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第1章 1話

「何で私はこんな所で眠ってるの? ……ふにゃ~」

 ――に、日本語!?

 刻哉は、一瞬驚いて本から目を離す。

 少女は布団の気持ちよさを覚えたのか、布団にくるまっている。

「……………………」

 日本語……だったよな? と自分に再確認。

 少女はふにゃ~、と気持ちよさそうに相好を崩して刻哉を見上げる。

 コイツには恐怖感とか、警戒心とかないんだろうか?

 ない気がしてしょうがない。

 何を喋れば良いんだろう?

「キャー! 変態!」みたいな反応なら即座に切り返せるのに。

 と、刻哉はちょっと悩んだ後、

「先ずは座ろうか?」

――――――――

 卓袱台を挟んで座る男女。

 少女は畳の井草をブチブチと楽しそうに千切りながら言う。

「私の名前はアルテミス。これからよろしくお願いします」

「これからって何だよ! いやじゃなくて……何で降ってきたの?」

 アルテミスと名乗った少女が悩んでますといった声を出す。

「う~ん……」

「何悩んでるんですか?」

「ホントの事言っても信じてもらえないだろうなぁ、と思って」

「信じる信じる」

「二回言ってる人って結構約束破るんだよね」

 飄々と言うアルテミスに多少イラッときながらも怒らずに言う。

「信じます!」

 それからアルテミスはどう説明しようか悩んでいるのか数秒考えて、

「ビルとビルの間をジャンプして渡ろうと思ったの」

 確かにあの裏路地はニメートル弱はあるが、走り幅跳びの要領で跳べば行けるかもしれないが一歩間違えれば天国行き確定である。

「お転婆少女?」

 バカなのだろう。

 今時小学生だってそんな危ない橋は渡らない。

「うん。いや。これには深い事情があってね……」

 そこで一呼吸置いて、神妙な顔をして言う。

「追われてるの」

「はい?」

 妙に裏返った声が出た。

「あ~んで誰に? 不良? だったら家まで送ってやるぞ?」

 刻哉は優しさ八十パーセントで出来ているのだ。

 例え、人んちで畳の井草をブチブチ千切るような奴でも悪くするつもりはない。

(そういえば今日はタイムセールが五時からあったな……あ! しかも醤油が一人百円。今は四時半かぁ……間に合うかな?)

 とか、送り出した後の事を考えていた刻哉に言う。

「ううん。私が追いかけられてるのはテロリストなの」

「はいっ?」

 完全に裏返った声が出た。

 アルテミスは真剣その物の顔だ。

 パターンは三つある。

 演技か、鬼ごっこテロリストバージョンか、妄想かだ。

 本当、と言う項目は存在しない。

 存在しちゃいけない。

 刻哉は耳を小指でほじりながら馬鹿にしきった口調で訊く。

「テロリストに追いかけられてる女の子って一体どんな事情を抱えてるんですかぁ?」

 さっさと追い返す――それが刻哉が自分に課した使命だった。

 明後日には追試があり絶対に補習を回避しなければならないのだ。

 ボロを出すか自分の妄想だと気付かせるか、遊びだと発覚するまでさほど時間もかからないだろう、と高を括る。

 それに気づかないのかアルテミスは真剣その物な表情で話す。

「うん。機械を触ったらその機械の事が分かるのと。えと、もう一つは……」

 何か言い淀んでいるが、刻哉にはそんな事関係ない。

 大して驚きもせずにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる刻哉。

「ほ~? じゃあ、ケータイの作り方でも描いてくれよ」

 どうせ出来ねえだろ~? とケータイを渡す。

「? 良いよ別に。紙と書くものは?」

 英語のノートとシャーペンを渡す。

 アルテミスはケータイを持ちもせずに軽く触り、事も無げに言う。

「UCのW75CAね」

 目が点になった。

 ケータイを開けて確認する。

「マジ……?」

 UCのW75CA、そう書いてあった。

 アルテミスはもう描き始めているようだった。

 時々迷いながら描いていく。

 いや、多分この機種は知ってたんだなと刻哉は自分自身に言う。

 カキカキキ、シャーペンのリズミカルな音が聞こえる。

 刻哉はふと、タイムセールについて思い出す。

 今から行かないと間に合わない。

 だけどこの得体のしれない女の子を置いておく事も出来ないだろう。

 本当は追い出したいのだが、なんとなく――今の宙ぶらりんな状態のまま、追い出すのは気が引けた。

 仮に誰かに追いかけられているのだとしたら……。

 そんな疑念が心の底に確かにあった。

「それ描くの後にしてさ。ちょろっと買い物に付き合ってくんねえ?」

 テロリストから逃げてきた、とかまあそんな事情を信じた訳では勿論ない――信じたのであれば、こんな馬鹿げだ事は言わないが――。

 醤油一人百円は結構魅力的だった。

――――――――

「何で?」

 不機嫌そうにアルテミスが言う。

「何がだよ」

「テロリストに追われてるのよ私」

「そうみたいだな」

 気軽に言う刻哉にちょっと面食らってからアルテミスが言う。

「……外で襲われたらどうするの?」

 刻哉はああ、と頷いてから、

「それについちゃ大丈夫だ」

 事も無げに言う。

 アルテミスは「?」と首を傾げる。

 腰まで伸びている桃色の混じった不思議な銀髪が太陽に反射して揺れる。

「神の瞳っつー人工衛星がこの街を監視してんだよ。こんな事も知らねえって事は、お前ここの住人じゃなかったんだな」

 地下街でさえもサーモグラフティで監視し、事件が起こる前に警察に映像を送る人工衛星だ。

 テロなら爆弾を見つけた瞬間、とかである。

 別に住人じゃなくてもこの街には入ってこれる。

 秘匿主義の科学の進んだ街ではあるが、基本常人の頭じゃ理解出来ないのでいつでもウェルカム状態である。

「ま、テロ何てものを起こすのは百二十パーセント無理だろうよ」

「そうなんだ」

 安心したように笑顔を見せた。

 その笑顔を横目で見ながら、スーパーへ向かう。

 スーパーに入っていたらもうタイムセールをやっていた。

 三割引きのシールを定員に貼ってもらった今日の晩ご飯のトンカツの材料と、アルテミスが無事ゲットしてきた醤油を持ってレジに並ぶ。

「つ、疲れたよ……」

「お前はよく頑張ったよ、うん」

 アルテミスがまた笑顔を浮かべた。

 なんだか刻哉まで嬉しくなった。

「あれ? もしかして刻哉?」

 後ろからいきなり声をかけられた。

 二人は、同時に後ろを向く。

 女の子が居た。

 学校の帰りなのか、白を基調とした制服を着た少女である。

 名前は水上水菜。

 黒髪を肩より長めに伸ばし、大きく勝ち気そうなブラウンの瞳が特徴だ。

 端正に整った顔をしている。

 手には、カップめんが一つ。

 刻哉はあからさまに嫌な顔をしてトンカツの材料と醤油を預け、レジから逃げ出した。

「あ? ちょっと!? あんた! これ何なのよ!」

 …………………。

 なんとなく気まずい雰囲気に水菜は現実逃避気味に刻哉について考える。

 先ず初めて見た時は、魔法大会だった気がする。

 魔法大会――街全体で魔法でバトルするという大会である。

 刻哉は一回戦目で負けたのだ。

 相手にまいりましたと降参して負けたのだ。

 やる気ないにも程があった。

 次に見たのが不良と戦っていた時だった。

 魔法を打ち消し、六十キロ近いスピードを出して相手を圧倒していた。

 戦っていた理由が、宝物を取り返す為だとか言っていた。

 最初に会ったのが、痴漢と間違ってズタズタにした時だったか。

 そんな事を考えていると刻哉が醤油を持って帰ってきた。

 女の子はあからさまに笑顔を浮かべた。

 一体この子は誰なんだろう?

「ありがとう」

 刻哉は材料を水菜から取ってアルテミスに何か喋る。

「お~い? 刻哉さん? この醤油は何かしら? その子は誰かしら?」

「ん? お前今日は一人につき醤油が百円なんだぞ知らねえの?」

「何で私に渡す訳?」

「醤油を持っていないからさ。イヤー今日はラッキーだなぁ。醤油が三本三百円とは……」

 水菜は笑顔の刻哉を見て、毒気が抜かれたような顔をする。

「んでその子は?」

「…………えっと、俺の従姉? 従姉妹?」

「何で疑問系なのよ! つーか従姉って絶対嘘でしょ!」

 取り敢えず苦笑いする刻哉。

 正直何時もの勧誘をして欲しかった。

 魔法遣いを育成する学校が存在する。

 その名も魔法学校。

 魔法遣いになる為には魔法学校を卒業し、試験を受けなければならない。

 水菜は刻哉の力の一端を見たらしく水菜のクラスであるAクラス――即ちエリートクラスに入れようと勧誘してくるのだ。

 刻哉としては、正直今の極々普通 (偏差値とかは抜きにして) の高校に満足しているので毎回蹴っているのだ。

 何故勧誘してくるのかと訊けば、水菜曰わく、「才能が潰れるのを黙って見てられないのよ!」らしい。

 迷惑極まりないのだが、今は勧誘が恋しかった。



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