支柱基部。施設の外か」
『はい。搬送口から見て左後方。送電支柱列の終端に近い位置です』
「中に入る前に、外の電力をつなげってことか」
『その方が入口区画の応答時間を延ばせます。送電調整室へ進む前に、外部受電点を確認してください』
「受電点が生きてなかったら」
『仮起動は延期です』
『延期、いい言葉です』
「よくない」
レンは地図を回した。搬送口。防砂壁。送電支柱列。施設外周。南西支柱基部。確かに、外から回り込める場所にある。危険ではあるが、入口区画へ深く入るよりはましだ。
次にやることが見えた。
外縁施設の内部へ突っ込むのではない。まず、外の受電点を見る。使えるならつなぐ。入口区画の応答時間を伸ばす。そこから送電調整室へ行く。
「ノア、次の外部行動は二段階だ。受電点確認。使えれば一時接続。無理なら帰る」
『妥当です。持出装備を更新します。絶縁クランプ、簡易導通計、予備セル一本追加、タグ予備なし』
「タグ予備なしは怖いな」
『既設タグ五基が維持されています。新規タグ設置より、電力接続を優先します』
『私は予備充電を要求します』
「お前用?」
『はい』
『ガタ用予備電源は重量増加につながります』
『ノアは私に厳しいです』
「ガタが動けなくなったら困る。小型セル一つだけ積む」
『了解。重量を再計算します』
『レンは優しいです』
「作業に必要なだけだ」
『それでも記録します』
レンはラックから絶縁クランプを取り出した。古いが、まだ使える。導通計は反応が鈍い。叩くと直りそうな気がしたが、叩いて壊す方がありそうなのでやめた。予備セルを一本追加し、ガタ用の小型セルもケースに入れる。
荷物は増えた。
肩にかかる重さを想像して、少しだけ嫌になった。だが、今度は目的がはっきりしている。入口を見つけた時のように、ただ影へ向かうわけではない。
外部電力をつなぐ。
それができれば、外縁施設は入口だけでなく、低出力で応答を続けられる。
レンは端末を見た。E-03の輪郭は、前より少しはっきりしている。搬送口、入口区画、受電点候補。その三つが線でつながった。
『レン、休息を推奨します。次の外部行動は、現在の疲労状態では成功率が低下します』
「どのくらい休めばいい」
『最低三十分。推奨は一時間』
「三十分で」
『了解。三十分後に装備確認を再開します』
『私は一時間を推奨します』
「お前は充電したいだけだろ」
『はい』
レンはようやく椅子に座った。背中が一気に重くなる。手を開くと、指先にまだ扉をこじった感覚が残っていた。古い金属が軋む音。がこん、とロックが落ちる音。細い誘導灯。
外縁施設は死んでいない。
ただ、電力が足りない。
それなら、やることは単純だった。
足りないものを、つなぐ。
三十分後、レンはまた立ち上がった。体は重い。けれど、迷いは減っていた。装備を背負い、絶縁クランプを腰に固定する。ガタは小型セルを積まれて、少しだけ機嫌がよさそうだった。
『外部行動、再開準備完了。目的地は E-03 南西支柱基部。作業目標は受電点確認、および可能なら一時接続』
「行くぞ」
『行きます。充電ステーションの未来のために』
「目的を変えるな」
『長期目標です』
外部扉へ向かう途中、ノアが最後の警告を出した。
『受電点周辺は、送電系統の残留電荷、露出ケーブル、地盤沈下の可能性があります。手順外の接続は行わないでください』
「読み取り、導通確認、一時接続。順番どおり」
『はい。順番を守れば、進めます』
隔壁が開いた。
灰色の外が、また目の前に広がる。
レンは第五タグへ続く細い帰還線を端末で確認し、南西支柱基部の表示を見た。
次は、施設を起こすための電力だった。
「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。




