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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
沈黙圏の外へ

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第109話 入口区画

 外縁施設の中は、音がこもっていた。


 外では風が砂を叩いていた。けれど、搬送口の扉を一枚挟むだけで、それは遠い雑音になった。かわりに聞こえるのは、古い金属の軋みと、どこか奥で鳴っている低い振動だった。生きている機械の音ではない。まだ死にきっていない機械の音だった。


 レンは誘導灯の横に立ち、端末を構えた。床は搬送機の車輪跡で削れている。壁には番号が並び、天井近くには折れた配管が走っていた。埃と砂が積もっているのに、完全に埋もれてはいない。


『入口区画の環境を確認。酸素濃度、外部より安定。粒子濃度、低下。ただし、密閉区画ではありません』

「中の方が少し楽だな」

『はい。短時間滞在には外部より適しています』

『私は外です』

「聞こえてる」

『外です』

「分かってる」

『確認です』


 ガタは搬送口の外側で待機していた。扉の隙間から、車体の前半分だけが見える。押し込めば入りそうではある。だが、入ったあとで出せなくなる可能性が高かった。


 レンはガタを見て、少しだけ考えた。


「無理に入れるのはやめる。そこで入口を見てろ」

『了解しました。私は外から入口を守ります』

「お、前向きだな」

『言い方を変えました。実態は置き去りです』


 レンは奥の端末へ向かった。誘導灯は床の端に細く続いている。ところどころ消えているが、完全には途切れていない。奥まで行くつもりはない。今日は入口区画だけ。その線引きを、頭の中で何度も確認した。


 端末は搬送口管理盤だった。高さは腰ほど。画面は暗く、表面に細かいひびが入っている。側面に非常接続用の端子が残っていた。


「ノア、読み取り専用でつなぐ」

『推奨します。入口区画の初期応答、搬送口履歴、内部電力状態を確認してください。制御変更は行わないでください』

「分かってる」

『念のため繰り返します。制御変更は行わないでください』

「二回言うな」

『レン向けです』


 レンはケーブルを差し込んだ。端末はすぐには反応しなかった。画面の奥に細い光が走り、ひびの間で一度止まる。数秒遅れて、古い文字が浮いた。


[ENTRY TERMINAL]

――――――――――

搬送口管理盤:低出力起動

外部接続:確認

非常保守照合:継続

入口区画:限定応答

――――――――――


「起きた」

『入口区画の管理盤が応答しました。施設中枢ではありません。搬送口周辺の局所端末です』

「局所でも十分」

『はい。初期情報を取得できます』


 レンは画面の表示を追った。項目は少ない。搬送口の開閉履歴、内部誘導灯の状態、搬送路の接続先、入口区画の簡易電力。どれも壊れかけているが、読める部分はある。


 外縁施設は、完全停止していなかった。


 入口区画の非常系統だけが、ずっと細く動いていた。外部から何かが来たとき、最低限の応答を返すために。保守員か、搬送機か、基地側の復旧者か。誰を待っていたのかは分からない。


 ただ、待つための回路は残っていた。


『内部電力、非常系統のみ。主電源は遮断。補助蓄電は枯渇に近い状態です』

「この灯り、よく残ってたな」

『低消費誘導灯と管理盤の待機回路のみを維持していたと推定します』

『けなげです』

「ガタが言うと変だな」

『同じ待機仲間です』


 レンは画面を進めた。搬送口の履歴が出る。古い記録は欠けている。日付の形式も読みにくい。最後の正常開放、最後の非常閉鎖、最後の保守呼び出し。どれも、かなり古い。


 その下に、赤く欠けた項目があった。


[TRANSFER LOG]

――――――――――

保守搬送路:外部接続あり

接続先:E-03/E-04 中継路

状態:遮断

遮断理由:地盤沈下/送電喪失/自動封鎖

――――――――――


「E-04」

『第二外部施設の可能性があります』

「この先に、もう一つある」

『はい。ただし、現在の搬送路は遮断されています。地盤沈下と送電喪失により、自動封鎖された記録があります』

『つまり行けません』

「今はな」

『今は、が出ました』


 レンはログを保存した。E-04。外縁管理施設 E-03 の先にある次の施設。章の最初に見えていた黒い地図のさらに向こう。名前ではなく番号だけでも、十分だった。


 外は点だった。ここへ来て、線になった。今、次の点が見えた。


 レンは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。疲れとは違う。焦りとも違う。施設の中に入ったことで、惑星の外側が急に近くなった。


 ノアが端末越しにログを整理する。


『取得済み情報を更新します。外縁施設 E-03 は外縁環境管理、送電調整、地形監視を担当。保守搬送路は E-04 中継路へ接続。ただし、現在は遮断。E-03 内部主電源は停止。入口区画のみ応答』

「まずはここを起こさないと、E-04どころじゃない」

『はい。E-03 を仮起動させることで、E-04 遮断点の詳細を取得できる可能性があります』

『仮起動という嫌な単語が出ました』

「いい単語だろ」

『だいたい作業が増えます』


 レンは端末の側面に手を置いた。埃が指先につく。画面はまだ消えていない。古い端末が、息を細く残している。


 奥の通路を見た。


 誘導灯はさらに先へ続いている。けれど、途中から完全な暗闇になる。今行けば、入口区画だけでは済まなくなる。そう分かる程度には、レンの頭はまだ動いていた。


『レン、滞在時間が上限に近づいています。入口区画の初期応答は取得済みです。撤退を推奨します』

「中の地図だけ取れないか」

『取得可能な範囲で試行します。奥へ進まず、端末からの読み取りに限定してください』

『いい判断です。奥は暗いです。私も外です』

「お前の外アピール、だんだん強くなってるな」

『入口係の主張です』


 レンは端末に地図要求を送った。制御変更ではない。読み取りだけ。施設側は少し考えるように沈黙し、やがて、粗い線図を返してきた。


[LOCAL MAP]

――――――――――

入口区画:取得

搬送機待機列:一部取得

充電ステーション:反応不安定

送電調整室:接続不能

地形監視塔:接続不能

中枢管理室:応答なし

――――――――――


「充電ステーションがある」

『搬送機用です。ガタとの互換性は未確認です』

『確認しましょう。今すぐ』

「さっきまで帰りたがってたろ」

『充電は別です』

『現時点で充電ステーションへの進入は非推奨です。反応不安定。入口区画から距離があります』

『ノアまで敵です』

「今日は入口だけだ」

『今日は、ですね』

「今日は」


 ガタが黙った。納得はしていないが、少しだけ期待している沈黙だった。


 レンは地図を保存した。充電ステーション、送電調整室、地形監視塔、中枢管理室。名前が出るだけで、施設の中に次の目的が増える。どこから触るかは、戻ってから決めればいい。


 戻ってから。


 その言葉が、今度は自然に出た。ここへ来る前は、戻ること自体が目的だった。今は違う。戻って、また来る。ここを使えるようにするために。


 入口端末の画面が一度揺れた。


[WARNING]

――――――――――

補助蓄電:低下

入口区画応答:残り時間不安定

推奨:外部電力接続/送電調整室確認

――――――――――


「電力が落ちる」

『はい。入口区画の応答維持時間が不安定です。これ以上の読み取りは端末停止リスクがあります』

「分かった。切る」

『推奨します』


 レンはケーブルを抜く前に、最後のログだけ確認した。搬送口開放、非常保守照合、入口区画応答、E-04 中継路遮断。これだけあれば、次の作業は組める。


 ケーブルを抜くと、端末の光がすっと弱くなった。


 誘導灯はまだ点いている。だが、さっきより細い。


 レンは搬送口へ戻った。扉の隙間から外の灰色が見える。ガタがそこで待っている。車輪の周りは砂だらけで、簡易カバーもひどい。けれど、そこにいる。


『戻りましたか』

「戻った」

『入口係、成功です』

「助かった」

『もう一度言ってください』

「あとでな」


 レンは扉の外へ体を滑らせた。外の風がすぐにマスクを叩いた。暗い内部から出ると、灰色の空が少し明るく見えた。


 背後の搬送口では、弱い誘導灯がまだ光っている。


 外縁施設は死んでいない。入口区画は応答した。次の施設 E-04 の遮断記録も取れた。充電ステーションもある。送電調整室も、地形監視塔も、中枢管理室もある。


 触る場所が、多すぎる。


 レンは少しだけ笑った。


「戻るぞ。次は、ここを起こす準備をする」

『帰還行動を開始します』

『充電ステーションは』

「次」

『次という言葉を記録しました』

『私も記録しました』


 レンは第五タグの光を確認し、搬送路の向こうを見た。


 帰る道は細い。


 だが、もう片道ではなかった。

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