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争乱の姫は千年魔王と恋をする  作者: 汐の音


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8/11

電光石火



 そうして、魔王が竜の谷の長を呼びにやったころ。


 逗留中の館に戻ったロザリンドは、意外な客の訪問を受けていた。正確には館付きの使用人である竜人族(ドラゴニュート)の女性のもとに訪れた、()()()()青年の。


「あなた。なぜここに」

「お邪魔しています、王女様。もちろん『仕事』ですよ。昨日は当店でお口に合うものをご用意できず、残念だったので」


 吹き抜けのエントランスに入ってすぐ、イーサンは持参の茶葉のサンプルを使用人の女性に見せていた。柔和な印象の青年による、人好きのする笑顔はそれなりに強いらしい。むげに断れなかった女性は、帰ってきたロザリンドをみとめてホッと瞳を寛がせた。


「ああ、お戻りなさいませ。よろしければ、姫君にもご覧いただいても……? 人族の飲み物は、わたくしどもには珍しくて。かなり違うようなのです」

「ふうん。そうなの」


 ――たしかに。

 イーサンの店で供された茶は黒っぽい水色(すいしょく)で嗅いだことのない香りがした。一般的な茶葉ではなく、なにかの実かもしれない。


 ロザリンドは純粋な好奇心でふたりに近寄り、青年が持つ箱を覗き込む。見本の小袋は三かける三のマス目に区切られ、きれいに並んでいた。感心したようにふうむ、と唸る。


イーサンって(このおとこ)、胡散臭いけどちゃんと仕事してんのね。そういえば、ここで飲んだのは紅茶を一種類だけだわ。気が付かなかったけど)


 聞けば、王都の誘拐劇からというもの、竜の谷では急きょ魔族の曲芸一座――シュスラが団長をつとめる『ナイトメーアの幻』――の構成員らが中心となり、人族の使節来訪に備えてありとあらゆる物資を整えたという。


 やがて「立ち話も何ですから」と通された近くの応接室で向かい合わせに座り、ロザリンドが茶葉を吟味することに。

 小袋にはちいさく名称が記載されており、そのどれにも馴染みがある。が、額に竜の角をいただく魔族の女性には、さっぱりのようだった。


 女性は、申し訳なさそうにロザリンドを窺った。


「姫君は、おわかりになるのですか……?」

「書かれてる産地や種類はわかるわよ。真偽は飲まなきゃわからないけど」

「流石ですわ」

「……まあ、いちおうね」


 感嘆する女性に、ロザリンドはこっそり苦笑する。

 かなりやんちゃに育ったとはいえ、ロザリンドには王宮育ちの無意識な教養が備わっている。加えて、うっすらと前世の知識も。


 ゼローナでの食事や生活習慣は、ほぼ当時の日本の文化や、ふわっとしたゲームの世界観にのっとっていた。(※紅茶の産地当てミニゲームも『銀のひめごと』にはあったのだ)

 それらを思い出しながら、ロザリンドは小袋のひとつひとつを指さしながら解説してゆく。


「これは、ゼローナ南方カリスト産の高級茶葉。水色は淡めで渋味が少ない。香りが高くてストレートがおすすめ。館で出してくれるものと一緒ね。こっちは東の友好国特産の果物茶。干した果実を混ぜてるから甘くて美味しいのよ。で、これは薔薇の実のハーブティー。淹れたらすっごく赤くなるわよ。美容と健康にいいの」

「へええ」


 きらきらと目を輝かせる竜人族女性がかわいらしく、日常で褒められることが()()()()ないロザリンドは、ふふんと得意げに腕を組んだ。


 そこでイーサンが携帯の湯沸かしセットを取り出す。「サンプルに極小の茶器もご用意しています。試飲されますか?」


「……毒見をしてもらえるなら」

「あ、わたくしがやります」

「では、お待ちを」


 続けてポケットから出した炎熱の魔石を魔道具にはめこみ、てきぱきと湯を沸かすイーサンに(○○えもん……)と心で呟く。

 ロザリンドは、おかしなことになったなぁと思いながらも、茶を毒見する女性を眺めた。


 試飲カップに注がれたのは、ピンクがかった赤い水色、匂い立つ甘酸っぱそうな香り。前世でいうローズヒップティーだ。


 女性は想像以上の酸味にびっくりしていたが「美味しいです」と評した。

 それを、紅髪の王女に渡そうとして――――



「う」

「!!? ちょっ、どうしたの!」


 ぐらりと傾ぐ長身の女性の体を、立ち上がったイーサンは慌てて抱きとめた。そのまま床に寝かせる。


「なぜ」

「い、いえ。ふつうにゼローナから買い付けたお茶です。私は何も」


 しどろもどろと声を上ずらせる青年に業を煮やし、ロザリンドは「どいて」と、語気を荒げて女性の状態を確認した。

 手のひらを口にかざし、呼吸が正常なのを見てとって。

 ほう、と安堵の息をついた。その瞬間。


「!!」

迂闊(うかつ)ですね。飲み物にはきちんと警戒できる王女様が」


 低めた声が、すぐ耳元で聞こえた。うしろから腰に腕を回され、もう片方の手で口を押さえられている。ちからが強くて跳ね()けられない。湿った布の感触と独特の薬品めいた匂いに、ロザリンドは、とっさに息を止めた。


(この男……っ。嘘でしょ!?)


 かくりと王女の体が弛緩したのを合図に、イーサンは見た目以上の俊敏さで動いた。布を外した手で荷物をまとめ、肩掛けカバンを引ったくり、谷側の窓をひらいて短くぴゅうと口笛を吹く。その間、ロザリンドの細腰は捕らえられたままだった。開け放った窓に脚をかけ、王女を横抱きにしたイーサンが飛び出す。


 バサリ、と、大きな翼の音がした。






挿絵(By みてみん)



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