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第5話:【プロット・ドライブ】 〜読者の愛が手繰り寄せる、本当の未来〜

「読者だと……!? わけの分からないことを言うな!」

大河内がナイフを構え、狂乱の叫びを上げて俺へと突進してくる。原作者の制御を離れ、悪意だけで動くモブの刃は、物語の因果を無視して俺のロストを奪いにきていた。

【システム警告:敵対オブジェクトの攻撃予測ルートを計算。干渉者の回避成功確率、12%】

「12%もあれば十分だろ!」

俺は恐怖を原作愛の熱量でねじ伏せ、一歩も引かずに手の中のライターの火を突き出した。カチリ、と小さな火花が爆ぜた瞬間、その炎が世界線のバグを吸い込んで眩い光の奔流へと変わる。

俺が現実世界でこの作品を何十回、何百回と読み返し、二人の幸せを心の底から願ってきたあの時間が、システムさえも超越する【物語干渉プロット・ドライブ】の力として具現化する。

「お前が愛していたのは、自分の都合のいい幻影(理想)だけだ! 昼の神崎さんも、夜のノカさんも、苦しみながら必死に生きてる一人の女の子なんだよ! どっちの彼女も丸ごと包み込んで愛せないお前に、彼女の未来を汚させてたまるか!!」

光の奔流が大河内を直撃し、その手からナイフが弾き飛ばされた。床に激しく叩きつけられた大河内は、物語の強制修正力プロットに縛り付けられたように、その場からピクリとも動けなくなる。

「ひ、光が……う、あああ……!」

大河内が意識を失うのと同時に、地下室にバタバタと複数の足音が響き渡った。

「ほのかさん!!」

息を切らし、警察官を引き連れて飛び込んできたのは――くたびれたスーツを着た、敷島さんだった。

「敷島……さん……?」

縛られていたほのかさんの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。敷島さんは一目散に彼女の元へ駆け寄り、震える手でロープを解くと、その華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。

「怖かった……怖かったよね、ごめん、神崎さん……いや、ほのかさん! 俺がもっと早く、君の寂しさに気づいていれば……!」

「ううん……ううん……! 私、信じてました。敷島さんが、絶対に、見つけてくれるって……っ!」

二人の体温が重なり、涙が路地裏のコンクリートではない、地下室の冷たい床を濡らしていく。その瞬間、明滅していた世界のノイズが、すうっと消えていくのを感じた。

【システム:世界線の安定度、100%に復帰。ハッピーエンドの『先』にある未来が、二人の強い絆によって固定されました。これより、干渉者の完全帰還シーケンスに移行します】

胸の奥が、温かい何かで満たされていく。

俺は自分の肉体を見つめた。足元からゆっくりと、光の粒子となって身体が溶け始めている。

「……あ、君は……」

敷島さんが涙を拭い、消えゆく俺に気づいて目を見開いた。その隣で、ほのかさんも驚いたように俺を見つめている。

俺は二人に、これ以上ない最高の笑顔を向けてやった。

「敷島さん、ほのかさん。勝手に物語をひとり歩きさせて、怖い思いをさせてごめん。……でも、もう大丈夫。これからの二人の『つづく』は、誰も邪魔できない、あんたたちだけのものだ。――どうか、お幸せに」

「ありがとう……君の名前も知らないけれど、本当に、ありがとう……っ!」

二人の感謝の声が、遠ざかっていく。

カサ、と指先が紙の感触を捉えた。

目を開けると、そこは自宅のベッドの上だった。朝の優しい木漏れ日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。

俺はすぐに、胸に抱きしめていた単行本の最新巻を開いた。


最終ページの、あの『つづく』の文字があった白紙の余白。

そこには今、俺すらも見たことのない、原作者のペンによって描き殴られたような『本当の最終回』が、鮮やかに印刷されていた。

ストーカー事件を乗り越え、より一層深く結ばれた二人。

昼の定食屋で、少しだけ恥ずかしそうに微笑みながら敷島さんに料理を出す「ほのかさん」。

そして深夜二時の裏口で、一つのライターの火を分け合いながら、肩を寄せ合って紫煙を燻らせる「敷島さん」と「ノカさん」。

二人の薬指には、小さく、だけど眩しく光る銀色のリングが描かれていた。

けれど、俺の視線はその一コマの背景にある、敷島さんの心情を綴ったモノローグの文字に釘付けになった。

四角いナレーションの枠の中に、静かに、だけど確かにこう綴られていたのだ。

『あの夜、僕たちの前に、名前も知らない一人の青年が現れた。

システムがどうとか、読者だとか、不思議なことばかり言う人だったけれど……彼が命を懸けて光を灯してくれたから、僕たちは今、こうして手を繋いでいられる。

あの日、僕たちの世界に、確かに不思議なことが起きて、僕たちを助けてくれたんだ――』

「……っ」

視界が、今度こそボロボロと涙で溢れて止まらなくなった。

二人は忘れていなかった。

原作者すら意図していないはずのそのモノローグは、敷島さんとほのかさんが、あの世界で懸命に生きて、俺に届けてくれた「最高のお礼状」だった。

俺の原作愛は、システムを超え、次元を超えて、彼らの中に『奇跡』として永遠に刻まれたんだ。

ページの本当の最下部には、優しい手書きのフォントでこう締めくくられていた。

――『finおわり』。

「……最高のハッピーエンドだな」

俺は単行本をそっと閉じ、胸に深く抱きしめた。天を仰いで、心からの満足感と共に深く息を吐き出す。

枕元に置かれたライターが、朝日に照らされて、あの夜の炎のように温かく輝いていた。

(完)

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