王女救出(3)
「うぐるるぅ……!」
「でかした、ザグラフ」
魔王ユーグラシル――ユウェンは、ぽんぽんと竜の首を叩いてねぎらった。
竜体のザグラフは、内在する魔力を炎に換えて自在に吐き出せる。超高温の火炎放射ではなく威力が劣る火球としたのは、これが牽制だからだ。まちがっても火の粉ひとつ被せてはにいけない。あの王女に。
ユウェンの後ろ側。
同じ竜の背に乗るサジェスは、これでもかと声を張る。
「ユウェン殿! いくらなんでも……っ!! 危険では」
「心配いらない。いざとなれば俺が火球を逸らせる。墜落していいのはあの男だけだ」
「それに関しては同意見だが」
こうして話す間も、びゅうびゅうと風の音がうるさい。
キキョウの障壁魔法であっても風圧の凄まじさは窺えた。それほどの高度と速度。イーサンの騎竜もなかなかに優秀だが、本気を出した炎竜将軍には遠く及ばなかった。少しずつ距離が縮まる。
――とはいえ、決定打は。
サジェスはぐるりと周囲を見渡した。
隣では集中して魔法を維持するキキョウが。斜め後ろでは祈る面持ちで手を組むベティが。前方には竜の首と魔王が。……これではロザリンドとイーサンが見えない。地味に〝転移魔法〟が使えない。
サジェスは、ぐっと肚に力を込めた。
「ユウェン殿。ザグラフ殿に、もう少し下降してもらえないだろうか」
どうやらふつうの声量でも届いたようで、ユウェンはぴくりと長い耳をひくつかせる。
「ああ……そうか。〝転移〟のギフトは対象を視界に収めなければ発動できないんだな」
「その通り」
「わかった」
「ぐるるぅっ!」
会話を聞いていたザグラフがコースを若干横に逸れ、下降を始めた。背中に乗った人間たちを慮ってか、その傾斜角度はゆるやかだ。
ユウェンは振り返り、サジェスが頷く。それが『準備完了』の合図。サジェスは科人の少女に淡々と告げた。
「ベティ、頼む」
「はい」
ベティは、目尻が上がった大きな黒瞳を兄に向けた。
左斜め前方を見上げれば、騎竜の腹とかすかに人影が見える。
この先にある黒っぽい森めがけて竜を操っているらしいイーサンに、ベティは思い切り声を絞った。
「兄さま!! お願いです、もうやめて!!」
「……」
妹の呼びかけには動じない。騎竜は真っすぐ森へと向かう。
――イーサンの判断は、逃亡者としてあながち間違いでもない。森の木々は鬱蒼と繁り、ひとめでザグラフのような巨大な竜に不向きとわかる。
どころか、ぶつかったとたん森ごとロザリンドを焼いてしまうだろう。そんな結末にさせるわけにはいかなかった。
が、このままでは撒かれる可能性がある――!
(少しでいい。角度を変えろ。こちらを振り向きさえすれば)
サジェスが眉間を険しくして一点、ただ一瞬のチャンスに狙いを定めた。魔力を練って。
追いすがるようにベティが叫ぶ。
「あたし! 見たんです! 狩り小屋で……魔王の魔法を。ねえ、兄さまも嗅がされたんです! ちいさいときにあの香を……っ、おじい様から!!」
「!!?」
遠目にも驚愕が伝わる瞬間だった。
騎竜そのものがまるでイーサン自身のようにビクリと跳ねて、束の間バランスを崩す。わずかに竜首を傾け、とうとう主の姿を露わにしたのだ。
なお、イーサンより細身のロザリンドは白いドレスの裾しか映らない。
であればこそ。
「――ぎっ、ぎゃああ!!!!」
「よし! キキョウ、今だ! やれ!」
「はあああッ!?!? なんて無茶をっ、貴方というひとは!!」
サジェスは遠慮なく能力をふるった。
すると、パッと何もない空中に転移させられたイーサンが単身落下してゆく。
将来仕えるべき王太子の、事前打ち合わせ皆無の急な命令に、キキョウは持ち前の機転で応えた。
すなわちイーサンを〝障壁〟で包み込み、地上に叩きつけられる前に完璧に保護。同時に、決して逃げられないように。
顔面蒼白になったベティには、そつなくキキョウが自身の魔法について説明をする。――その間に。
「ロザリンド……、ローズ! くそっ、竜が進路を変えない。あれじゃあ翔ばせない!」
サジェスは焦った。
竜の谷で、ユウェンと立てた計画ではロザリンドの姿も捉えておくはずだった。
最善は、イーサンではなくロザリンドのみザグラフの背まで〝転移〟させること。それが適わなかったからこそのイーサン引き剥がし作戦だった。
「まずい。このままでは……森に」
「サジェス殿。いい。俺をあそこへ翔ばせ」
「ハァ? ユウェン殿、いやしかし」
「――二度、言わせるな。俺には翼がある。ザグラフよりは小回りが利くだろう。急げ!」
「わ、わかった」
サジェスは頷いた。
竜首に跨っていたユウェンが忽然と消え、代わりにバサリと黒翼の羽ばたく音。
まさしく森を丸焼きにするところだったザグラフは、炎をまとう巨体をひねって強引に軌道を上に逸らせた。
かかる重力の負荷に、さしものキキョウも「ぐっ」と呻く。
そのまま森の上空でゆっくりと旋回をはじめたザグラフの背で、一行は目を凝らした。
「なんだあれは」
「……光……いえ、闇?」
森の木々にぶつかる直前。
イーサンの騎竜の背に、ぽうと灯る明かり。それはロザリンド自身が発光していたにもかかわらず、彼女らしさからは縁遠い、しずかで清廉なかがやきだった。
対比するように、魔王からは黒銀の稲妻がほとばしる。黒銀に光る茨に捕らえられ、イーサンの竜は哀れな鳴き声をあげた。
やがて光は弱まり……
「あ!?」
収束する光芒のかたちが薄れるころ、ぽろりと紅髪の王女の身が傾ぐ。
――――騎竜の背を滑り落ちた王女は。




