表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/69

噂話

「……以上が、本日の予定です」

「分かりました。ご苦労様です」

王宮の一室でいつものようにグラハムが告げた公務の予定を、ローレンシア様は彼女特有の微笑んでいるような表情でそれを聞き終えた。

その立場上、常に友好的であるのを示さねばならない彼女は、無表情であることの方が少ない。誰かと向き合えば自然と微笑を浮かべてしまうのは、もはや条件反射のようになっているらしかった。

しかし今日は普段のやり取りを終えた後、眉を下げて少し寂しそうな様子に見えた。

「ローレンシア様?」

 椅子に座っていたローレンシア様は一瞬顔を俯かせた後、俺を見上げて言った。

「……あの方が、結婚したそうですね」

 俺は姫が気落ちしている理由に合点がいった。確かに我が友リカルドは最近ひっそりと結婚をしたのだった。そしてローレンシア様がリカルドに対し、思いを寄せていたことも知っている。

 誰がローレンシア様の耳に入れたのだろう。まあ良くも悪くも目立つ男だから、噂になっていても不思議ではなかった。

「はい。確かにそうです」

 ローレンシア様とて、自分がリカルドと結婚できる立場ではないと自覚しているだろう。しかし、感情というのは簡単に割り切れるものではなかった。

 他人のものになったと知って、深々とため息をつく様子は未練のようなものが感じられる。

「……お相手はどういう方なのかしら。グラハムはご存知?」

 そう問いかけられ、どう答えるべきか逡巡する。女性の執着心、嫉妬心は時に思いもよらない事態を引き起こす。ましてや、ローレンシア姫のリカルドへの思慕の念は、軽々しいものではないと既に知っていた。

けれども俺がリカルドと友人であるのも姫は知っている。下手に隠し立てしても、自分で情報を集めてくるだろう。

そこまで考え、俺は姫の問いかけに答えることにした。

「病弱で、あまり表には出せない方のようです。元々はこの国の方ではありませんが、愛国心はローライツ国民に負けぬほどあるでしょう。あの男に似合いそうな、真面目な女性です」

「家の事情での結婚かしら」

「既に奥方のご両親はいないようですよ。リカルドが惚れ込んでの恋愛結婚です」

「その方は美しい?」

「見た目だけで言うのなら、リカルドの方が余程美しいですよ。どちらかというと芯の通った女性ですので、内面で選んだのでは?」

「そう、なの」

 ローレンシア様は深く目を瞑り、唇を噛みしめた。

「悔しいわ……! 美しさも、権力も、財力も。あの方は、何にも要らないというのね。それにも勝るものが、その方にはあるというのね。仕方なく家の都合で結婚したならば、誰の目にも分かる美しさをお持ちだったなら、どれほど私は心慰められたでしょう」

 それは実に人間らしい感情のように思えた。手に入らなかった男がその程度の人間だったなら、自分の感情に折り合いをつけることができる。

 けれども違うのだ。リカルドは人の目を紛れさせる多くの事象など気にも留めず、本質だけを見抜いて自分の運命を手に入れた。

 その相手がどうして自分ではなかったのだと、ローレンシア様は答えの出ない問いを消し去ることができない。

 ローレンシア様の口から出る言葉は泣きそうに掠れていて、痛々しく聞こえた。

 深く信頼してくれているからこそ、その様子を俺の前で晒して下さるのだ。普段は公人として自分の感情を表に出すことはない。

 俺は少しでもローレンシア様が心慰められるよう、できる限り優しい声色で答えた。

「私も、あの男に憧れていました。あのように真っすぐ、自分を曲げずに生きられたらと。けれど私はリカルドとは違うのです。貴族の枠組みの中でしか、生きられない人間なのです。己の信念の為だけに命を捨てることはできず、保証なく人を信頼することもできない」

 戦場で一目会っただけの人間に全てを賭けたなど、聞いたときは笑ってしまった。そんな自分の直感に全てを任せるなどという真似は、決してできないだろう。

「手に入らないからこそ、眩しく見えるのでしょう」

 ローレンシア様は俺の言葉を聞いて少しだけ顔を緩ませたように見えた。

「……そうかもしれないわ」

 床に視線を落としたまま、俺の言葉を反芻しているようだった。

 近衛騎士として長く共に過ごすから分かる。ローレンシア様も、どちらかというと俺と同じ生き方だ。リカルドと同じような、直感だけに頼るような行動はしないだろう。すべての行動を、王族としての立場を意識して行う。

だからこそ何にも囚われないリカルドに憧れる。

そして、王家の立場を守ることこそが彼女の信念でもある。そこにリカルドとの未来がないことをよく理解していた。

「手に入らないからこそ。そう思うように致しましょう。私は、この籠の中でしか生きられませんから」

 簡単な感情ではないはずだ。本当に折り合いをつけるには時間がかかることだろう。

 けれど俺は仕える姫の心の強さを信じている。

いつかローレンシア様の隣に立つ人との間に、二人なりの愛が芽生えればいい。

俺はローレンシア様に頭を下げ、殺されようとしているその感情をただ偲んだ。


7/10払暁書籍版下巻発売しました。詳細は7/10の活動報告をご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
初めは、漫画で『払暁』を知りました。 漫画では、小説をかいつまんでのお話‥ 感動して大泣きでした。 無論、その後の小説を拝見してまた大泣きです。(苦笑) また一から反芻して楽しみたいと思います。 これ…
もう何度も読み返してます 期待を膨らませるシンプルな題名に読むしかないと思わせるあらすじ 想像力を膨らませる簡潔な描写とドストライクな設定 選ばれ抜いた言葉の数々 この表現、この日本語しかないと思わ…
[良い点] 引込まれ、魅せられました。 三度読み返してしまいました。 私の夜を払う暁の光、払暁 よかった。この作品に出会えて運がよかったです。 [一言] 払暁は、ブックマークに入れてから1ヶ月後ぐら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ