第101話 外縁施設
通信塔の復旧ログは、三度目の確認でも同じ場所で止まった。
[NETWORK STATUS]
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基地内管理系:限定復旧
通信塔:低出力運用中
保守棟:接続維持
外縁管理網:経路不足
推奨処理:外部中継核の再接続
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レンは端末の前で、しばらく黙っていた。表示は短い。問題は、その先だった。基地、通信塔、保守棟。今の復旧範囲は三点でしかない。点が三つあっても、惑星は起きない。
「外部中継核って、基地の外か」
『はい。基地内設備のみでは、惑星管理網への接続経路が足りません。現在の復旧範囲は、基地、通信塔、保守棟の三点に限定されています』
「三点じゃ足りない」
『足りません。面として扱うには、最低でも外縁施設一基との接続が必要です』
「外に出ろってことか」
『条件付きで可能です。外気温、残留粒子濃度、地表の破損率、通信遅延を考慮しても、短時間の到達行動であれば成功率は確保できます』
「短時間って、どのくらい」
『往復で三時間以内。現地での作業時間は四十分以内が推奨です。超過する場合、携行電源と通信タグの予備が必要になります』
レンは作業台に置いた古い工具を見た。修理済みのもの、まだ癖の残るもの、持ち出すには不安なもの。基地の中でなら、足りない部品は保守棟まで取りに行けばよかった。外ではそうはいかない。
床下から、軽いモーター音がした。
『嫌です』
「まだ何も言ってない」
『外に出る話です。嫌です。砂が入ります。車輪軸に悪いです。あと、たぶん転びます。レンが』
「俺の心配か、お前の車輪の心配か、どっちだ」
『主に私です』
『ガタの同行を推奨します』
「本人は嫌がってるけど」
『外部地形の即時確認、空洞検知、簡易牽引、低所確認に適しています。レン単独より安全域が広がります』
『安全域のために私を使うのは反対です』
「じゃあ何のためならいいんだよ」
『基地内巡回、床下点検、充電ポートの発見、落ちている部品の確保、あと室内待機です』
「最後が本音だろ」
『はい』
レンは少しだけ息を吐いた。変に正直なのは悪くない。今は、それくらいの雑さがあった方が手が動く。
画面の地図は、まだ黒い。基地から少し先までは表示されている。通信塔と保守棟の周辺にも薄く線がある。だが、その外側はほとんど死んでいた。黒い領域の端に、小さな点が一つだけある。
外縁管理施設。名称は欠けている。旧管理番号だけが残っていた。
「ここを起こせば、何が変わる」
『基地外縁の地形データが取得できます。通信塔の指向調整精度が向上します。外部施設間の遮断点を特定できる可能性があります。また、惑星管理網の低出力接続条件に近づきます』
「近づく、か」
『はい。完全復旧ではありません。ただし、現在より遠くを見られます』
それで十分だった。
レンは端末から目を離し、壁際のラックに向かった。携行電源を一つ、予備セルを二つ。簡易酸素カートリッジ。通信タグ。古い防塵マスク。軽量工具。過不足はある。けれど、全部そろうまで待っていたら何も始まらない。
ノアが装備一覧を投影した。
『持出推奨:携行電源一基、予備セル二本、通信タグ六枚、簡易補修材、手動クランプ、外部用保護布』
「保護布?」
『ガタ用です。車輪軸とシャシー下部への砂侵入を二十七パーセント低減します』
『必要です』
「急に乗ってきたな」
『駆動部は重要です』
ガタが整備台のそばまで走り、自分の車輪まわりをこちらへ向けた。さっきまで嫌がっていたくせに、保護布だけは当然のように巻かせるつもりらしい。
レンは古い布を切り、車輪軸の周辺とシャシー下部に巻いた。固定具が足りないので、途中から細い配線留めを使う。見た目は悪い。だが、外れなければいい。
「これで砂対策。完璧じゃないけど、ないよりまし」
『美観は低下しました』
「外でおしゃれしてどうする」
『記録に残ります』
「残すな」
『拒否します』
ノアが装備確認を終え、外部扉までの経路を開いた。
『出発前確認。帰還不能時の優先順位は、生命維持、通信タグ設置、外縁施設の位置確定です。施設起動は必須ではありません』
「そこは必須じゃないんだな」
『到達できれば進展です。位置を確定できれば次回の成功率が上がります。起動できれば最良です』
「失敗しても、前には進む」
『はい。その条件で行動します』
外部扉へ向かう通路は、基地内でも温度が低い。壁面のライトは半分ほどしか点いておらず、足元に長い影が落ちていた。奥へ進むほど、空気に金属と乾いた土の匂いが混じる。
扉の前で、レンは足を止めた。
大型の隔壁だった。表面には傷が多い。何かが外から叩いた跡ではない。長い時間、砂と風に削られた跡だ。
『外部圧差、許容範囲。粒子濃度、上限未満。通信遅延、想定内。開放可能です』
「ガタ」
『嫌ですが、います』
「それでいい」
『よくはありません』
レンは手動レバーに手をかけた。冷たかった。手袋越しでも分かるほど、金属が冷えている。指先に力を入れると、古い機構が低く鳴った。
ロック表示が一つずつ消えていく。
[AIRLOCK RELEASE]
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内側隔壁:解除
外側隔壁:待機
外部行動許可:限定
目的地候補:外縁管理施設 E-03
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外側の監視窓に、薄い光が入った。
レンは思わず近づいた。
基地の外は、暗い灰色だった。地面は砂と砕けた舗装材に覆われている。遠くに、折れた送電支柱の列が見えた。そのさらに先、霞んだ地平の上に、細い塔の影が立っていた。
まだ遠い。
けれど、そこにあった。
「見えた」
『外縁管理施設、推定方位と一致します』
『遠いです』
「近かったら、外縁って言わないだろ」
『言葉の問題ではありません。車輪の問題です』
レンは外を見たまま、装備のベルトを締め直した。胸の奥が少しだけ重い。基地の外に、まだ動くものがある。その事実が、体の中でうまく収まらなかった。
ここから先は、ただ生き残るだけではない。
レンは扉の開放スイッチに手を伸ばした。
「行こう。外を見に行く」
『記録します。レンが自分から危険な場所へ行きました』
「余計な記録を増やすな」
『重要記録です』
『外部行動を開始します。レン、最初の目標は到達ではありません。帰還可能な距離を保ちながら、前へ進むことです』
「分かってる」
隔壁が開いた。
冷えた風が、基地の中へ流れ込んだ。
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