第4話:【バグ・トラッカー】 〜闇に消えた紫煙、モブという名の狂気〜
「あいつ、昼の『神崎さん』の写真を……!」
警察への通報を敷島さんに託し、俺は開け放たれた定食屋の裏口へと飛び込んだ。荒らされた店内のカウンターに、数枚の写真が散らばっている。
昼間の割烹着姿の彼女。その後ろ姿を、執拗に、ねっとりとした画角で盗撮した写真の山。そしてその最後の一枚には、赤インクで無残にバツ印がつけられていた。
『嘘つき。ビッチ。お前は俺の聖女のはずだ』
「……あいつか」
俺の脳裏に、原作の片隅にいつも映り込んでいた、あの男の顔が浮かぶ。
いつも定食屋の隅の席で、神崎さんがお茶を運ぶたびに品定めするような目を向けていた常連客――大河内。原作では名前すら与えられていなかったただの『モブ客A』だ。
原作者のプロットという檻が壊れた瞬間、物語の背景に潜んでいた歪んだ悪意が、牙を剥いて飛び出してきたんだ。
行き先は、原作の第3巻で一度だけ背景に描かれていた、店から徒歩三分にある取り壊し予定の雑居ビル。あそこなら、夜間は完全に無人になる。
「システム、ほのかさんのバイタル(生存信号)は!?」
【システム:神崎ほのかの生存を確認。しかし、精神的プレッシャーによりバイタルが急激に低下中。目的地まで、残り120秒以内に到達しなければ、世界線の完全崩壊を免れません】
「うるさい、100秒で着いてやる!」
俺は夜の街を全速力で駆けた。具現化した現実の俺の身体は、敷島さんの中年ボディとは違う。息が切れるが、足が前に進む。手の中で、現実から持ち込んだライターが、俺の怒りに呼応するように熱を帯びていく。
ビルの地下へ続く階段を駆け下りると、重い鉄扉の向こうから、男の狂気じみた怒声が聞こえた。
「なんでそんな汚い格好をしてるんだ! 君は、俺の神崎さんは、昼間の優しくて清楚な女の子でなきゃいけないんだよ! あの冴えないオヤジに騙されてるんだ、目を覚ませ!」
「……っ、触らないで……! 私は、私は、敷島さんの前で見せる私が……どっちの私も、私なんだから……っ!」
縛り付けられ、涙を流しながらも、ほのかさんはノカとしてのプライドを、敷島さんと紡いだハッピーエンドを必死に守ろうと抵抗していた。その頬には、無理やりメイクを拭き取られたような跡がある。
(よく言った、ほのかさん……!)
俺は鉄扉を思い切り蹴り開けた。凄まじい音が地下室に響き渡り、ナイフを手にした大河内が驚愕して振り返る。
「だ、誰だてめえ! この物語に、お前みたいな奴は――」
「あいにくだな。俺はただの読者だ」
俺は手の中のライターの火を灯した。カチリ、と爆ぜた火花は、この未完成の世界において、システムさえも書き換える【物語干渉】の光となって周囲の闇を消し飛ばした。
「お前みたいなモブのバッドエンドに、二人の『つづく』を邪魔させてたまるかよ!」
(つづく)




