隙間
なんだろう?なんか気になるな......
古めかしい木造の家と家の間にある、ギリギリ手の平が入る程度の隙間。
真っ暗で奥に何があるのか全く見えないけど、取り立てて何か変わった事がある訳でもない、そんな何の変哲もない隙間...
...あっ、ぼーっとしてる場合じゃない!
急がないと!
いつも通ってる道が工事中で、遠回りしてる時間も無いから、近道出来るかなって思って、一か八か抜け道を通って来たのだ。
抜けた先は案の定、目的地付近だった。
今までも近道になるだろうなとは思ってたんだけど、なんとなく気乗りしなかったというか、時短になるとしても躊躇われる何かが、この抜け道にはあった。
雰囲気がちょっと...っていうのもあるんだけど、マップのアプリで確認しても存在しない道っていうのが何より不気味で、薄気味悪く感じていたのだ。
実際、この抜け道を通って行く人を、私は見た事が無い。
まっ、でも、時代に取り残された路地っていう感じなだけで、特になんて事も無かったな。良かった〜!
帰り道——
なんでかな、別に遠回りして帰ってもよかったんだけど、またこの路地を通っちゃった。
もう暗いし、明かりも無いから、凄く不気味なのに...
でも、なんか気になるんだよね...あの隙間が......
人一人が通るのがやっとという道を進んで行き、私はまた あの隙間の前まで来た。
空が夜に移り変わろうとしていて、路地はすっかり暗くなってるっていうのに、その隙間が何処にあるのかが、何故かはっきりと分かる。
ああ、暗い。何処までも果てしなく...
......あっ、またぼーっとしちゃった!
...って、えぇっ!?もう一時間以上も経ってたの!?
疲れてるのかな私......
ため息を吐きつつ、私は自宅へと向かった。
翌日——
ダメだ〜、見たくて堪らない!
あの隙間を覗いて無いと、居ても立っても居られなくなる!
しかも、そのせいで昨日はあまり寝られなかった!
きょ、今日もあそこを通らないと...!
興奮しながら路地を進み、また隙間の前に来る。
ああ、なんだろう...なんか凄く落ち着いて来た...
暗闇は何時でも、優しく私を見つめてくれる...
帰り道——
あ〜、やっちゃった〜。
大遅刻だったよ〜。
めちゃめちゃ怒られちゃったけど、まっ、どうでもいっか!
さあ、またあの路地に......
...えっ?
なっ、なんで...?だっ、だってここに確かに...
......あっ、ああ、そっか!
私疲れてるんだ!
だから途中で道を間違えて......!
でも、何度行ったり来たりを繰り返しても、あの路地への入り口は現れなかった。
なんで......?
なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!?
「お前が隠したのかっ!?」
私は、近くにいたサラリーマン風の男の胸ぐらを掴んで、問いただした。
「ひっ、ひいっ!なっ、なんですかいきなり!?け、警察呼びますよ!」
「とぼけるなっ!!あっただろここにっ!!あの路地がっ!!」
「しっ、知りませんよ、そんなの!!だ、大体ここは何年も前からずっと空き地だったじゃないですか!!」
...はぁ?何言ってんだ...?
...ああ、私を騙そうとしてるんだ......!
こいつが奪ったんだ!!
こいつがこいつがこいつがこいつがっ!!
「返せっ!!返せよっ!!これ以上私から奪っていくなっ!!!」
男を激しく揺さぶる。
「いっ、良い加減にしろ!!」
ドンッ!
男は私を突き飛ばした。
「しっ、知らないって言ってるだろ!?頭がおかしいんじゃないのか!?」
そう言うと男はそそくさと去って行った。
「おい!待てよ!逃げるな!!...クソッ!」
さっき突き飛ばされた時に足を挫いたのか、痛くて上手く歩けない。
体が震え出す。
もしかしてこのまま、もう二度とあの隙間には......
そんな事を考えてると涙が次から次へと溢れ出した。
偶に通りかかる通行人が、怪訝そうな顔でこちらを見ている...が、もうどうでも良い。
あーあ、また無くなっちゃった...また...
心の中でそう呟きながら、なんとか自宅へ向かおうとした時——目の前に突然現れた...あの路地が!
やっぱり隠してたんだ!!
私の涙が嬉し涙へと変わり、一目散に隙間の方へ駆けて行く。
あ...ああっ!あった!!
嬉しくて、恋しくて、私は無我夢中で隙間の奥を見つめる。
...はぁ、やっぱり落ち着く......
......さっきは知らない人に、どうしてあんな事しちゃったんだろう?
自分で自分が分からなくなる。
......それにしても、ここって本当に静かだな...車の音一つ聞こえない。
それに...この木造住宅って、いつ来ても暗いけど、誰も住んでないのかな?
あっ、そうだ!だったら私が住めば...!
早速、隙間を生み出している二軒について調べようと思った時——
「...えっ?誰か...誰かいるの...?」
家の方にではなく、真っ暗な隙間の向こうに光る何かを見た...そう、あれは人の目だ...!
「ねえ、貴方は誰?どうやってそこに入れたの...?」
謎の瞳は何も言わず、ただこちらをじっと
見つめる。
懐かしい様な、切ない様な、そんな気持ちになった。
瞳は少しずつ遠ざかって行く。
「ね、ねえ!待ってよ!私を置いて行かないで!私も連れて行ってよ!!」
私は隙間に手を必死に突っ込み、瞳を捉えようとした......その時、私の手に何かが触れた。
......これは...子供の手...?どうして...?
触れたと思った瞬間、相手は手を引っ込め、私の手は何も無い暗闇に取り残された。
ああ、そっか...そういう事か......
「ちょっと待っててね!」
私は自宅に戻った。
朝日が目に染みる......
もう朝だったんだ。
私は包丁を懐に抱き、再び隙間の前までやって来た。
ふふ、包丁なんて持つの、いつ以来かなぁ。
私は隙間の奥の暗闇をじっと見つめる。
「あはは、分かってるよ!"隙間"が無いからダメだったんだよね!」
私は包丁を取り出し、自分を刺した。
腕を、脚を、腹を、胸を。
何度も何度も何度も何度も何度も!
「あはははははははは!...はは、ごぼぉ!」
口から血が溢れて、もう声にならない。
腹から腸が零れ落ちる。
少しずつ意識が薄れる。
最後に私は顔を、首を刺し、ドサッとその場に倒れた。
隙間の奥で、白い顔をした子供が無邪気に笑っている。
ああ...良かった...楽しそう......!
目の前が暗くなり、笑い声だけが私の世界を満たす。
ゴリッ!ゴリゴリ!バキバキッ!
おいしそうな おとがきこえる。
わたしは すきまとひとつになる。
あのときのように......
心の隙間の埋め方を知らなかった女性は、こうして常世へと旅立った。
楽しげな、けれど何処か哀しげな笑い声が、いつまでも闇に響き渡っていた......




