暴れん坊王女
一転、王女らしさをかなぐり捨てたような王女の言いように、イーサンは度肝を抜かれる。ロザリンドは不機嫌そうに、ぱっ、ぱっとみずからの体をあちこち払った。寝台を挟んでイーサンとは逆方向の床に立つ。
――じろり、と誘拐犯を睨めつけて。
「黙って聞いてたら、あんた、最低よね」
「あ、『あんた』??」
「よくも好き放題にべたべたと……。これでも一所懸命がまんしたのよ? 下手に騒いでしつこく薬を嗅がされたら終わりだもの。乙女として」
「乙女」
「そこ、復唱しないの」
イーサンとは異なり、メイドとして少なからず彼女を知るベティは素早く、ぼそっと呟いた。シトリンはその隙にベティを助け起こす。
真っ青になったイーサンに、ロザリンドは改めて傲岸不遜に言い放った。
「宿願とやらは諦めて、さっさと谷に戻りなさい」
「……転移、なさらないのですか? てっきり、貴女はすぐに帰られると」
「わざわざしないでいてあげているのよ。やさしいでしょう?」
「それは……たいへん有難いことですが。おかしいですね。ひょっとして、ゼローナ王族の転移魔法には条件がおありで? たとえば魔族領では発動できないなど」
「はぁ? うっさいわね。勝手に考証しないで」
「……なるほど。とんだお転婆でいらっしゃる。が、そういうことなら余計に私の指示に従っていただかねば。こちらへおいでなさい」
「いやよ」
つん、と顎をそびやかす王女に、イーサンは駄々っ子を諌めるような顔つきをした。
「よくお考えを。能力を使えない貴女が、異国の地で何ができると? よしんば逃げられたとして、外は魔獣だらけ。おとなしく私の妻になられるが良いでしょう」
「い・や・よ!! あんたこそ、たったひとりで何様のつもり? 血を分けた妹にあんな態度とか、ありえない! おまけに、このわたしを利用した上で次世代にエキドナ復興!? はん! 寝ぼけてんじゃないわよ」
「はは。これは手厳しい」
苦笑したイーサンは寝台を回り込み、やすやすとロザリンドの細い手首を掴んだ。うしろも見ず、淡々と妹に命じる。
「ベティ、縄を持ってこい。聞き分けのない王女様を拘束する」
「……」
「早くし……、ん?」
返事がないことを訝しんだイーサンは振り向き、またしても顎を落とした。控えていたはずの妹と側付きの女が忽然と消えていたのだ。
同時に、木板の壁を隔てた外からは軽い翼の音。
――――まさか。
「ベティ……っ!? あ、あいつら!!!!」
「ふーん。あの子たち、学習したのねえ。ちゃんと騒がず飛んでいったわ」
ロザリンドは不敵に笑って腕を組み、ふむふむと頷く。
あちこちべたべたと触れられ、怒りの導線に火をつけられても、徹底的に眠るふりを続けられたのは、何も逃げ出す隙を見つけるためだけではない。
『気づいた』からだ。
すなわちユウェンが〝楔〟と称した、父オーディンによる魔力の戒め。それが限定的ながら緩んでいたことに。
拐われたロザリンドは、竜の背でそれでも自身が〝翔ぶ〟ことはできないと確認した。けれど、他者なら。
――目に映る、自分以外のモノならば?
(いけると思ったのよね。ナイス、わたし!!)
種明かしは、こう。
会話でイーサンの注意を引きつけつつ、ベティとシトリンを勝手に外に翔ばした。
上空で竜が下降を始めたとき、薄目で小屋の外観を確認したからできたことだ。
おまけに彼女たちはゼローナで兄の転移魔法を経験済み。だからこそ騒がずにいてくれたのだろう。
真実を知らせるため、体を張ってシトリンを逃がそうとした今のベティなら信じられる。
――人間は、かくも学び、日々成長していくのだと。
「ばかな」
呆然と呟く男に、ロザリンドは口の端をいたずらに上げた。
「愚か者はあんたよ。さ、遊ぶ? 手を離して。さもなきゃ何でも落としてあげるわ」
* * *
「陛下、よろしかったのですか」
「是非もない。非常事態と判断した」
魔族領から遠く離れたゼローナ王都。
その王城で、ちょっとした騒ぎが起きていた。
執務中のオーディン王の目の前に、突然王太子殿下が〝転移〟で現れたのだ。
『お咎めは帰国後にお願いします』と前置いたサジェスは、周囲の侍従や重臣を無視して妹王女の窮地を伝えた。
北公都で保護したロザリンドは、その後は比較的おとなしかったこと。最低限の王女らしさは維持していたこと。
誘拐犯は、どうやらエキドナの末裔・ベティの兄であること。それが「竜の谷」側の警備を掻い潜り、まんまと彼女を連れ去ったことを。
――魔王ユーグラシルはロザリンドを受け入れると表明。親睦条約締結は目前だったとも。
王太子が消えたあたりを眺め、筆頭侍従は溜め息混じりに愚痴をこぼす。
「王妃殿下は、またしても倒れられますな」
「前回は南公息女も巻き添えであった。……それに比べれば」
「陛下」
「ンンッ、国王権限での子どもの魔力封じは、主に周囲に害を及ぼさぬためだ。歴代の王子や王女が、みな分別をわきまえたわけではない。不要な争いの芽を摘むためでもある」
咳払いのあとで厳しく眉をしかめたオーディンは、悩ましい様子で革張りの椅子にもたれた。
そろそろお茶にしましょう、と気を利かせた老侍従が離れたのを機に、ぞろぞろと重臣たちも席を外す。
すると、オーディンはおもむろに苦渋をにじませる父親の風情となった。
つまり両手で顔を覆い、深々と嘆いて。
「あんの……っ、暴れん坊め……!」
「おそれながら陛下」
コトリ、とあたたかい茶器を置きながら、老侍従はしずかに告げる。
「『坊』ではなく『嬢』にございます。ロザリンド殿下は」
「わかっている」
ささいな言葉の綾を聞き咎められ、王はまるでそれが不味い薬湯であるかのような視線を流した。
もちろん、ふつうの紅茶だ。
オーディンは飲む気になれずに立ち上がり、窓から空を見上げる。
峻厳なる峰が連なる北の国境よりも先。竜の谷は遥か遠い。
「サジェスの報告通りであれば、ぎりぎりだ……くそっ。行ったことのない場所には翔べぬ。口惜しい」
「お察し申し上げます」
――皮肉にも、国王がもっとも縛られる『ゼローナ王族規範』を無視さえすれば。
本人が自在に転移できるのがいちばんの護身であるのは、重々理解している。
が、ぎりぎり。
暴漢のたぐいを捌けるだけの自由を許した。あとは本人の裁量だ。
本心に同調して食いしばった歯が軋む。
「無事で、いろ。ローズ。どうか……お前が望む、幸せをつかみ取れ」
固く目を瞑ったオーディンは、祈るように呟いた。




