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争乱の姫は千年魔王と恋をする  作者: 汐の音


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17/18

求婚と告白と


「っ、……ロザリンド!!」


 宙に投げ出された感覚は一瞬だけ。

 頬のあたりで何かがばちばちと爆ぜ、抗う竜の哭き声が聞こえた。自分は痛くも痒くもなく。

 が、それよりは唐突に響いた鋭利な美声のほうがずっと気になる。

 ――ずるい。これは好き。


 そう、かつて自分が〝狭山江利〟という名だったころ、病院のベッドに繋がれ、夢見ることができたわずかな時間に、ちいさなゲーム画面の向こう側にしきりと心を飛ばした。わたしだけの薄闇色の肌のヒーロー。その声に似ている。


 残念ながら、彼はゲーム上のヒーローではなかったけれど。燃えるまなざしと精悍な横顔に。異形の角とつややかな黒髪に。異彩を放つ存在感に、あっという間に心臓を掴まれた。

 彼の見つめる先を、自分も見てみたいと感じた。できれば隣で。


(ユーグラシル。スチルは終盤の一枚だけだったのよね。懐かしい)


 夢うつつに前世を克明に思い出し、きゅんと胸を締め付けられて、ふと気づく。

 気づいてしまった。これって――



 おそるおそる薄目をひらく。


「……ユウェン?」

「王女、良かった。今回ばかりは流石に肝が冷えた」

「いいいいえその、いま、名前を?」

「?」


 ロザリンドは、高まる体温と心拍に翻弄された。


 ――……ここ、空の上だ!

 おそらくは、よそ見なんて許されない至近距離に憧れ続けた魔王ひとの顔がある。

 自分を心配そうに見つめる赤い瞳には、縦に長い魔族ならではの瞳孔。その縁が金に輝いて神秘的だった。睫毛は漆黒。風になびく髪も。

 そんな彼に、決して落とさないと言わんばかりに抱えられていた。

 どんな魔法が働いているのか、ふつうの鳥類のように旋回したり羽ばたいたりしない。悠然と背中の黒翼を上下に動かして。

 おかげで、空中なのにちっとも危うくなかった。翼の振動にともなう浮遊感と、小揺るぎもしない腕のつよさ。それに温もりを感じるだけ。なんたる贅沢。


 ロザリンドは、うまくひらかない瞼を両手で覆った。


「だめ。まぶしい……直視したら、きっと目が潰れるんだわ。死んじゃう」

「……不穏だな。そなたを死なせないために、とっさに成体になったのに。目に不具合が? 奴に、何かされたのか」

「〜〜!! 何も!! されてないわッ!!」

「そうか」


 額に落ちる、ふっと安堵の吐息。

 それは低くなった声音と相まり、ロザリンドを余計に落ち着かなくさせた。色っぽすぎるのだ。


 そわそわと身じろぎする王女に、すっかり青年の姿になったユウェンが口の端を上げる。


「診てやろう。むりに開けなくともいい。手をどけて」

「……ここで?」

「早いほうがいいだろう」

「うぅっ」


 真っ暗な視界に、より近づく気配。おまけに抑えめの囁きボイス。しかも直球。


(うそでしょ……公式が殺しにかかってる。供給過多? 逝ってよしってこと??)


 すっかり錯乱したロザリンドは、真っ赤になりながらも手を外し――思い切って瞼を上げた。

 が、よくわからない光の残像に目がちかちかする。耐えきれず、諦めてすぐ閉じた。


「痛くはないけど、うまく見えないわ」

「どれ」

「!?」


(うええっ????)


 変な叫びをギリギリの理性で我慢する。黒肌の美貌が、さらに迫ったのがわかったからだ。

 慌てふためくロザリンドに、ユウェンが「ふむ」と唸る。

 そこで、気のせいか(※気のせいであってほしかった)(サジェス)ののんびりとした声が聞こえた。


「おーい、ユウェン殿! そろそろ戻ってくれないか。気を利かせたザグラフ殿が、そちらに行こうとしないんだ」


(!?)


「――もう少し待たれよ。王女の視力に不具合が起きている。なんらかの魔力干渉があるようで…………チッ、仕方ないな」


 とたんに不機嫌そうになったユウェンの物言いに、ロザリンドは瞳を閉じたまま尋ねた。


「いま、舌打ちしたの? 魔王ともあろう方が」

「シュスラみたいな小言は、なしだ。手が塞がってる――許せ」

「あ」


 左右の瞼に、やわらかく温かな感触。

 それが口づけだったのは、滞りなくひらいた瞳によって確認した。魔王の頬に走った朱で。


「ユウェン」

「……『争乱』の相は伊達ではないな。魔都に着いてから、機を見て告げようと思ったのに。このザマだ」

「あの、それって」


 世界中の何もかもを意識から弾き出して問う。

 ユウェンは、観念したように王女の肢体を抱き込んだ。

 王女のこめかみに唇を寄せる――。

 ほかの、誰にも聞かれないゼロ距離で。


「そなたを、妃に迎えたい。この俺の」

「……!」

「いいだろうか」


 とくとく、と、気がつけば自分ではない早鐘を相手の鼓動に感じる。

 わからない。わからないけれど、いまこの瞬間に絶えてしまえばいいと、泣きたくなるほどの幸せが満ちた。ロザリンドの中で。


 きゅっ、としがみついた黒衣越しの温もりに、溶けてしまいそうになる。


「……き」

「? 王女?」

「〜〜もうっ!」


 からだは青年になったのに、まるで少年のような伺い方をするユウェンに、ロザリンドの笑いが弾けた。


「好きよ。一生、退屈なんてさせてやらないんだから。覚悟しなさいよね」

「っ……」


 ―――あと、と、付け加える。

 顔を上げた。あでやかな、大輪の花のように笑んで。


「これからは名前で呼んで。きっとよ? さっきみたいに」




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