楽園
アイツとは物心ついた時からずっと一緒だった。
まあ、いわゆる幼馴染で、俺の一番の親友だ。
俺もアイツも所謂不良だったから、他のヤツらとはソリが合わなかったし、二人でつるんでた方が気が楽だったのもあって、高校では帰宅部として町に出て活動する事にした。
一緒に馬鹿な事やったり、他の高校のヤツらと喧嘩したりって感じで、気ままに楽しんでたんだ......あの時までは。
...あれは1ヶ月前の事だった。
その日もいつもみたいに楽しんで、普通に解散した......が、アイツはその後、行方不明になった。
アイツの本当の気持ちなんて分からねえけど、あの様子から考えると、単に家出したって訳では無い気がしてたし、電話も圏外なのを考えると、何か事件に巻き込まれたんじゃないかとさえ思った。
アイツの両親も流石に警察に連絡したみたいだけど、行方不明になってから時間があまり経ってない事もあるだろうが、俺達が普段から問題を起こしてるからか、真剣に取りあってはくれなかったみたいだ。
...まさか、前に喧嘩したヤツらに変な因縁つけられて...とか色々考えていたら、3日後にアイツは何事も無かった様に普通に登校して来たのだった。
「おっ、おい!お前どこに行ってたんだよ!流石に心配してたんだぜ!?」
クラスのヤツらが驚いてる中、俺は真っ先に声をかけた。
「うん?...ああ、すみませんでした。ご覧の通り、全くの無傷ですので、ご心配なさらないで下さい」
...はっ?...だ、誰だコイツ...?
「ご心配なさらないでって お前、3日も音信不通だったんだぜ!?...だっ、大体なんだよその喋り方...!?」
「いや、これは失礼しました。なんて言うんでしょうね......今までの粗野な自己からの脱却とでも言いましょうか、これからの僕は心を改めて、生まれ変わったつもりで生きようと思ったんです」
...コ、コイツ、絶対におかしい...!
俺以上に喧嘩っ早くて、口も悪かったのに、何がどうしたら こんな風になるってんだ?
「だ、大丈夫か、お前?どっかで頭でも打ったんじゃねえのか?と、取り敢えず、病院に行った方が良いんじゃ...」
「いえ、本当に大丈夫ですから。これからも仲良くして下さいね」
......!!!
...き、気持ち悪りぃ...
俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
それからの俺は...その、どうしても変わっちまったアイツに馴染めなくて、少し距離を置く様になった。
アイツはと言えば、最初の内こそクラスのヤツらに気味悪がられてたが、今となってはクラスの人気者だ。
特にユーモアがあるって訳でもないのだが、人当たりも良いし、馬鹿がつく程の真面目っぷりと善人っぷりが、かえってツボらしい。
...ま...まあ、これはこれで良かった...のか?
......いやいやいや!良い訳ねえし!特に俺が!!
そんな訳で今日の放課後、俺はアイツの後を尾ける事にした。
...にしても遅ぇ!
真面目に委員会の仕事なんかやりやがって...!
放課後は...というか、午後の授業からいない事も多い俺が、いつまでも学校に残っているのが不思議だったのだろう。
色んなヤツらに不審な目で見られたが、ガンを飛ばしたら、慌てて目を逸らしていた。
...結局、アイツが下校するまで3時間位、時間を潰す事になっちまった。
あ〜クソ!ムカつくな〜!それもこれも今呑気に俺の前方を歩いてるアイツのせいだ!
アイツが路地を曲がり、少し暗めの道を歩いていると、脇道から四人の人影が現れ、アイツを囲み始めた。そいつらは俺に気付いてないみたいだった。
ん〜?暗くて良く見えねえけど...あれは確か...あ〜!この前因縁つけて来たヤツらか!
...まあ、好都合っちゃあ好都合か。
普段は平和主義者みたいなツラしてるが、いざ襲われたら、流石に前みたいに...
......あっ、あれ?
なんか一方的に殴られてる...?
...あ〜、クソ!!
俺は走り、その勢いのまま、今にもアイツを殴ろうとしているヤツに飛び膝蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばした。
他の三人は咄嗟の事に驚き反応が遅れてる。
その隙に俺は、手近にいるヤツの顎の先端を狙って右ストレートを放ち、それが見事にクリーンヒットして、相手はそのまま地面に倒れこむ。
もう二人の内の一人は、蹴りが届く距離だったので、右ストレートの勢いのまま、左後ろ回し蹴りを相手の鳩尾付近に差し込むと、そいつは呻きながら、そのまま腹を抱えて倒れた。
さて、残りはあと一匹...と思っていたら、最初に飛び膝蹴りで吹っ飛ばしたヤツが、いつの間にか俺の背後に回っていて、俺を羽交い締めにしようとした。
...が、それに気付いた俺は、勢いをつけて自分の後頭部付近を相手の鼻っ柱辺りにぶち当てつつ、前方から俺を殴りに来ていたもう一人の攻撃に合わせ、右フックでそいつの顎を下からアッパー気味に振り抜くと、相手は泡を吹きながらぶっ倒れた。
最後に、まだ後ろで顔を押さえ、痛みで怯んでいるヤツに首相撲をとりつつ膝蹴りを鳩尾付近に一発、地面に足をつけた反動を利用して更にもう一発放ったあと投げ飛ばすと、相手は倒れたままピクリとも動かなくなった。
「......おい、何やられっぱなしになってんだよ!平和とかなんとか、そんな事言ってる場合じゃ無かっただろ!」
俺は別人になっちまった幼馴染を睨み怒鳴る。
...やべ、今の大声で人が来ちまう。
「と、取り敢えず、ここは早くズラかろうぜ」
「ですが、救急車や警察を呼ばないと...」
「うるせえ!そんなのは良いから早く行くぞ!」
俺は幼馴染の腕を掴み、強引に何処か違う場所に連れて行く事にした。
——とまあ取り敢えず、よく行く近場のファミレスに向かう事にしたんだが、いざ店内に入ろうとした時に幼馴染が、下校途中の買い食いは校則違反だとかなんとか言い出した。
...ちっ、ほんとにうるせえなあ!
「でもお前、今帰っても誰も家に居ないんだろ?家に着いてからメシ食ってたんじゃ遅くなっちまうし...その...なんだ、お、俺もお前と話したい事とかいっぱいあるしよ!ここは一つ、幼馴染の面倒を見るって事で許してくんねえかな?」
...はぁ〜〜!!ガラにもねえ事言って、自分で自分が気持ち悪ぃわ、ったく!
「う〜ん、そういう事でしたら...」
かぁ〜〜!!腹立つわ!誰のせいだと思ってんだコイツ!
「お...おう...ありがとな」
席に座り、さっさといつものを注文する事にした。俺は勿論ステーキだ。高くてもこれは譲れない。
「お前もいつもので良いんだよな?」
コイツも俺と同じステーキのはずだ。
「いえ、僕はサラダとパンケーキにします」
.........!!!???
...コ、コイツがサ、サ、サラダ〜〜!!?
「サ、サラダって...おっ、お前正気か...?どの野菜も食うと吐き気がするっつってたじゃねえか!」
「あはは、そんな事もありましたねぇ...ええ問題ありません。最近、味覚が変わったのか、お肉より野菜が食べたいんですよ...それに......」
「それに......なんだよ?」
「あっ、いえ良いんです。こちらの話ですから」
...?なんか怪しいが...まあ、時間はあるし少しずつ聞いていくか。
それから料理が運ばれて来てメシを食べるまでの間は、学校の話ばっかで肝心な事は何も聞けなかった。
ハラが減ってたから、俺は取り敢えず目の前のステーキにがっつく事にしたんだが、幼馴染は何やら祈りを捧げた後、ゆっくり味わいながら食っていた。
暫くはお互いに無言だったが、粗方食事も終わりに差し掛かった時
「なあ、いきなり野菜が食える様になった事といい、さっきのお祈りといい、やっぱなんかあったんだろ?どうしても話したくねえってんなら無理には聞かねえけど、なにかヤバい事に巻き込まれてるってんなら...その...なんだ...お、俺も力を貸すからよ」
またガラにもねえ事を言っちまったが、割と本心ではあった。
「ああ、うん、ありがとうございます...そうですね...実は僕もちょっと記憶が曖昧で、お話しようにも殆ど覚えてないんです」
......ん?記憶喪失かなにか...か?
「あの日君と別れたあと、帰り道で......そう、確か眩しい光に包まれた事だけは覚えているのですが...どうもその後の記憶がハッキリしなくて。意識が戻った時には家で学校に行く準備をしてました」
「それって、もしかして事故に遭ったか何かで、記憶に障害が出たとかそんな感じか?」
「いえ、あのあと病院にも行ったのですが、何処にも異常は無いらしくて...ただ...その...あれ以来、声が聞こえる様になったんです。お医者様は精神的なものだろうと仰っていたのですが...」
「...声...?どんな声が聞こえるんだ?」
「僕が何かしようと思うと......っ!!!」
何かを言い掛けて、幼馴染が突然驚いた表情でフリーズした。
「お、おい、どうした... ?」
俺がそう声をかけるや否や
「逕ウ縺苓ィウ縺ゅj縺セ縺帙s縲ょ幕繧企℃縺弱※縺励∪縺�∪縺励◆縺具シ�」
......え......?
「......縺ッ縺�∝�縺九j縺セ縺励◆縲ゅ◎縺。繧峨�蠎ァ讓吶↓蠖シ繧帝」繧後※陦後¢縺ー繧医m縺励>縺ョ縺ァ縺吶���」
「な、なに...言ってんだ...?」
何かを喋っているのは分かる...が、人間の言葉とは到底思えない。
一体どうやって発音してるんだ...?
「縺ッ縺�√〒縺ッ縺昴�讒倥↓縲�......ああ、失礼しました。食事も済みましたし、そろそろお店を出ましょうか。遅くなると"あちら"にも迷惑が掛かるでしょうし」
「......いやいやいや!!お前今なんか喋ってたよな!?...それに"あちら"って何の事だよ?もしかしてお前の親、今家にいんのか?」
「それは道すがら お話します。どうやら"あちら"の方は君に興味があるみたいなので、ちょっと一緒に来てくれませんか?」
...これはチャンス...なのか?
コイツがなんでこうなっちまったのか——多分この先に答えがある。
「...お、おう、分かった。何処にでも行ってやるぜ!」
会計を済ませ俺達は店を出た。
「...で、何処に行くんだ?」
見慣れた道を歩きながら、俺は幼馴染に尋ねる。
「近くにある公園で待つ様に言われました。あの昔良く遊んでいた...」
「ああ、あの公園な!......はは!なんか懐かしいな!お前、しょっちゅう誰彼構わず喧嘩してたよな」
横目に通り過ぎる事はあったが、公園内に入るのは随分と久し振りな気がする。
「あはは......いや、お恥ずかしい限りです」
そんな話をしている内に、公園にたどり着いた。
辺りは暗く、しんと静まりかえっていて、人が住んでるのかどうかも怪しくなる。
そういえば、家を相続するヤツが居ないとかで、放ったらかしになっている家が多い地域なんだっけか。
「お前の言う"あちら"様は、まだ来てないみたいだな」
公園内を見渡し、木の影などを注意深く観察するが、人の気配は全く無い。
「...いえ、いらっしゃっているみたいですよ」
「...はっ?一体何処に...」
その時、俺は眩い光に包まれ、意識を失った......
......気付くと、俺は金属的な質感の狭い部屋に居た。
「...ど、何処だ...ここ...?」
俺は椅子に座らせられていた。
周りを見渡すが誰も居ない。
...それにしても何だ、この部屋は...?
日本離れしているどころか、こんな部屋、見た事がない...いや、確かSFものの映画で昔......
そんな事を考えていたら、突然、向かい側の椅子に俺と同じ位の年の男が現れた。
「う...うわあ!てっ、てめえ一体何処から...!」
あまりの驚きに、ドクドクと心臓の音が聞こえる。
「ふふふ、君は本当に彼に似ているね......いや、彼の場合はすぐに殴りかかって来たから、その点 君は冷静という事なのだろう」
彼...多分、幼馴染の事だろう。
そういやアイツ何処行ったんだ...?
「おい、てめえ!アイツは無事なんだろうな!?」
「安心したまえ。そもそも彼が君をここまで導いたのだから」
アイツが俺を......?
「てめえがアイツをあんな風にしたのか!?」
「正確には私の同胞が、だがね。まあ、指示したのは私だから、その認識で構わない」
「なっ、なんで......大体どうやって...?」
俺の声が少しずつ震え出す。
自分が置かれている状況と、目の前に居る、姿形は俺達と同じでも、中身が全く異質な"何か"に対しての恐怖が、俺を侵蝕し始めていた。
「そうだね、それでは先ず"何故"そうしたかから話す事にしようか。ついてきたまえ」
そう言って男は席を立ち、壁の方へと進むと、突然壁の一部がスライドし、部屋の出口へと変わった。
...ドア......か?
それにしても切れ目が無いが、スライドしたドアは何処へ行ったんだ?
「ふふふ、君は中々好奇心が旺盛の様だね」
...えっ?
俺そんなにガン見してたか?
「いやいや、そうではないよ。ただ君の思考を見させてもらっていてね。
この能力を得る前に、恐らく君達の種は絶滅しているだろうが、我々はそうではなかった。そうだな...君達の星で言えば、我々にとっての君達はピテカントロプスの様なものなのだよ」
...つ、つまり、コイツらは......!
「ふむ、君は印象と違って中々聡いな」
男は見透かす様に俺を見つめる。
「本当の君は理知的だが、敢えてそうしている...?
......いや、ふふふ、そうか、彼の存在が君をそうさせていた......」
......っ!!
確かに、そうだったのかもしれない。
絵に描いた様な不良を演じていたのは多分......
少し薄暗い廊下らしき場所に出る。
俺は黙って男について行く。
廊下の突き当たりまで進み、男が手をかざすと、また壁がスライドし、部屋の入り口に変わった。
中は一言で言うなら博物館の様になっていた。
展示してあるものは見覚えのあるものばかりで、ジャンルは多岐に渡り、自然、人工を問わず地球上にあるものを色々集めているという印象を受ける。
「そう、我々はこの星と、そこに住む君達について深く知る必要があった」
思考を読み取ったのか、男が静かに語った。
「他の星を研究したかったから...って訳じゃないんだろ?」
「その通りだ。そもそも今の我々は自分達が帰るべき星を持っていないからね」
......。
故郷がない、か...。
俺も似た様なものかもしれない。
俺には何処にも居場所なんて無かったのだから。アイツと一緒に居る時間以外は。
男は無言のまま、先へと進み、再び突き当たりの壁が開く。
俺も無言のまま、その後に続く。
それにしても広いな。
一体ここは何処なんだ?
まさかとは思うが......
「そのまさかだよ。ここは我々の船だ。君達の星で言う所の光学迷彩の様なもので見えなくなっているし、我々の技術で熱もある程度カモフラージュ出来る。そして無論レーダーにも映る事は無いから、気付かれる事は ほぼない。
一度だけ、こちらの手落ちで気付かれた事があったのだが、人数は多くなかったので、記憶を操作するなりして事なきを得た」
やっぱりな。そんな事だろうと思ったぜ......
「因みに現在、この船の外は宇宙だ」
ははは、初めての宇宙旅行って訳か......
男が開いた壁の先は博物館よりも薄暗くなっており、目が慣れるまで若干時間がかかったものの、広い部屋の中、所々ほんのり発光している物体に気付く。
...えっ、なんだあれ......?
男の後を歩きながら、俺は恐る恐るそちらを見つめる。
——小さい光の正体は、臓器の一部が入った容器だった。標本という事だろうか?
男に続いて先へ先へと進んで行く。
縦型のカプセルが見えて来たが、こちらからではカプセルの側面を見つめる形になって、中に何が入っているのか分からない。
大きな光がぼんやりと光っているのが見えるだけだ。
男がそちらに向かう。
俺は心臓の鼓動が徐々に高まって行くのを感じる。
......!
カプセルの正面までたどり着くと、中で人間が液体の中に浮いているのが見えた。
心臓が口から溢れそうな程、動悸が激しくなるのを感じたが、カプセルの中で浮いているのは知らない顔ばかりで、アイツの姿は無かった。
「コイツら...死んでる......のか?」
「いや、実験で必要になるまで、眠ってもらっているだけだよ。それまで死体になられては困るので、こうして保存しているという訳だ」
男はまるで、物か何かを扱うかの様に話す。
「こ、こんな事して、てめえらは何がしてえんだよ!?」
俺は自分の脚が少し震えるのを感じた。
「その答えはとうに出ている様に思うのだが......ふふふ、まあ良い。」
カプセルの中の人間を見つめていた男が、じっくりとこちらを見つめ始める。
「我々は君達の住む星をいただく事にした。それは我々の軍事力をもってすれば容易い事なのだが、その際、再生不可能なまでに生態系が壊れてしまう可能性があった。だからこの様に君達を研究している...と言えば、少しは察せられるのではないかな?」
...その為にアイツは、あんな風になった......?
それはつまり.....?
「少しずつ分かって来た様だね。では次に"どのように"君の友人を変えたのか、それをお話するとしよう。こっちだ」
進む事を拒否している様に足が動かない。
...ああ、この先にあるものを見るのが、俺は怖いんだ。
それでも何かに引き寄せられる様に、自然と足が動き出す。
怖いもの見たさ...?
いや、違う。
あの男の目を見た瞬間から、自分ではない何かが俺の中で蠢き始めているのを感じていた。
「ご推察の通り、君の意志をある程度コントロールさせてもらってる。ほんの少し君を従わせる程度の効果しかない上、一時的なものだから安心したまえ」
安心出来る要素が何一つ無いが、そんな事はお構い無しに、男は話を続ける。
「......それにしても...ふむ、なるほど。その様に理知的で、恐れを知っており、潜在的に少し臆病な所もある君だったからこそ、彼に強い憧れを持った。それは恐らく君の幼少期に関わる事だろう。今の状態では記憶を覗く事までは出来ないから、確かな事は分からないが」
......そうだった。俺は昔よくいじめられていて、その度にアイツが俺を助けてくれてたんだっけ。
喧嘩っ早くて、乱暴なヤツだったけど、そんな一面もあったからか、俺はアイツに惹かれてたし、俺もこんな風になりたいって思ってた気がする。
「では行こうか」
入って来た所とは違う壁の前で男が手をかざすと、再び壁がスライドし、次の部屋への入り口に変わった。
今度の部屋は結構明るめだった。
俺は目を細めながら、目が慣れるのを待つ。
...それにしてもコイツらは眩しさとか感じてないんだろうか?今までの様子からして、見えてはいるみたいだが......
俺の疑問に答える事なく、男はさっさと先へ進む。
廊下の左右に幾つも部屋が並んでいるらしい。ここにしては珍しく、透明な窓が所々あって、部屋の中を覗ける様になっていた。
手前にある部屋は手術室の様に見えるが、中には誰もいない。
それ以外の部屋は、まるで電気椅子の様な装置が置いてあり、それ以外は独房といった感じの作りになっていた。
幾つかの部屋には色んな種類の人間が居た。
誰も彼も虚ろな目をしていて、焦点があってない。
例の椅子に座っている人間は、マウントディスプレイの様なものを装着していて、こっちからは視線が確認出来なかったが、だらしなく涎を垂らしながら叫び声を上げている様なのに、防音が完璧なのか全然聞こえない。
まるで拷問を受けているみたいに見えるが、多分コイツらにとっては一種の実験なのかもしれないなと思った。
「やはり君は理解が早い。ただ、確かに実験している部屋もあるのだが、教育を施している部屋もある」
男は立ち止まって、説明し始めた。
「教育...?洗脳の間違いだろ?」
「まあ、そうとも言えるね。体内に注入したナノマシンでホルモンバランス等をコントロールしつつ、電気刺激や映像による光刺激で、強制的に性格を書き換えているのだよ。多少原始的な手法ではあるのだが、君達の肉体にとっては効果的な様だからね」
男は淡々とした口調で話す。
「我々が用いる...君達の言語でいう所の催眠術では、それ単体だと一時的な効果しか見込めない。だからやむを得ず この様な手段を取っているという訳だ」
じゃあ、アイツもこうやって......
「いや、彼の場合は違う。まあ、それは直接見てもらった方が早いだろう」
......?
「てめえらがこんな回りくどい事をしてんのは、生態系を壊さないで、この星を乗っ取る為...だったよな?つまり、あの気持ち悪い性格の人間を増やして行くのが、てめえらの侵略って事か?」
「その通りだよ。病を克服し、老化を退けた我々にとっては多少長期間になっても大差はないからね。
ただし、その事でやはり生態系が壊されてしまっては元も子もない。
そこで生殖意欲を持たない思想家を増やし、社会全体をマインドコントロールして、安全に人間の数を減らそうという訳だ」
気が遠くなる様な話にも聞こえるが...寿命についての問題が ほぼ解決しているコイツらにとっては有効だって事か?
「ふふふ、君が思う以上には時間が掛からないよ。それに今の人口の十分の一程度まで人間の数を減らせれば、あとは安全に我々の武力で殲滅する事が可能だからね。
...しかし安心したまえ。ある程度の人数は我々が保護し、原住民の生活を知る為の資料として扱う事を約束しよう」
「...そんなの檻に入れられた動物と変わらねえじゃねえか...!」
「それは捉え方次第ではないかな。選ばれしものは半永久的な安寧が約束されるのだから」
駄目だ、全然話にならない。
というかコイツらにとっては、こうして俺らと話をするだけでも、最大限の譲歩なのかもしれない。
「...さあ、あれを見たまえ」
...?
ああ、いつの間にか目的地に着いてたのか。
一体何を見せようと......
俺は男の視線の先を見つめる。
......はっ?えっ...ど、どうして......?
部屋の中には幼馴染が居た。
...いや、この場合、居たという表現は正しいのだろうか?
......アイツは、首だけになって動いていた。
「お、おい、どうなってんだよ、これ!!アイツは洗脳されて、てめえらの手伝いをさせられてんじゃなかったのか!?」
「だから言っただろう。彼の場合は違うと。時間をかけて、じっくり矯正しても良かったのだが、なにぶん今まで遭遇した事のない変わった個体だったものでね。彼には研究材料になってもらっているのだ」
「......な、なんだよ!何なんだよ、それ!?」
「ふふふ、我々に残された感情の一つとでも言うのかな。知的好奇心は我々にとって強い動機なのだよ。残る感情は望郷の念ぐらいのもので、君達の言う愛情や友情といったものが、一体どういうものなのか、高度に並列化された生命群である我々には分からない」
男は興味深そうに俺を見つめる。
「君のその感情は、友人がこの様な目に遭った事に対する怒りなのだろう。資料で読んだから知識としては私も知っている。何故そうなるのかは想像も出来ないがね」
俺は怒りを堪えるのに必死だった。
「...じゃあ、俺をここまで連れて来たアイツは何者なんだ?てめえらの仲間か?」
「尖兵として送り込まれたという意味では、確かに仲間ではあるが、あれは正確に言えば君の友人のクローンを我々好みに作り替え、オリジナルの記憶をコピーしたものだ。つまり記号は同じでも中身は別物という事だな」
あれが...クローン......?
じゃあ、本当に目の前のアレが本物の...
「安心したまえ。動いているのを見れば分かる通り、彼はまだ死んでいないし、失った肉体はいつでも再生出来る。彼の場合、身体がある事で歯止めが効かない様な所があったからね。だから頭部のみで生きられる様にして、経過を観察しているという訳だ...彼と話してみるかね?」
動揺しながらも俺はただ頷いた。
男がいつもの様に壁を開き、俺が部屋の中に入ると、幼馴染の表情が驚きへと変わり、その内絶望と悲しみへと変化していった。
...コイツのこんな表情、今まで見た事がない...
声は聞き取れなかったが何か喋っている。
「ころしてくれ」
俺にはそう言っている様に見えた。
——その瞬間、俺の中の何かが爆発して、背後にいた男に殴りかかっていた...が、拳が男の身体をすり抜ける。
「この身体は、君達とコミュニケーションを取るためのホログラムでね。こちらの意志で物理的に相互干渉が出来るのだが、それ以外ではただの映像に過ぎない」
俺は悔しさと絶望で涙が溢れ出した。
「...君達は実に興味深い。我々の新世界で生きるに相応しい...ふふふ、先ずは君を矯正させてもらう事にしよう」
男がそう言った瞬間、俺の意識が途切れた......
気付くと、何かが頭の上に被せられていた。
多分、さっき見たヘッドディスプレイだろう。
頭の中で何か声が響く...が、何を言っているのか分からない。ああ、うるさい...!
その内、目の前に映像が流れ始める。
特に変わった所の無い、平凡な映像だなと思った。ああ...うるさい!!
でも何か気持ちが良くなって来た様な、俺が溶けていく様な、ああ...気持ち良い、うるさいうるさい...ああ気持ち良い。
ひっ、ひひひひ!もう気持ち良いだけで、何もない。俺もアイツも!天上に住まう我らが主以外には!
ああ、尊き天上人様、僕達をお救い下さい。
僕達の穢れを洗い清めて下さい。
主の御許以外に僕達が生きるべき場所など存在しない!
だってそうでしょう?僕達はこんなにも罪深いのだから!
ああ!...ああ!我らが主!僕に使命をお与え下さい!
貴方が僕の肉を裂けと仰るなら、僕は喜んで裂きましょう!
腕が欲しいと仰るなら、腕を千切って貴方に捧げます!
同じ穢らわしき血が流れ通う、罪深き愚かなる者共を屠る事に、なんら躊躇する事もありません!
全ては主の命じるまま!
僕は歓喜の涙に震えた...!
こんなにも、ああ、こんなにも主の恩寵に満ち溢れていたなんて!
どうして僕の友人は、この素晴らしさが分からなかったのだろう?
どうして慈悲深き御方に手をあげる様な真似を...?
...あっ......あぁ、ああああああああ!!!
ぼ、僕はあの時何という事を!
ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんさいごめんなさい............!!!!
こんな!こんな腕があるから悪いんだ!こんなこんなこんなこんなっっっ!!!!
僕は折れてボロボロになるまで、何度も何度も自分の腕を至る所に打ちつける。
「豁「繧√↑縺輔>縲よ�縺励″謌代′蟄舌ゅ◎縺ョ閻輔�蟾ア縺御スソ蜻ス繧呈棡縺溘☆縺溘a縺ョ繧ゅ�縲�」
「ああ、主よ!なんて...なんて慈悲深きお言葉!」
「縺輔≠逋偵@縺セ縺励g縺�∬イエ譁ケ縺ョ蛯キ繧偵りイエ譁ケ縺ョ鄂ェ縺ィ蜈ア縺ォ縲�」
尊き御方がそう仰ると、僕の傷が完治した。
「穢れ多き僕にこの様な......ああ、本当になんて慈悲深い!!感謝致します主よ!!」
感動のあまり、僕の両目から涙が止めどなく溢れ出してくる。
それなのに、この素晴らしさを人に伝える事が許されないなんて...
今度は苦痛の涙が僕の頬を伝った。
「闍ヲ縺励�蠢�ヲ√�縺ゅj縺セ縺帙s縲よ�縺励″謌代′蟄舌りイエ譁ケ縺ッ讌ス蝨偵�髢区挙閠�→縺ェ繧翫∽ココ縲�r蟆弱¥縺ョ縺ァ縺吶�」
「...ああ、なんという叡智...はい、僕にお任せ下さい!」
僕がそう言った瞬間、光が辺りを包みこんだ。
僕は主の御手に抱かれる様な感覚を堪能し、気付いた時には自分の家の自室で横たわっていた。
テレビをつけると、戦争や犯罪などの暗いニュースばかりが流れていた。
ああ、本当に僕達は、この世界は、穢れに満ちている。
早く、一刻も早く!素晴らしき御方の救いをこの世にもたらさなくては!
その為にも先ず、今は僕の成すべき事を成そう!
日付を確認すると、今日は主の偉大な慈悲に包まれ楽園へと誘われた日の翌日だった。
親は...僕が1週間帰らなかったとしても心配はしなかっただろうけど、尊き御方の手を煩わせる様な事にはなりそうもなくて、先ずは安心した。
ああ、それにしても、この短時間で なんて濃密で崇高な時を過ごせたのだろう!
きっとこれも偉大なる主の御業に違いない!
恍惚としながらも僕は支度をし、学校へと向かった。
学校に向かう途中で、友人...同志と出会う。
「どうやら君も目覚めたみたいですね」
彼は嬉しそうに微笑みながら、僕にそう言った。
「ええ!こんなにも...こんなにも清々しいものだったのですね!僕は感動に打ち震えてます!いつかきっと、オリジナルの君にも主の素晴らしさと正しさを分かってもらえるよう、この身を投げ打つ覚悟です!」
同志はニッコリと微笑みつつも、涙ぐみながら頷いた。
「なんて素晴らしい志なのでしょう!僕も嬉しいです!...ですが貴方は主に選ばれた存在であり、その命は主のもの。決してご無理はなさらず、ご自分の命は大事になさって下さいね」
僕の両目から涙が溢れた。
......あれ?なんだろうこの気持ち。
ああ、そうか...僕が...俺が本当に求めていたのは...
「...はい、そうですよね!ありがとうございます!それでは...」
「ええ、行きましょうか」
「はい!尊き御方の理想を実現し、この星に永遠の楽園を築く為に...!」
孤独な少年は理想に導かれ、少しずつ、着実に、狂気が世界に蔓延して行った。
そして、緩やかなる死に抱かれながら、人々は虚飾の希望に溺れるのだった......




