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忘却の果て

「こんにちは」


すれ違い様に挨拶される。


「あっ、こ、こんにちは!」


俺は慌てて挨拶を返した。


……これ何回目だっけ?

こういうのは慣れないけど、長閑で良い所だよな。


なんていうか、色んなものにゆとりがあるからか、心に余裕が生まれる気がする。


過労で体調を崩した事もあって、暫く休暇を取ることになった俺は、こうして地方にのんびり療養しに来ていたのだった。


…それにしても、なんだったんだ、あの民宿の主人。


隣村に行く時は気をつけろって言ってたけど、全然普通…というより、寧ろ温かくて良い所じゃないか。


...ただ……なんだろう、たまに変なタイミングで、挨拶されてるっていうか、視線が俺を向いてない気がするんだよな…


気のせい…か?


…まあ、色んな人がいるって事なんだろう。


少し疲れたな。


バス停にベンチがあるし、あそこでちょっと休憩させてもらうか。


俺は、屋根がボロボロになった、鄙びたバス停のベンチに腰掛ける。


ふ〜


…...ん?

なんか視線を感じる……?


気付くと村の住人と思われる人達が、一人、また一人と足を止め、遠くから近くから俺の方をじっと見つめていた。


敵意…というのとは何か違うし、何の感情も無いという訳でもない。

何処か冷徹で威圧的…そんな視線だった。


こ、ここって同じ村...だよな?


異様な雰囲気に、早鐘の様に鼓動が高鳴る。


と…取り敢えず、ここから逃げなきゃ…!


しかし、足がすくんでしまい、立とうとしても力が入らない。


まずい…!このままだと...!


きっと殺される......本気でそんな風に思い始めた時


「どうしたの、大丈夫?具合悪いの?」


そう言って、警官が俺の顔を覗き込む。


た...助かった......!


「あっ...あの...あ、足に力が入らなくて...」


「救急車呼ぼうか?」


そんなに大袈裟なものじゃないし、流石にそれは...


「いっ、いえ!それは大丈夫ですっ!

時間が経てば治りますので......!」


俺がそう言うと、警官は何か困った様子で


「うーん、参ったなぁ。

"ここ"はちょっと駄目なんだよ」


と言いつつ、ちらっとベンチに視線を動かす。


...駄目?

さっきの村人の様子と何か関係あるのか?


「...だっ、駄目って、何が駄目なんですか...?」


そう俺が尋ねると


「うーん、参ったなぁ。

"ここ"はちょっと駄目なんだよ」


と、さっきと同じ調子で、同じ言葉を繰り返す。


......えっ...?


「...でっ、ですから、何が駄目なんですか?」


「うーん、参ったなぁ。

"ここ"はちょっと駄目なんだよ」


全身から血の気が引いて行くのが分かる。


絶対に何かがおかしい......!

はっ、早くここから逃げないと!


足の調子を確かめると、まだ本調子とまでは行かなかったが、なんとか歩ける程度にはなっている感じだった。


「あっ、な、なんか回復して来たみたいです!

お騒がせしてすみません!」


「おお、それは良かった!

...でも無理してない?

良かったら駐在所で休んで行く?」


冗談じゃない。


周りを見ると、さっきよりも人の数が増え、こちらをじっと見つめていた。


「いえ、結構です!

そろそろ帰ろうと思ってたので...!」


俺が席を立ち、その場を後にしようとすると


「良かったら駐在所で休んで行く?」


さっきと同じ調子で そう言いながら、笑顔の警官が俺の前に立ち塞がる。


「いっ、いえ!本当に結構ですから!」


俺が拒否しても


「良かったら駐在所で休んで行く?」


と言って、相変わらず笑顔の警官が道を塞いでくる。


周りの村人が一斉に何かを呟いているみたいだが、何を言っているのか分からない。


「結構だって...」


あまりの状況に、恐怖以上に怒りの感情が沸々と湧き上がってくるのを感じた。


「言ってんだろ!!」


警官の笑顔が凍りつく。

周りの村人は相変わらず何かを呟いている。


「大体お前ら、さっきから何処見てんだよ!」


俺を見ていたと思っていたが、やはり何か違う。

そう、村人が見ていたのは俺じゃなく、俺の背後...さっきまで俺が座っていたベンチだ。


俺は振り返りつつ


「ほら、誰も居ねえよ!

お前ら揃いも揃って、村総出でドッキリでもやってんのか!?」


と俺が叫ぶと、先程までとは打って変わって、露骨に狼狽し始める。


「な...なんて事を...!」

「そんな...そんな事ある訳ない!」

「やめろ...やめてくれ......」


無言の呟きが音を帯び始め、村人の嘆きが其処彼処から聞こえて来た。


...やっぱりイカれた村なんだ、ここは。


顔が引きつった警官が


「な...何を言ってるんだね君は!

ちゃ、ちゃんとそこに居るじゃないか!!」


と、半ばパニックになって怒鳴る。


「だから!そいつは何処に居んだよ!!

誰も居ねえだろ!?お前ら頭診てもらえよ!!」


「居る...居るんだ...今も......うぐ...ぐぐぐ」


えっ...?

なんか様子がおかしいぞ...?


警官は自分の胸から何かを払いのける様に、必死で両手をバタバタし始める。


「く......くる...しい......だ......誰かたすけ......!」


苦しげに呻いていると思う間もなく、警官の顔は見る見る赤黒くなり、唇は紫色へと変色していく......


そして———


ドサッ!!


目の前の警官はうつ伏せに倒れ、全く動かなくなった。


...はっ?......えっ、し、死んでる......!?

なっ、な、なんで...!?


その光景を見ていた村人達は慌てふためき


「嫌だ!!死にたくない!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい...」

「ちゃんと今も居ます...私には見えてます......だっ、だからどうか......!」


などと叫んでいたが、その内一人、また一人と警官と同じ様な状態になり、皆地面に倒れて行った。


なっ...なんだ、これ...一体何が起き......


「居たぞ!あそこだ!!」


気付くと道路の向こうから、鬼の形相をした村人達がこちらに走り寄って来ていた!


「お前さえ...お前さえ来なければ!!」


「ひっ、ひい!!」


俺は脇目も振らず一目散に逃げ出す。


お、俺が何したって言うんだよ!!

挨拶位で誰も何も言わなかったじゃないか!!


そんな事を思いながら無我夢中で走っていると、ドサッ、ドサッと地面に人が倒れ込む音が、後ろから次々と聞こえて来た。


...多分、さっき見たのと同じ光景が、背後に広がっているに違いない。


それでも俺は必死に逃げ続け、気付くと神社の前にやって来ていた。


こんな神社、ここに来る時は見なかった...よな?


夢中で逃げて来たせいで、どうやら迷ってしまったらしい。


まずいまずいまずい......!

早くこの村を脱出しないと...!


周りにはもう誰も居ない...が、油断は出来ない。


とにかく用心して......


...なんだろう......?

そんな事をしてる場合じゃないって分かってる...のに...何故か、異様に神社に惹かれている。


何かに引き寄せられる様に、俺は鳥居をくぐり、境内へと足を踏み入れていた。


...静かだ。

聞こえるものと言えば、風に揺れる木の葉位で、人は勿論、鳥や虫の声が一切無かった。


境内の端の方には、何も無いちょっとしたスペースがあり、地面が剥き出しになっていて、土が若干盛り上がっている。


......っ!

軽い眩暈を覚え、俺は倒れそうになる。


...少し気が緩んで、疲れが出て来たのだろう......そう思っていると


「どうして...どうして、こんな事するの!?助けて!お父さん!お母さん!」


という声と共に、突然目の前の景色が姿を変える。


...なっ、なんだ、この光景は...!?


俺は四方を土に囲まれ、助けを求めている...が、声が明らかに少女の声になっていた。

顔に照らされる懐中電灯の明かりが眩しい。


穴の上から俺を見下ろす人間の中には、さっき見た覚えのある顔も居たが、歳は若く見える。

表情はよく見えない。


そいつらがシャベルで土を俺にかけて来る。


...おっ、おい、まさか...!


俺の声と少女の声が重なり、逃げようと必死にジタバタするものの、ロープで身体が縛られていて身動きが全くとれない。


...い...いやだ......死にたくない......!


死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない.........


恐怖と胸の圧迫感で息が詰まり、そして......


俺の視点は穴の上の村人へと映り、埋まった穴を見下ろしていた。

仕方がなかったのだという言い訳と罪悪感を、心の中で内混ぜにしながら。


......目の前に、元の境内の風景が広がる。

気付くと俺は涙を流していた。

目の前で微笑んでいる様に感じた、少女の姿を"見て"。



数ヶ月後———


「なあ、お前って妹居たっけ?」


「いや、居ないけど...どうして?」


「あー、前にお前が電話で楽しそうに話してるのが聞こえてさ。

会話が恋人っていうより、身内って感じがしたんだよ。


それにこの前、駅でお前を見かけたんだけどさ、お前、誰かに手振ってたよな。

誰に向かって振ってるのかまでは人混みで分からなかったけど」


そう、忘れてない。


「えっ、そうだったの?

......まあ、でも妹とかじゃないんだ」


忘れてはいけない。


「はぁ?なんだよそれ、意味わかんねー。

...まっ、今度気が向いた時にでも紹介してくれよ!」


罪は消えていないのだから。


「ははは...ああ...そうさせてもらうよ」


俺達は皆で背負うべき......そうだろう?


同僚の背後で少女が笑う。



地獄の門が開いて行く。

行き場の無い、無差別な怨嗟の憑代を追い求める為に。

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