第94話 今度は沈んだ
灰色の庭の北西外周に、青い区画線が三本並んだ。
一本目は昨日通した場所。二本目と三本目は、その隣に置いた新しい区画だった。合わせても九メートル。庭全体から見れば、傷にもならない長さだ。それでも、レンの手の中では遮断レバーが重かった。
ガタは境界線の外で、前面センサーに二重カバーをつけている。三枚目は却下されたが、車体の左右に小さな退避マーカーを増やしていた。
「それは何だ」
『退避の気持ちです』
「気持ちを置くな」
『置くと落ち着きます』
『退避マーカーとしては有効です。邪魔にはなりません』
「ノアが認めると増えるだろ」
『増やします』
「増やすな」
ノアの補助線が三本の区画を順に点灯させた。今回は一度に通さない。一本目を沈め、戻りかける前に二本目へ移す。二本目が安定したら三本目へ。庭に面で命令しない。短く聞いて、短く返してもらう。
[SEGMENT CHAIN TEST]
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AREA:OUTER RIM NW / 3M x 3
MODE:LOW RISE / STEP
DUST FIXATION:SEQUENTIAL
MANUAL CUT:READY
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「始める」
『一番区画、低立ち上げ。三、二、一』
かち、と制御盤が鳴った。
白い粉塵が、昨日と同じように細い帯で浮き、それから沈む。割れた床面の番号が見えた。灰色繊維の根元が現れる。一本目は暴れない。
『一番区画、安定』
「二番へ」
『二番区画、通電』
今度は少しだけ反応が遅れた。粉塵が浮き、そこで一瞬止まる。レンの指がレバーに食い込む。ガタのライトが細くなる。
きし、と、灰色繊維が鳴った。
『逆位相未検出。微振動のみ』
『微振動という言葉を信用しすぎています』
「黙ってろ」
『黙ります。嫌です』
粉塵が沈んだ。
二番区画の白い膜が薄くなる。一本目と二本目の間に、細い地表の帯がつながった。九メートルのうち、六メートルが見えている。
レンは息を吐かずに言った。
「三番」
『三番区画、通電』
灰色繊維の束が、今度は二本同時に震えた。白い粉塵が少し盛り上がる。レンの腕に力が入る。制御盤の奥から低い音が返った。
『出力を二段落とします』
「切るか」
『待機。制御内です』
白い粉は立たなかった。
盛り上がったまま、ゆっくり下がる。押し返されるような反応はある。だが、噴かない。ガタのセンサーも白くならない。灰色繊維は震えながら、区画の内側へ低く沈んでいく粉塵を見ているようだった。
やがて、三番区画も沈んだ。
九メートル分の地表が、灰色の庭の外周に細く開いた。
『三番区画、安定。固定率十六パーセント。逆位相反応なし』
『粉、吐きません』
「吐かなかったな」
レンはようやく息を吐いた。
見えた地表には、細い溝が三本続いていた。溝は外周制御盤へ向かうものと、庭の奥へ向かうものに分かれている。奥へ向かう方は、灰色繊維の根元の下へ潜り込んでいた。
ノアの表示が、溝の先を青でなぞる。途中で線は途切れた。粉塵の奥、まだ沈めていない範囲に消えている。
『表層誘導路、三区画で連続を確認。外周固定域は庭内部へ接続しています』
「奥につながってる」
『はい。環境固定体の制御経路です』
ガタが少しだけ前へ出た。
『見えます。嫌ですが、見えます。奥に線があります』
「記録できるか」
『できます。近づかなくてもできます。すばらしいです』
灰色繊維が、また小さく震えた。
レンはレバーを握ったまま、動かなかった。
『振動は制御内です。庭が反応を返していますが、逆流には入っていません』
「返してるだけか」
『はい。今回は、通しています』
その言い方で、レンは少しだけ肩の力を抜いた。
庭が許したわけではない。安全になったわけでもない。だが、昨日みたいに粉を吐き返してこない。こちらの聞き方を変えたら、返し方も変わった。
ノアの補助表示が、奥へ伸びる細い線の先に、短い文字列を拾った。
[PARTIAL READ]
――――――――――
SURFACE GUIDE:CONNECTED
INNER LOG GATE:SIGNAL TRACE
ENVIRONMENT RESTORATION:FRAGMENT
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「環境再生……ログか」
『断片です。入口信号のみ。深部ログ本体には到達していません』
「でも、ある」
『あります』
ガタのライトが、ほんの少しだけ上を向いた。
『つまり、庭の奥に説明書がありますか』
「雑だが近い」
『説明書がある庭は、少しましです』
『到達には追加区画の固定と、南側旧管制施設の環境制御ログが必要です』
「また南側か」
『はい。灰色の庭だけでは閉じていません』
固定していた粉塵が、端から少し戻り始めた。白い膜がじわじわと地表を覆う。見えていた番号が薄くなる。溝も少しずつ隠れる。
「落とせ」
『段階停止します』
青い区画線が一本ずつ消えた。一番、二番、三番。庭はまた白く戻る。灰色繊維の震えも止まった。
レンは最後までレバーから手を離さなかった。
完全に静かになってから、ようやく指を開く。手袋の内側が少し汗ばんでいた。
『試験終了。逆流なし。センサー汚染なし』
『センサー汚染なし。重要です。非常に重要です』
「分かった」
ガタは二重カバーをつけたまま、マーカーを回収した。今回は右マーカーも曲がっていない。本人はかなり満足そうに車体を揺らした。
『二重カバーと退避の気持ちが効きました』
「区画制御が効いたんだ」
『それもあります』
『主因は区画制御です』
『副因でいいです』
レンは端末に結果を保存した。ログの最後に、環境再生の断片が残っている。まだ読めない。まだ届かない。だが、昨日は存在すら見えなかった。
灰色の庭は静かだった。
その静けさが、今は少し違って聞こえる。眠っているだけではない。こちらを見ているのかもしれない。返す相手として。
「次は、ここを広げる」
『はい。区画連鎖を拡張します』
「それと南側旧管制施設のログ」
『必要です』
『必要でも、わたしは粉を浴びたくありません』
「浴びないようにやる」
『信じたいです』
レンは灰色の庭を見た。白い粉塵の下に、さっきの九メートルが隠れている。
見えなくなっただけだ。
線は、まだそこにある。
[TEST RESULT]
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SEGMENT CHAIN:STABLE
DUST REVERSAL:NONE
SURFACE GUIDE:CONFIRMED
INNER LOG GATE:TRACE DETECTED
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ログの光が消えても、レンはしばらく庭を見ていた。
白い粉は静かに積もる。灰色繊維は動かない。風が外縁灯を鳴らす。
九メートルだけ、庭の向こう側が見えた。
次は、もっと奥まで通す。
おかげさまで、投稿数が【100エピソード】に達したみたいです。CROSSOVERを挟んだせいで、お話自体はまだ「第94話」なんですけどね。
まあ、細かいことはどうでもいいです。いつも応援ありがとうございます。
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