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争乱の姫は千年魔王と恋をする  作者: 汐の音


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12/18

暴れん坊王女


 一転、王女らしさをかなぐり捨てたような王女の言いように、イーサンは度肝を抜かれる。ロザリンドは不機嫌そうに、ぱっ、ぱっとみずからの体をあちこち払った。寝台を挟んでイーサンとは逆方向の床に立つ。


 ――じろり、と誘拐犯を睨めつけて。


「黙って聞いてたら、あんた、最低よね」

「あ、『あんた』??」

「よくも好き放題にべたべたと……。これでも一所懸命がまんしたのよ? 下手に騒いでしつこく薬を嗅がされたら終わりだもの。乙女として」

「乙女」

「そこ、復唱しないの」


 イーサンとは異なり、メイドとして少なからず彼女を知るベティは素早く、ぼそっと呟いた。シトリンはその隙にベティを助け起こす。


 真っ青になったイーサンに、ロザリンドは改めて傲岸不遜に言い放った。


「宿願とやらは諦めて、さっさと谷に戻りなさい」

「……転移、なさらないのですか? てっきり、貴女はすぐに帰られると」

「わざわざしないでいてあげているのよ。やさしいでしょう?」

「それは……たいへん有難いことですが。おかしいですね。ひょっとして、ゼローナ王族の転移魔法には条件がおありで? たとえば魔族領(ここ)では発動できないなど」

「はぁ? うっさいわね。勝手に考証しないで」

「……なるほど。とんだお転婆でいらっしゃる。が、そういうことなら余計に私の指示に従っていただかねば。こちらへおいでなさい」

「いやよ」


 つん、と顎をそびやかす王女に、イーサンは駄々っ子を諌めるような顔つきをした。


「よくお考えを。能力(ギフト)を使えない貴女が、異国の地で何ができると? よしんば逃げられたとして、外は魔獣だらけ。おとなしく私の妻になられるが良いでしょう」

「い・や・よ!! あんたこそ、たったひとりで何様のつもり? 血を分けた妹にあんな態度とか、ありえない! おまけに、このわたしを利用した上で次世代にエキドナ復興!? はん! 寝ぼけてんじゃないわよ」

「はは。これは手厳しい」


 苦笑したイーサンは寝台を回り込み、やすやすとロザリンドの細い手首を掴んだ。うしろも見ず、淡々と妹に命じる。


「ベティ、縄を持ってこい。聞き分けのない王女様を拘束する」

「……」

「早くし……、ん?」


 返事がないことを訝しんだイーサンは振り向き、またしても顎を落とした。控えていたはずの妹と側付きの女(シトリン)が忽然と消えていたのだ。

 同時に、木板の壁を隔てた外からは軽い翼の音。

 ――――まさか。


「ベティ……っ!? あ、あいつら!!!!」

「ふーん。あの子たち、学習したのねえ。ちゃんと騒がず飛んでいったわ」


 ロザリンドは不敵に笑って腕を組み、ふむふむと頷く。

 あちこちべたべたと触れられ、怒りの導線に火をつけられても、徹底的に眠るふりを続けられたのは、何も逃げ出す隙を見つけるためだけではない。


 『気づいた』からだ。

 すなわちユウェンが〝楔〟と称した、父オーディンによる魔力の戒め。それが()()()()()()()()()()()()()()


 拐われたロザリンドは、竜の背でそれでも自身が〝翔ぶ〟ことはできないと確認した。けれど、他者なら。

 ――目に映る、自分以外のモノならば?


(いけると思ったのよね。ナイス、わたし!!)



 種明かしは、こう。

 会話でイーサンの注意を引きつけつつ、ベティとシトリンを勝手に外に翔ばした。

 上空で竜が下降を始めたとき、薄目で小屋の外観を確認したからできたことだ。


 おまけに彼女たちはゼローナで兄の転移魔法を経験済み。だからこそ騒がずにいてくれたのだろう。

 真実を知らせるため、体を張ってシトリンを逃がそうとした()()ベティなら信じられる。



 ――人間は、かくも学び、日々成長していくのだと。



「ばかな」


 呆然と呟く男に、ロザリンドは口の端をいたずらに上げた。


「愚か者はあんたよ。さ、遊ぶ? 手を離して。さもなきゃ何でも落としてあげるわ」




   *   *   *




「陛下、よろしかったのですか」

「是非もない。非常事態と判断した」


 魔族領から遠く離れたゼローナ王都。

 その王城で、ちょっとした騒ぎが起きていた。

 執務中のオーディン王の目の前に、突然王太子殿下が〝転移〟で現れたのだ。


 『お咎めは帰国後にお願いします』と前置いたサジェスは、周囲の侍従や重臣を無視して妹王女の窮地を伝えた。

 北公都(アクアジェイル)で保護したロザリンドは、その後は比較的おとなしかったこと。最低限の王女らしさは維持していたこと。

 誘拐犯は、どうやらエキドナの末裔・ベティの兄であること。それが「竜の谷」側の警備を掻い潜り、まんまと彼女を連れ去ったことを。


 ――魔王ユーグラシルはロザリンドを受け入れると表明。親睦条約締結は目前だったとも。



 王太子が消えたあたりを眺め、筆頭侍従は溜め息混じりに愚痴をこぼす。


「王妃殿下は、またしても倒れられますな」

「前回は南公息女も巻き添えであった。……それに比べれば」

「陛下」

「ンンッ、国王権限での子どもの魔力封じは、主に周囲に害を及ぼさぬためだ。歴代の王子や王女が、みな分別をわきまえたわけではない。不要な争いの芽を摘むためでもある」


 咳払いのあとで厳しく眉をしかめたオーディンは、悩ましい様子で革張りの椅子にもたれた。


 そろそろお茶にしましょう、と気を利かせた老侍従が離れたのを機に、ぞろぞろと重臣たちも席を外す。

 すると、オーディンはおもむろに苦渋をにじませる父親の風情となった。

 つまり両手で顔を覆い、深々と嘆いて。


「あんの……っ、暴れん坊め……!」

「おそれながら陛下」


 コトリ、とあたたかい茶器を置きながら、老侍従はしずかに告げる。


「『坊』ではなく『嬢』にございます。ロザリンド殿下は」

「わかっている」


 ささいな言葉の(あや)を聞き咎められ、王はまるでそれが不味い薬湯であるかのような視線を流した。

 もちろん、ふつうの紅茶だ。

 オーディンは飲む気になれずに立ち上がり、窓から空を見上げる。

 峻厳なる峰が連なる北の国境よりも先。竜の谷は遥か遠い。


「サジェスの報告通りであれば、ぎりぎりだ……くそっ。行ったことのない場所には翔べぬ。口惜しい」

「お察し申し上げます」


 ――皮肉にも、国王がもっとも縛られる『ゼローナ王族規範』を無視さえすれば。


 本人が自在に転移できるのがいちばんの護身であるのは、重々理解している。

 が、ぎりぎり。

 暴漢のたぐいを捌けるだけの自由を許した。あとは本人の裁量だ。

 本心に同調して食いしばった歯が軋む。


「無事で、いろ。ローズ。どうか……お前が望む、幸せをつかみ取れ」


 固く目を瞑ったオーディンは、祈るように呟いた。






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― 新着の感想 ―
ああ、お父様の心労やいかに……お労しや(´・ω・`)
流石姫様( ˘ω˘ )
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