王女救出(2)
魔王が行使する過去視の術――〝刻見〟は、大地に刻まれた記憶を読み取り、幻にして投影させるもの。前回の王女誘拐事件ではこれが奏功し、瞬く間に犯人の目星をつけられた。あらゆる魔力を可視化できる『魔王』だからこそのわざだ。
廃屋と化した小屋の入り口で片膝をつき、指先で地面に触れたユウェンが眉を寄せる。
谷では、成長したぶんの力は制御しづらいと話していた。その弊害がまだ続いているらしい。
「すまない。やはり、余計なものが混ざりそうだ。必要な部分はそなたたちが探してくれ」
「わかった」
返事をしたサジェスにならい、護衛騎士のキキョウや重要参考人のベティも神妙に頷く。ザグラフは竜体のまま周囲の警戒を命ぜられた。ぐぉん、とひと鳴きして再び空へ舞い上がる炎竜の影がちいさくなり、いよいよユウェンが幻を発現させる。
「あ」
立ちのぼるいくつもの『過去』に、思わず声をもらしたのはベティだった。
淡い幻のなかには幼いイーサンとベティが楽しげに駆ける姿があった。つい、反射でそれを目で追ってしまったのだ。
が、もっとも色彩あざやかなのは最近のもの。
無音の幻はちょうどロザリンドが寝台に横たえられた瞬間から始まった。
固唾をのんで見守る一行の前で、イーサンが大胆にも王女の紅髪に口づける。そのあたりで大きく映像が乱れた。
「……魔王殿」
サジェスは申し訳なさそうにユウェンに声をかけ、ユウェンは、いちだんと低めた声で「失礼」とだけこたえる。場にはなんとも微妙な沈黙が生まれた。
「……」
「…………」
発言を控えたキキョウとベティの努力の甲斐あり、またすぐに過去劇が再開する。
ロザリンドがめざめ、足蹴にされそうになったベティをつまみ、寝室の入り口にいたベティとシトリンの幻が忽然と消えて――しばらくあと。
「ッ!?」
魔王以外の三名は息をのんだ。
勝ち誇ったまなざしのロザリンドも唖然とする。彼女の手首を掴んだイーサンが指笛を吹くような仕草をした。すると、一方の壁が壊され、ごつごつとした竜が乱入したのだ。
イーサンの騎竜と思わしきそれは、ロザリンドが仕掛けたに違いない屋根板の〝転移〟から主を守り、落ちてくる寝台までも頑丈そうな翼で打ち払った。
幻のロザリンドがくやしそうに顔を歪める。
『〜〜!! 〜〜!!』
何ごとかを叫ぶロザリンドに対し、今度はイーサンが口の端を上げた。
まさに形勢逆転。はっと水色の目をみはった王女は、抵抗むなしく竜に騎乗させられてしまう。
そして。
「……なるほど。こうして屋根の穴から飛び立ったんだな。壊したのは妹、と」
「しまった。これでは方向がわからない――ザグラフ!」
王の鋭い呼び声に、ひゅるる……と風を切り、上空から一直線に炎竜が降下する。
派手な地響きとともに小屋の外に着地したザグラフは、打って変わって丁寧に頭を垂れ、首を低くした。
高位魔族ならではの金の瞳と、魔王の血赤の瞳が交差する。ばさりと黒翼を出したユウェンは飛翔し、ただちに竜体の頭部へと降り立った。首を振る動作だけで客人たちと科人をいざなう。
「ここから離れる竜の幻が見えたらしい。乗ってくれ。全速力で追いかける」
* * *
「ふっざけんじゃないわよ! 離して! 離しなさい、えっち! わからず屋!!」
「お静かに! 私が離せば貴女は落ちますよ。この高さでは助かりません。死にたいのですか」
「このっ……無礼者!」
きつく腰を抱かれ、竜の背で不承不承、イーサンと密着せざるを得ない。ロザリンドはぎりりと唇を噛む。
イーサンは片腕で手綱を握り、巧みに竜を操りながらニヤリと笑った。
「『無礼者』、たいへん結構。魔族領にある限り、貴女自身が転移できないのはわかりました。こうして触れている限り、私は吹き飛ばされないともね」
「あああ、もう!」
(どうしてこう、本編ストーリーでもないのにハンデがきついのよ。ゲームバランスおかしいでしょ、『案内人』の馬鹿……!)
必死で身を捩りながら、ロザリンドは頭の中で、この世界に生まれる前に過ごした、永遠にも似た時間を思い出す。
大好きだったゲーム『銀のひめごと』は、主人公の公爵令嬢ヨルナより、断然ロザリンド王女が羨ましかった。プレイヤーとして全ルートを網羅したが、それとて、ひょっとしたら魔王ルートが解放されるのではと甘い期待を抱いたからだ。
じっさい、そんなことはなかったが。
余裕を取り戻したイーサンは、すい、と眼下に何かを探す素振りをする。
「……悪知恵働かせてんじゃないわよ。だいたい、どこへ行こうと言うの」
「私の仕事はお話したでしょう? ゼローナには定期的に商品を仕入れに行っています。谷から直接では距離がありすぎるので、貴女と蜜月を過ごせる拠点はいくつか用意してありますよ。国境近くの火山湖のほとりに、慎ましい別荘程度ですが」
「……蜜月……?? ありえないわ」
ぞっとしたロザリンドは、思わず体の力を抜く。それを言葉と真逆の是ととったイーサンは、うれしそうに熱っぽい視線を向けた。
「ご安心を。じっくり、手折って差し上げます」
「問題外だって言ってるのよ!! やっ、気持ち悪い! 離して!」
まるで口づけるかのように近づくイーサンの顔を両手で押しのけ、ロザリンドは懸命に辺りを見回す。
何か――何か。
何でもいい、武器になりそうなモノは目に映らないか。
ロザリンドは、自分の魔力量が王族として平均以下だと知っている。だからこそ、転移させられる質量はせいぜいが成人男性ひとり分。伝説の王妹のように山に風穴を空けたり、二番目の兄のように魔力制御に長けるわけでもない。
それは、隙を見て一矢報いることは可能だろう。
けれども『ロザリンド』は、こんな男に少しでも与えていいものではなかった。
唯一のひと。捧げるべき相手は。
「……っ、ユウェン!! ユーグラシル!!!! お願い、来て! 助けて!!」
「往生際のわる……い……!?」
イーサンが、王女の渾身の叫びに不満そうに唇を歪めた。そのときだった。
ぐらりと騎竜が傾ぐ。轟、と唸りを上げて燃え盛る火球がすぐ脇を通り過ぎた。後ろから。
「あれ、は」
誘拐犯の背中越し。
ロザリンドは、斜めになった視界に、迫り来る巨大な炎の竜をみとめた。
その首に跨るひとを。
(ユーグラシル……!)




