王女救出(1)
そもそも、ロザリンドは幼いときから風変わりな少女だった。
時おり耳馴染みのない言葉を口走り、ひとり納得しては「何でもないわ」と、しらをきる。そのさまは妙におとなびて。
根は悪くないのだが、こう――どこか、『扱いづらい王女』を嬉々と演じているふしがあった。
(そう。あいつのおかしなところは、わざと俺たちから煙たがられるように仕向けていたところだ。ほぼ罪悪感なしに)
――ぱち、と、閉じていた瞳を開ける。
慣れた空間移動も、初めての場所からの往復であれば新鮮だった。
サジェスもロザリンドと張るくらいの悪童だった自覚はある。
が、それとて過去のこと。国王の長子として、いずれは国を治める立場になる者として、とくに王城では〝転移〟を発動しない方法を選んできたものだ。(※何ごとにも例外はある)
便宜上、周囲を驚かせないために借りた小部屋を出ると、廊下に末弟が待っていた。
「兄上、いかがでしたか。陛下は」
「問題ない。有事とおみとめくださった。今ごろ、なんとか自衛できる程度の魔力は戻ったはずだ」
「よかった! ……いえ、よくはないんですが」
喜んだあと、スッと青い瞳を翳らせる。まだ十五歳の弟もまた、心配で胃をきりきり舞いさせる同志だった。
「そうだな」
サジェスは複雑な顔でほほえみ、先導の騎士がひらいた扉を抜けて外へと向かう。アストラッドはうしろに続いた。
――議場を擁する館が面する、竜の谷の中心に位置する大広場。
いくばくかの安心要素を届けるべき相手が、家族以外にもいた。
「? なんだ。騒がしいな」
妹の捜索のために蜂の巣状態だった広場の端には新たな人だかりができていた。人族の要人であるサジェスたちの前に自然と人垣は割れてゆくものの、魔族の民は皆、かなり殺気立っている。
あまりよくない予感に駆られ、足を速めると、ちょうどエルドラク老とユウェンも人垣の中心に辿り着いたところだった。
彼らと合流する前に、ぎょっとして目をみはる。
そこにいたのは。
「お前たちは……脱走したベティとシトリンか! よくもおめおめと。ゼローナの姫はどうした」
激昂するエルドラクに負けず、ベティはすかさず応じた。
「谷長様、お叱りはのちほど、いくらでも! でも、一刻を争うのです。どうか――」
「お前の兄の仕業か」
「ッ」
ざわめきもぴたりと止む。
しずかだが無視しがたい、威厳たっぷりの声に割って入られ、ベティが言葉に詰まった。
エルドラクの頭上みっつは高い位置から、青年姿の魔王が問いかけている。
「答えよ」
「あ……、はい。もうし、申し訳ありません。じつは」
純然たる魔のちからに当てられ、さしものベティもがたがたと震えた。
つっかえながらも近隣の山の狩り小屋での出来事を一部始終打ち明け、最後には跪き、シトリンともども額を広場の石床に押し当てる。
エルドラクは苦い顔でユウェンを見あげた。
「陛下」
「そっちの角持ちの女は魔族の血が流れるから、わかる。嘘は言っていない」
「はっ。であれば……」
「いい。エルドラク。お前はここで竜人族の怒りと、エキドナの末裔たちの不安を収めろ」
「は……では、陛下は」
「愚問か? エルドラク」
「!」
薄闇色の頬には笑みひとつ浮かんでいない。にもかかわらず、見る者をぼうっとさせる、あやうい色香があった。
感極まったように身震いし、歓喜で相好を崩す翁に「困った奴だ」とこぼしたユウェンが視線を流す。
「ザグラフを呼べ、シュスラ。竜体のままでいい」
「畏まりました」
「それから――サジェス殿」
「何かな」
殺る気、もとい、妹を助け出すためなら大立ち回りも能力の大盤振る舞いも辞さない覚悟でサジェスが答える。
赤い瞳をふっと細めたユウェンは、衣擦れの音をさせて踵を返し、ゼローナの王太子を肩越しに招いた。
「安全かつ十全な方法をとるため、貴殿の力も借りたい。こちらへ」
「お安い御用だよ、魔王殿」
任せろ、とばかりに首肯する。
頼もしさしかないその背に、置いてけぼりになったアストラッドは少しだけ考え、慌てて手を伸ばした。
「兄上! ルピナスとキキョウ殿を呼び戻しておきます」
* * *
数十分後。
急きょ組まれた救出隊の主力は炎竜体のままのザグラフ。その背には道案内のために連れられたベティ。予備戦力としてのサジェス。それに〝障壁〟のギフト持ちの騎士・キキョウが乗せられていた。なお、ユウェンはザグラフの頭部に直接立つ。
竜吐息の灼熱や向かい風を直接受けつつ、微動だにしない姿はさすがの魔王だった。
町の探索時は、主にジェイド公爵子息ルピナスの警護をしていたキキョウがぼやく。
「信じられませんね、ロザリンド殿下の御為とはいえ、まさか私まで炎竜将軍殿の背に乗るとは」
「この際だ、キキョウ……。国に帰ったあと、女性への口説き文句のひとつに加えておくといい。モテるぞ」
「そんなかたはいないんですがねぇ」
ごつごつとした鱗の上に座り、はためくはずの髪やマントも、そよそよと靡くだけ。炎竜の熱に焼かれないのは、キキョウの稀有な能力のおかげだ。彼の障壁は、サジェスとキキョウ、それに軽装のベティすら完全に守っていた。
いっぽう、ゼローナの貴人の軽口に付き合う余裕もいわれもないこベティは、こわごわと眼下を窺う。
やがて、木々が密生する山の一点を指さした。
「あそこです! このまま高度を下げてください。屋根が見えるはず」
たしかに、そこだけぽっかりと木が生えていない。
しかし。
「え……」
「屋根はないな」
戸惑うベティに、つめたい声のユウェン。
空き地に降り立った竜を含め、同乗者たちも一様に思考を止めた。
――ロザリンドとイーサン、およびその騎竜がいない。
屋根板は剥がされ、むき出しの小屋は木屑だらけ。あろうことか壁も一面、外から内に向かって吹き飛ばされている。もぬけの殻だ。
「これは……いったい」
「下がってくれ、サジェス殿。〝刻見〟をする」
「ユウェン殿」
惨状を見回すサジェスの肩に触れ、ふわりとユウェンが動く。
黒衣をゆらめかせ、片膝をついたユウェンの魔力は虹光をまとう陽炎となってあたりを包んだ。




