第108話 搬送口を開ける
扉の管理紋は、弱い緑色のまま消えなかった。
レンは認証盤に差したケーブルを押さえ、端末の表示を見た。外縁施設側は接続を切っていない。歓迎されているわけではない。だが、拒絶もされていない。今のレンには、それだけで十分だった。
[AUTHORITY CHECK]
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基地管理系:確認
通信塔復旧履歴:確認
保守棟接続履歴:確認
外縁管理権限:不足
暫定照合区分:未確定
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「未確定なら、読めるところまで読む」
『読み取り専用を維持してください。開放要求、制御変更、電力再配分はまだ実行しないでください』
『まだ、という言い方が不安です』
「今は読みに行くだけだ」
『その言葉を記録しました』
「いちいち記録するな」
『重要です。レンは時々、読むと触るを混同します』
ガタは搬送口の少し後ろで待機していた。車輪の周りには砂がたまり、簡易カバーの端がさらにめくれている。それでも、第五タグの光の近くにいるせいか、さっきより通信は安定していた。
ノアの声に遅延はある。だが、切れない。
レンは端末を読み取り専用に固定し、認証盤の古い応答を追った。文字の多くは欠けている。項目名も半分以上が壊れている。けれど、施設側は接続元を照合しようとしていた。基地管理系、通信塔復旧履歴、保守棟接続履歴。その三つを見て、判断を保留している。
「外縁管理権限がないから開かない。でも、基地側の復旧履歴は見てる」
『はい。外縁施設側に、復旧作業者を暫定保守対象として扱う旧手順が残っている可能性があります』
「非常保守手順か」
『推定です。断定はできません』
『断定できないものを扉に使うのは反対です』
「俺も少し反対」
『では帰りましょう』
「反対しながら進める」
レンは認証盤の下部を手で探った。砂を払うと、細い物理スロットが出てきた。基地の保守棟でも見た形に近い。完全に同じではないが、緊急時に手動キーや保守タグを差すためのものだ。
手動キーはない。だが、通信タグの予備が一枚ある。
「ノア、通信タグを保守タグ代わりに読ませられるか」
『推奨しません。タグの本来用途は中継です』
「できるか」
『短時間なら可能です。タグを認証盤へ直接登録するのではなく、基地側の復旧ログを搬送する一時媒体として使います』
「つまり、俺が勝手に権限を名乗るんじゃなくて、ここまで直してきた履歴だけ渡す」
『はい。外縁施設がそれを非常保守対象として受理するか確認します』
『賄賂みたいです』
「ログだ」
『ログ賄賂です』
レンは腰のケースから最後の予備タグを取り出した。これを使えば、帰還用の余りはなくなる。第五タグまではつながっている。帰れないわけではない。だが、予備が消える。
指先が少し止まった。
風が搬送口の隙間で鳴っている。施設の中は暗い。扉の向こうが安全とは限らない。中へ入るなら、本当は戻って準備し直した方がいい。予備電源も、工具も、もっと整えてからの方がいい。
でも、扉は今、応答している。
レンは予備タグを端末につなぎ、基地、通信塔、保守棟の復旧ログを短くまとめた。細かい説明は入れない。復旧日時、接続履歴、現時点の管理系状態。必要な情報だけをタグに焼く。
[TEMP MAINTENANCE TOKEN]
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基地管理系:限定復旧
通信塔:低出力運用
保守棟:接続維持
外部行動:外縁施設 E-03 到達
要求:読み取り専用保守照合
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「これで通るか」
『通る保証はありません』
「通らなかったら?」
『タグを回収し、撤退します』
『それがいいです』
「通ったら?」
『搬送口の非常ロックが一段解除される可能性があります』
『それがよくありません』
レンはタグをスロットへ差し込んだ。
最初は、何も起きなかった。
次に、認証盤の奥で小さく音がした。古い端子が動く音。砂を噛んだ機構が、引っかかりながら何かを読もうとしている。
表示が乱れた。
[TEMP TOKEN READ]
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一時保守情報:取得
基地管理系:照合
通信塔復旧履歴:照合
保守棟接続履歴:照合
外縁管理権限:不足
非常保守照合:条件付き受理
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レンの喉が鳴った。
「受理した」
『条件付きです。開放権限ではありません。非常保守照合を受けただけです』
「でも、一段進んだ」
『はい。一段進みました』
『一段で止まりましょう』
「どの段まであるか見る」
扉の管理紋が、少し強く光った。中央から外へ伸びる細い線が、左右に分かれる。搬送口の奥で、またロックの落ちる音がした。今度は近い。
がこん。
ガタが車体を少し下げた。
『音がしました』
「したな」
『帰りませんか』
「開きそうだ」
『だからです』
認証盤に新しい項目が出る。
[EMERGENCY MAINTENANCE]
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搬送口:非常保守開放可能
条件:手動補助
警告:扉駆動系低出力
推奨:外部からの補助入力
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「手動補助って、押せってことか」
『扉駆動系の出力が不足しています。内部ロックは一部解除されていますが、扉本体の移動には外部補助が必要です』
『押すんですか』
「たぶん引く」
『どちらでも嫌です』
レンは扉の合わせ目を見た。砂が詰まっている。下部は完全に噛んでいて、そのままでは動かない。隙間に金属棒を差し込む。ざり、と嫌な音がした。
腕に力を入れる。動かない。
もう一度、角度を変えて差し込む。今度は少しだけ砂が崩れた。扉の下から黒い粒が流れる。レンは膝をつき、補修材の細いヘラで砂を掻き出した。
『滞在時間、推奨上限に近づいています』
「あと少し」
『その言葉は危険です』
『私は聞きました。あと少しは長いです』
「分かってる」
分かっているが、手は止めなかった。砂を出し、金属棒を差し込み、体重をかける。扉はまだ重い。だが、奥のロックは落ちている。さっきまでとは違う手応えがある。
レンはガタを見た。
「牽引、三十秒いけるか」
『いけますが、いきたくありません』
「扉の下、少しだけ引け。俺が上をこじる」
『私が壊れた場合は』
「持って帰る」
『重いですよ』
「分解してでも持って帰る」
『雑ですが、少し安心しました』
ガタは扉の下部へ近づき、車体前部の簡易フックを出した。細いワイヤを扉の取っ手跡にかける。レンは金属棒を合わせ目に差し込み、肩を入れた。
『三十秒牽引を開始します。三、二、一』
ガタの車輪が低く唸った。砂を噛む音が強くなる。レンは体重をかけた。扉は動かない。腕が震える。肩に痛みが走る。マスクの内側で息が熱くなる。
「動け」
声は小さかった。叫ぶ余裕はなかった。
ガタの車輪がさらに鳴る。簡易カバーの端が一枚はがれて、砂に飛んだ。レンは金属棒を握り直し、もう一度体重をかけた。
「今だ」
がこん。
扉の下部が、わずかに浮いた。詰まっていた砂が一気に崩れる。レンはそのまま金属棒を押し込み、扉を横へずらした。
ぎぎ、と古い音がした。
搬送口が、人ひとり通れるだけ開いた。
『牽引限界。停止します』
『停止します! 停止しました!』
「助かった」
レンは金属棒を抜き、片手を膝についた。息が荒い。手袋の中で指が痺れている。扉の隙間から、冷えた空気が流れてきた。外の風とは違う。もっと古い、閉じた場所の匂いだった。金属、埃、わずかな油の残り。
内部は暗い。
だが、完全な闇ではなかった。床の端に、細い誘導灯が一本だけ点いている。弱い緑色の光が、奥へ向かって続いていた。
[ACCESS UPDATE]
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搬送口:非常保守開放
内部誘導灯:低出力点灯
接続状態:維持
滞在推奨:短時間
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ノアの声が、遅れて届いた。
『搬送口開放を確認。レン、内部進入は短時間に限定してください。初回目的は入口区画の確認です』
「分かってる。奥までは行かない」
『本当ですか』
「今日は入口だけだ」
『今日は、という言い方が不穏です』
「次があるってことだ」
ガタが扉の外で車輪を小さく回した。
『私は中に入れますか』
「幅が足りない。入口で待機」
『外ですか』
「扉のすぐ内側までなら、押し込めるかもしれない」
『押し込まないでください』
レンは扉の隙間に体を滑り込ませた。肩が金属に当たり、ざり、と砂が落ちる。中へ一歩入ると、外の風の音が少し遠くなった。
床は硬い。
壁には、搬送機の番号らしき古い表示が並んでいた。奥に低い端末がある。生きているかは分からない。だが、誘導灯は確かにそこへ向かっている。
レンはマスク越しに息を吸った。
外縁施設の中だ。
基地の外に、まだ入れる場所があった。
『レン、現在位置を記録しました。外縁管理施設 E-03、搬送口内部』
「記録しろ。ここから、次を読む」
扉の外で、ガタが不満そうに鳴った。
『私は入口係ですか』
「重要任務だ」
『そういう言い方でごまかされると思っていますか』
「思ってる」
『少しだけごまかされました』
レンは端末を構え、誘導灯の先へ目を向けた。
奥の端末が、一度だけ点滅した。
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