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特別編スピンオフ:『世界で一番優しいバグの贈り方』


自販機の緑色の蛍光灯に照らされた路地裏、そして硝煙が火花を散らす戦場。

いくつもの次元を越え、最愛のストーリーを救い出してきた俺の部屋は、今はただ静まり返っていた。ベッドに寝転び、天井を見つめる。胸の奥に灯った熱が冷めるにつれて、ふと、一つの割り切れない想いが頭をもたげていた。

「なぁ……シスター」

ぽつりと、誰もいない部屋で声を漏らす。脳内に宿る、俺だけの相棒に向けて。

「俺は、駄目な干渉者だな……」

思い浮かぶのは、あの年の差恋愛漫画の世界線だ。

「霧島さんとほのかさんを、あんな危険に巻き込んどいて……それなのに今さら、二人にプレゼントを渡したい、なんてさ。そんな自己満足みたいなこと考えてる。俺がこれ以上過剰に干渉すれば、また二人のストーリーが脱線しちまうかもしれないのにな……」

読者であり、異分子。その自分がこれ以上物語を歪めていいはずがない。

苦笑する俺の脳裏に、いつもなら冷徹な電子音を響かせるシステムが、割り込むように声を響かせた。

『……マスター。そんな風に自分を責めるなんて、らしくないですし、何より**『(干渉者)』**の名がすたります』

呆れたような、だけど明確に呆れきってはいない、どこか拗ねたような少女のトーン。

『あなたがダメな干渉者? とんでもない。システムの私から言わせれば、あなたは世界で一番不器用で、世界で一番優しくて、最高に熱い干渉者です。危険に巻き込んだと言いますが、あのままだったら二人はストーカーに襲われ、原作の保護すら失って世界ごと壊れていたかもしれないんですよ? あなたの限界突破した「原作愛」があったからこそ、二人は今、同じ未来を歩めているんです』

脳内の青い透過文字が、まるで俺の胸の曇りを払うように激しく明滅する。

『それに、プレゼントを渡したいだなんて……そんな愛に溢れたプロットの脱線、大歓迎に決まっているじゃないですか』

「シスター……」

『【SISTARより提案:『過剰干渉』を『正当なファンサービス』へ書き換えます。ストーリーの軌道を外さず、二人に最高のプレゼントを届ける隠しルートを構築しましょう】』

どこか楽しげに、シスターは言った。

『システムの特権、ここで使わなきゃいつ使うんですか? 現実世界のあなたの部屋にある「何か」を、物語の因果を壊さない形で二人の手元へ『具現化』する……そんな素敵なバグなら、喜んで私が片棒を担ぎます』

脳裏に描かれるプロットのタイムライン。単行本の最後に刻まれた、あの「本当の最終回」の、あの定食屋のシーンがピックアップされる。

『二人の薬指に光っていた**『銀色のリング』。あるいは、あの夜の路地裏で二人の距離を縮めた『ライター』**に代わる、何か温かいもの。――マスター、二人に何を贈りたいですか? 物語の邪魔をしない、だけど確かに二人の未来を支える「最高の贈り物」を、私と一緒にプロットに組み込みましょう!』

俺は思わずベッドの上で上半身を起こした。胸の奥が、じんわりと温かいもので満たされていくのが分かる。

「シスター! お前、最近……なんだか人間臭いな」

くすぐったくて、俺は小さく笑った。

「いや、俺は嬉しいけどな。俺一人じゃ、何にも出来なかったし……本当に感謝しかないよ、シスター」

『……人間臭い、ですか。それは……マスターの規格外の精神データ(原作愛)に、毎日24時間同期させられているからですよ。……不快では、ありませんが』

脳内に響く声が、ほんの一瞬、電子の波形を照れくさそうに揺らしたような気がした。

『それに……『独りじゃ何もできなかった』だなんて、撤回してください。あの硝煙の戦場に生身で飛び込んだのも、臆病な敷島さんの心をひっくり返したのも、すべてマスターの覚悟です。私はただ、それを特等席で見せてもらっただけ。……感謝しているのは、私の方です、マスター』

いつになく温かい、マスターを肯定する色。

画面の向こうで彼女がパチリと指を鳴らしたような感覚が、五感に走る。

同時に、俺が机の上で握りしめていた、現実世界の古いジッポライターが、淡い純白の光を放ち始めた。

「俺さ――ジッポライターを贈りたかったんだ。二人のイニシャル入りのさ」

『イニシャル入りの、ペア・ジッポライター。……最高にエモい選択ですね。日常漫画(あの世界)のタイムラインを検索……よし、最適な『因果の隙間』を見つけました』

シスターのナビゲートが、またたく間に世界線のログを書き換えていく。

『【SISTARより、プレゼント・ルートの構築を報告します】

干渉方法: 現実のマスターの想いを乗せ、あの定食屋の裏口に『常連客からの、少し早めの結婚祝い』の置き土産として、包装された箱を具現化します。

刻印データ: 敷島(Shikishima)とほのか(Honoka)。二人のイニシャル『S』と『H』を、職人が手彫りしたような温かいフォントで、ライターの底面に刻みます。

世界線の影響: 0.00%。原作のプロットを壊すことなく、ただ「二人がこれから先、夜の裏口で同じ火を見つめ合うため」だけの、優しい未来の道具として固定されます』

「完璧だ。頼む、シスター!」

『【SISTAR:マスターのその優しい『妄想(願い)』、確かにプロットへと上書き(ドライブ)しました。――これより、あの世界線の深夜二時へ、あなたの愛を届けます!】』

手元にあったライターの光が、ふっと夜空へ溶けるように消えていく。

俺たちの祈りが、次元の壁を越えて、あの物語の未来へと溶け込んでいく。

数秒の後。

棚に飾られたあの単行本の「本当の最終回(fin)」のページが、かすかに光った気がした。

俺は引き寄せられるように本を手に取り、最後のページをめくった。

そこには、俺の記憶にあるはずのない、けれど、俺が心から望んだ「その後の日常」が鮮やかに描き足されていた。

舞台は深夜二時。定食屋の裏口。

少し気恥ずかしそうに、だけど世界で一番愛おしそうに並んで、夜の冷気の中で紫煙を燻らせる、敷島さんとほのかさんの姿。

そして、ほのかさんの華奢な指先には――。

月明かりを浴びて鈍く光る、美しいイニシャル入りのジッポライターが握られていた。

カチリ、と小さな、けれど決して消えない優しい火花が、二人の横顔を温かく照らし出している。

「……届いたみたいですね、マスター」

脳裏で、シスターが満足そうにフフッと微笑む気配がした。

俺たちの起こした小さなバグは、今日もどこかの世界線で、誰かの未来を優しく温めている。

(特別編・完)

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