CROSSOVER episode.5 /MIO
灰色の庭の外周には、まだ微弱な電位差が残っていた。
白い粉塵が、床の溝に沿って薄く流れている。照明は半分落ち、壁面の樹脂パネルには細い亀裂が走っていた。内縁側は暗い。外周制御盤の補助灯だけが、レンの手元を青く照らしている。
ガタは制御盤の横で脚を縮めていた。作業補助機らしく待機している、というより、灰色の庭の内縁から距離を取っている位置だった。
『奥、嫌です』
「分かってる。今日は外周ログを読む」
『外周なら許容します。奥の粉塵はセンサーに刺さります』
「刺さるって何だ」
『嫌な入力です』
レンは端末に手を置いた。指先に、まだ工具の油が残っている。拭いたつもりだったが、黒い筋が入力パネルの端についた。まあいい。今さらここをきれいに使う段階ではない。
ノアの投影は、制御盤の上に薄く立っていた。人影というより、青白い線でできた作業画面に近い。顔はある。けれど、表情より先に数値が動く。
『前回保持した外縁グリッドを、保存ログに重ねます。残留経路の形が読めます』
「外周の形を出せ」
『低出力で再構成します。内縁候補との距離も測れます』
「距離が分かるなら十分だ。始めろ」
保存ログを開く。
[OUTER GRID REPLAY]
――――――――――
LOW POWER RING:20.3 SEC
GRAY GARDEN INNER STRUCTURE:REACQUIRED
CORE CANDIDATE:UNCONFIRMED
CROSS OBSERVATION:TRACE
――――――――――
灰色の庭の外周に、細い光が戻った。
壁でも床でもない。根のように張った導電管の表面を、薄い信号がなぞっていく。粉塵がそれに引かれ、白い線になって流れた。前に見た時より、経路は少しだけ整っている。外縁グリッドが、どこを通れば崩れにくいか覚えたようだった。
レンは画面の下を見た。
MIO TRACE。
前回は、そこに名前だけが出た。短い観測語。呼ぶこともできず、返事もなかった。ただ、その三文字だけが残った。
今回は、その文字の手前に、一本の斜線が入った。
[CROSS ROUTE FRAGMENT]
――――――――――
/ MIO
TYPE:OBSERVATION ROUTE
SEND:UNAVAILABLE
RETURN:UNCONFIRMED
――――――――――
「名前じゃないのか」
ノアの線が一瞬だけ細くなった。
『名前を含む経路です。観測対象名から、接続候補の表記へ変化しています』
「スラッシュ付きか」
『ルート指定、またはコマンド形式に近い表記です』
『押したら嫌なことになりそうです』
「分かってる」
レンの指は、実行キーの手前で止まっていた。
押せる場所に見える。押せば何かが動くようにも見える。だが、端末は送信可能とは出していない。経路が見えただけだ。道標を見つけただけで、橋が架かったわけではない。
レンは指を離し、腰の工具を取った。
「押すより先に、通す場所だ」
『適切です。/MIO ROUTE の保持には、外縁グリッド単独では不足します。補助路は内縁側に必要です』
「だろうな」
『奥の粉塵濃度、上がっています』
「見えてる。先に吸気側を閉じる」
『吸気側、早め希望です』
ガタのセンサーが低く鳴った。外周制御盤の奥、灰色の庭の内縁にある三つの候補が、順に表示される。
[NEXT ACCESS REQUIREMENT]
――――――――――
/MIO ROUTE:HOLD FAILED
REQUIRED:CORE CANDIDATE ACCESS
GRAY GARDEN INNER STRUCTURE:TARGET
TRUNK BALANCE:REQUIRED
――――――――――
続いて、候補名が開く。
[CORE CANDIDATE]
――――――――――
ENVIRONMENTAL CONTROL CORE
OUTER MANAGEMENT NUCLEUS
ORBITAL RELAY BASE
――――――――――
レンは舌打ちしそうになって、やめた。
三つとも重い。どれも軽く触っていい名前ではない。環境制御中枢、外縁管理核、軌道連絡基部。基地の生存圏そのものに関わる場所だ。
それでも、今の外縁グリッドだけでは `/MIO` を保持できない。画面の斜線は少し揺れ、MIO の文字もノイズに削られている。
「内縁に補助路を作る必要があるんだな」
『はい。現状の外周経路は観測語を拾えますが、経路名として保持できません』
「なら、外縁管理核から見る」
『推奨します。環境制御中枢より負荷が低い経路です』
レンは灰色の庭を見た。
白い粉塵が、床の溝を低く流れている。外縁グリッドの光は細い。内側はまだ暗い。中枢候補のある方角だけ、端末の補助線が薄く伸びていた。
その時、画面の下が一瞬だけ乱れた。
ログ形式が変わる。
ノアの投影が止まった。
[EXTERNAL LOG FRAGMENT]
――――――――――
SOURCE:PRESENT-LAYER
KEY:URL
NCODE:n4174mf
INTERPRETATION:WORLD IDENTIFICATION CODE
――――――――――
レンは画面を見た。
「URL……?」
『既知の基地規格ではありません。外部層由来の経路形式と推定』
「エヌコード」
『NCODE。世界識別コードと解釈されます』
「この世界のか」
『現在座標との一致率、高。n4174mf は、現行世界側に紐づく識別子です』
ガタが、小さく後退した。
『また名前が増えました』
「名前があるなら、辿れる」
レンは端末を拡大した。`/MIO` の下に、`n4174mf` が残っている。現代層、URL、NCODE。どれも基地の通常ログではない。けれど、ORIGIN-7のどこかが、それを拾った。
MIO へ向かう経路名。
この世界の識別コード。
灰色の庭奥の中枢候補。
線は細いが、並んだ。
ノアが静かに言う。
『次目標、灰色の庭内縁中枢候補。推奨は外縁管理核からの確認です』
『内縁作業、嫌です』
「知ってる。だから手順を切る」
『切るなら許容します』
「お前の許可制じゃない」
レンは工具を握り直した。手袋の内側で汗がにじむ。灰色の庭の奥は暗い。だが、端末にはもう道筋が出ている。
押すんじゃない。
通す場所を作る。
レンは制御盤のロックを外した。
「行くぞ」
灰色の庭の白い粉塵が、低く流れた。端末の隅で、`/MIO` と `n4174mf` が、消えずに残っていた。
これにて5章完結となります。
日頃のご愛顧に感謝を込め
5章完結記念のSSを用意しました。どうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n8490mh/
まだまだ「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。




