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婚約を解消していただいても構いませんと言ったら、第二王子が「どれだけ好きだと思ってる」とキレました  作者: 只野 唯


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第6話 すれ違いの決定打


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」


 完璧な角度で頭を下げる。

 声の高さも、言葉の選び方も、すべて計算されたもの。

 ——いつも通り。

 何一つ、間違えていない。


「……ああ」


 向かいに座るアルベルトの返事は、短い。

 表情も、硬いままだ。


(……大丈夫ですわ)


 内心で、自分に言い聞かせる。

 今日は、失敗しない。

 絶対に。

 先日のことは、すべて自分の不手際だ。

 ならば、今回は完璧に振る舞えばいい。

 そうすれば——


(きっと、問題はありません)


 紅茶を口に運ぶ。

 温度も、香りも、ちょうどいい。

 完璧だ。

 完璧な、はずなのに。

 沈黙が続く。

 会話が、続かない。

 いつもなら、用意していた話題を出せばいい。

 そうすれば、問題なく時間は過ぎる。

 ——なのに。


「……」


 言葉が、出てこない。

 頭の中が、妙に白い。


(何を、話せば……)


 焦りが、じわりと広がる。

 沈黙が、重い。

 逃げ出したくなる。

 けれど、それは許されない。

 完璧でなければならないのだから。


「……本日は、良い天気でございますね」


 やっとのことで、口にする。

 無難な話題。

 間違いではない。

 はずだった。


「……そうだな」


 短い返答。

 それで、終わる。

 会話は、広がらない。


(どうして……) 


 分からない。

 何がいけないのか。

 間違えていないのに。

 完璧にやっているはずなのに。

 ——息が、詰まる。


「……ふう」


 小さく、息を吐いた。

 意識していなかった。

 ただ、苦しくて。

 ほんの少し、楽になりたかっただけ。

 ——それだけだったのに。

 ぴたり、と空気が止まる。


(……あ)


 顔を上げる。

 アルベルトと、目が合う。

 その目は。

 明らかに、冷えていた。


「……またか」


 低く、呟かれる。


「え……?」

「ため息」


 淡々と告げられる。

 逃げ場が、ない。


「違います、これは——」


 言い訳をしようとする。

 だが。


「俺といると、そんなに疲れるか」


 被せるように、言われた。


「違います」


 即座に否定する。

 今度は、はっきりと。


「そのような意味では——」

「じゃあ、どういう意味だ」


 言葉が、止まる。

 どういう意味か。

 ——説明できない。

 ただ、苦しくて。

 それだけだなんて。

 そんなこと、言えるわけがない。


「……申し訳、ありません」


 結局、出てきたのは謝罪だった。

 違う。

 本当は、そうじゃない。

 けれど。

 どう言えばいいのか、分からない。


「……は」


 乾いた笑いが、落ちる。


「結局、それか」

「……」

「謝ればいいと思ってるんだな」


 刺さる。

 言葉が。

 胸の奥に、深く。 


「そういうわけでは……」

「じゃあ、何だ」


 追い詰められる。

 逃げ場がない。

 言葉が出ない。

 頭が、真っ白になる。


「お前はいつもそうだ」


 アルベルトの声が、少しだけ強くなる。 


「正しいことしか言わない」

「……」

「間違えないように、完璧に振る舞う」


 その通りだった。

 何も、否定できない。


「……気に食わない」


 ぽつりと落ちた言葉に、息が止まる。


「え……」


 聞き間違いかと思った。

 けれど。


「気に食わないんだよ」


はっきりと、繰り返される。 


「その顔も、その態度も、その言葉も」


一つ一つ、突き刺さる。


「全部、作り物みたいで」

「……っ」


 胸が、ぎゅっと締め付けられる。


(違う)


 違う。

 そんなことはない。

 必死でやっているだけだ。

 正しくあろうとしているだけだ。

 なのに。


「……俺を見てないだろ」


 その一言で。

 すべてが、崩れた。


「見ております」


 反射的に、言い返す。


「ちゃんと、殿下のことを——」

「嘘だな」


 即座に、否定された。


「お前が見てるのは、“正解”だけだ」


 言葉が、出ない。

 何も、言えない。


「俺じゃなくてな」


 静かに、言い切られる。

 沈黙。

 重い沈黙が、落ちる。

 アリアナは、何も言えなかった。

 言い返せなかった。

 なぜなら——


(……分からない)


 本当に、自分が何を見ているのか。

 分からなくなってしまったから。

 正しくあろうとして。

 間違えないようにして。

 そうしているうちに。

 何が正しいのかさえ、分からなくなっていた。


「……そうか」


 アルベルトが、小さく息を吐く。

 諦めたような声音だった。


「やっぱり、無理だな」


 その言葉に、心臓が跳ねる。


「え……」

「分かり合うとか、そういうの」


 視線を逸らされる。

 もう、こちらを見ていない。


「最初から、無理だったんだろ」


 そんなこと、ない。

 言いたいのに。

 声が、出ない。

 喉が、固まっている。 


「……殿下」


やっとのことで、名前を呼ぶ。

けれど。


「……もういい」


 その一言で。

 すべてが、終わった気がした。


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