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争乱の姫は千年魔王と恋をする  作者: 汐の音


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10/11

疑惑のイーサン


 狩り小屋には玄関と調理場をかねた部屋と、粗末だが寝台をふたつ並べた部屋がある。(くだん)の飛竜に次いで地面に降り立ったベティはひらいたままの玄関を通り、翼を折りたたんだシトリンを従えて寝室の入り口をくぐった。


 兄――イーサンは寝室の中央で振り返り、意識のないロザリンドを肩に担ぎながら、ほうと息を吐いて妹たちを見やる。


「来たか。助かった、ベティ。そこの棚から寝具を出して敷いてくれないか? 王女様を床に寝かせるのは忍びない」

「えっ、ええ……?」


 おだやかで鷹揚な兄の口調は記憶のまま。だいそれたことをしている空気感は全くない。焦りすら。


(まぁ、あたしは遠慮なくお姫様をふたりとも床に転がしたんだけど)


 ベティは困惑しつつ、隣に目配せをする。


「シトリン」

「は。ただちに」


 主の意を汲んだシトリンは頷き、きびきびと動いた。洗濯済みのシーツを収めた棚から寝具一式を取り出し、手早く寝台のひとつを整える。


 兄によって丁重に横たえられ、白いシーツに広がるのは波打つ紅の髪。気の強そうな面差しに映えるきりっとした眉も、目尻に影を落とす睫毛も真紅。こうなっては、(まぶた)を閉じていても間違いない。やはり、客分として谷に滞在中のロザリンド王女だった。盛大な驚きと呆れが入り混じり、へなへなとしゃがみ込んだベティは頭を抱えた。


「どうするのですか……こんな、兄様まで」

「私まで? 何だというのだ」

「〜〜もうっ。おわかりにならないのですか!? これは!! 誘拐です!! あたしが言うのもおかしいのですが!!!」

「しっ、静かに。彼女が起きてしまう」

「……っ」


 唇を噛む。

 ――――だめだ。ぜんぜん話が通じない。


 仕方なく、ベティとシトリンはイーサンに説明を求めた。

 なぜ、跡継ぎである彼が危険を冒してまでゼローナの王女をさらったのか。

 逃げおおせる算段はあるのか。

 おかげで、いっそう罪をかさねることになった自分たちへの配慮は。


 語られたのは信じがたい計画。その全容だった。


「フフ、お前ならきっとやってくれると、おじい様は信じていたよ」




   *   *   *




「探せぇ! エキドナの居住区も虱潰しじゃ!!」


 罪人の脱走に加え、賓客の王女の(かどわ)かしも明るみとなった午後。竜の谷は物々しい空気に包まれた。

 陣頭で指揮を執るのは老翁エルドラク。その後ろに氷点下の顔つきになったユウェンが腕組みで立つ。


 みすみす王女を連れ去られたことを嘆いたザグラフは率先して竜体となり、上空から彼らの姿と痕跡を探した。怒りに燃える火竜の吐息は灼熱そのもの。トカゲ車の(わだち)ひとつ見逃さない勢いで荒野をめぐる。風は、地面を焦がしかねない熱波となった。


 魔王の傍らに控えたシュスラは全霊で謝意を込め、ゼローナの王子たちに頭を下げる。


「面目次第もございません。必ずや王女殿下を見つけ、犯人を――極刑に」

「いいえ、シュスラ殿。この場での謝罪や約束ごとは結構だ」


 真摯に向けられた言葉を、ゼローナの王太子サジェスはあえて遮った。オーディン王によく似た紫の瞳には心痛が滲んでいるが、つとめて冷静であろうとする光がある。


「あなたやユウェン殿たちが、妹を本気で心配してくれているのを疑ったりはしない。まずは、谷を上げての尽力に感謝する。それに――土地勘がないとはいえ、我々にも何かできないだろうか。我が騎士でもあるルピナス・ジェイドと麾下の騎士数名には、探索の手伝いに行くよう命じたが」

「サジェス王子……」


 ぐっ、と胸に当てたこぶしを握ったシュスラが固く目を瞑る。

 サジェスの隣で、王妃似のアストラッド王子は心配そうに眉をひそめた。


「失礼ですが、魔王陛下に『刻見の術』を使っていただくわけにはいかないのでしょうか? 前回のように」

「もちろん可能だ」

「! では」


 応答が地獄の底から響くような声音だったにかかわらず、アストラッドはパッと顔を上げる。

 けれど、ユウェンは首を左右に振った。


「すまない。成長したてで制御がおぼつかない。魔力が増えたぶん、余計な幻まで再現してしまうだろう。場所が場所なので、本意ではない」

「……そうですか……」


 場所が場所。

 館で働く竜人女性が倒れていたのは王女に与えた部屋の近くであり、浴室なども近い。女性はいまも昏倒中なのだ。

 ややあって不可抗力の可能性に思い当たり、まことに遺憾ながらアストラッドも口をつぐむ。


 ……そもそも、この状況じたい、被害者には災禍以外の何ものでもなく。


 ぽつり、とユウェンは呟いた。


「酷だが、もう少し待ってくれ。犯人の目星はついている」

「陛下? それはまだ、エルドラク殿が調査中では」

「消去法で考えてみろ。奴しかいないだろう。メーゼラッドとやらが孫娘を逃がしたのは、単なる陽動に過ぎない」

「……エキドナの長(あのもの)が、罪人の部屋の前で自害していたのは残念でした。拷問は得意なのに」

「同感だ」

「「…………」」


 嗚呼、と漏れそうになる声を抑え、サジェスとアストラッドはそれぞれに天を仰ぎ、眉間を押さえた。

 いちどめの誘拐事件を解決に導いたのは、魔王(ユウェン)腹心(シュスラ)による絶妙な連携であったから。


(『奴』とは、おそらく――)


 サジェスが視線を投げかけるのは、渓谷を挟んだ対岸の町。

 やがて翼をはためかせた竜人の兵が飛んでくる。


 兵士は、エキドナの次の長となるべき青年イーサンと、彼の騎竜の不在を告げた。




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