第4話
二度目の轟音が止んだとき、盆地を支配したのは、生き物のものとは思えない絶叫の嵐だった。
軍馬の悲鳴、鋼鉄がひしゃげる不気味な音。
そして、泥の中に転がった「誇り高き騎士」たちが、手足をばたつかせながら上げる、見苦しい悲鳴。
「第二列、下がれ! 第三列、前へ!」
機械的な号令が、ガストンの耳を通り抜けていく。
ガストンはすでに、自分の内なる恐怖を忘れていた。
いや、思考そのものが麻痺していた。
一歩下がり、泥に膝をつき、銃口から再び黒い粉を注ぎ込む。
手が震えて、薬粉が少しこぼれた。
それを舌でペロリと舐め取り、苦い味を噛み締めながら、今度は鉛の玉を押し込む。
ーー込め矢で突く。コン、コン、と手応えがあるまで突く。
彼の周囲でも、数百人の農民たちが、全く同じ動作を繰り返していた。
そこには武術の美しさなど微塵もない。
ただの、単調な「工場の作業」だった。
だが、その作業が繰り返されるたびに、前方の戦場では「死の山」がうず高く積み上がっていく。
「うおおおおおっ! ヴァローの、ヴァローの栄光をーーっ!」
硝煙を切り裂き、一騎の重装騎兵が飛び出してきた。
名門の老騎士だった。
その甲冑はあちこちがへこみ、血に染まっていたが、執念だけで突撃を維持し、ついに第一列の平民の目の前まで肉薄した。
長大なランスが、先頭にいた農民の胸を容赦なく貫く。
平民の身体が、紙細工のように宙を舞った。
「見たか、これが騎士のーー」
老騎士が剣を抜き、次の平民の首を撥ねようとした瞬間。
その至近距離から、三人の平民が同時に銃口を彼に向けた。
ーーードン。
情けないほど短い破裂音。
至近距離から放たれた鉛の弾丸は、老騎士の頑強な兜を正面から撃ち抜き、その頭部を文字通り粉砕した。
数十年かけて磨き上げられた剣技を披露する暇すら、与えられなかった。
老騎士の巨体は、一瞬でただの「肉の塊」と化し、泥の中にボトリと落ちた。
「そんな……馬鹿なことが、あってたまるか……!」
アルベリックは、血の海のただ中で立ち尽くしていた。
彼の周囲に、もうまともに動ける騎兵は数えるほどしか残っていない。
無敵のはずの重装騎兵三百騎は、敵の陣地に届くことすらできず、その八割が泥濘の中で物言わぬ屍と化していた。
馬の死体が重なり合い、それが天然の防壁となって、後続の進軍をさらに妨げている。
完全な戦術的破綻。いや、破滅だった。
「アルベリック様! 退却を! もはや軍として成り立ちませぬ!」
副官が、片腕を血まみれにしながらアルベリックの馬の手綱を掴んだ。
その副官の顔には、かつての高潔な騎士の面影はなかった。
ただの、死神に追われる哀れな人間の顔だった。
「退却……? 我らヴァロー家が、あの泥棒猫どもに背を向けて逃げるというのか……!」
アルベリックの瞳に、絶望と狂気が混ざり合う。
彼が守るべきだと信じていた「世界の秩序」が、目の前で、音を立てて瓦解していく。
農民が貴族を殺す。
それも、名誉ある一騎打ちではなく、遠くから、顔も合わせずに、ただ鉄の筒を向けるだけで。
こんなものが許されるなら、自分たちがこれまで捧げてきた人生は、先祖が築き上げてきた歴史は、一体何だったのか。
「撃てっ!!」
平原の向こうから、またしても容赦のない号令が響く。
ガストンは、再び最前列に立っていた。
目の前で、白銀の甲冑を着た若き騎士が、呆然とこちらを見つめているのが分かった。
その綺麗な顔は、硝煙と仲間の返り血で酷く汚れている。
ガストンは、その騎士の胸の紋章に、静かに照準を合わせた。
憎しみはない。
ただ、これで終わりだ、と思った。
引き金を、引く。




