結婚初夜
婚礼の儀をつつがなく終えた安堵感からか、あまりにも疲れ過ぎて、結婚初夜は爆睡した。
皇帝の逞しい腕に包まれながら眠るのはあまりにも至福だった。
まだ眠り足りないが、隣で眠る皇帝が起き出したようだ。
「……うー、あと五分。いや、有給使うわ」
エリザベートが寝惚けていると、皇帝が愛おしげに髪を撫でた。
「あ、う、え?」
咄嗟に跳ね起き、無防備な寝顔を晒してしまったの激しく後悔した。
よだれが垂れていないか気になり、さりげなく口元を隠した。
「君の寝顔があまりにも愛らしくてね。ずっと見ていたよ」
すでに軍服に着替えていた皇帝は後光が差すほど凛々しかった。
夜明け前の空はまだ暗く、白んでさえいなかった。
「今、何時?」
「朝の四時」
「いつもこんな早くに起きるの?」
「ああ」
「もう行ってしまわれるのね」
「もう行くよ、シシィ」
エリザベートが名残惜しそうに引き止めようとしたが、フランツ・ヨーゼフ皇帝はベッドで微睡んでいる皇妃の額に軽く接吻するなり、公務へ出かけていった。
後ろ髪を引かれるでもなく、颯爽と立ち去る背中が輝いて見えた。
「行ってらっしゃい、フランツィ」
エリザベートが照れ隠しのように言った。
皇帝が出勤してしまうと、心にぽっかりと穴が開いたように感じた。
「……一途なスパダリに愛される生活、ジ・エンド」
ちょっぴり物足りなさそうにエリザベートが呟いた。
宮廷の影が怪しく蠢き、エリザベートの頭を引っ叩いた。
たんなる影のくせに、脳天がぐらりと揺れた。
「ちょっ……、なんで物理攻撃できるのよ」
「これだけで満足なんですか。あり得ない。欲がないにもほどがある」
イルマはたいへんご立腹のようだが、正直なところ幸福感は最高潮なので、もうここらで十分な気がした。
「私が伴侶に求める条件、既婚者のくせに未婚を偽装していないことと、ぶち切れていきなり刺してこないことだけだもん。その点、皇帝は完璧。実に貴重なスパダリ体験でした。ありがとうございました。もう思い残すことはございません」
深々とお辞儀をすると、イルマにもう一度頭を引っ叩かれた。
「あ、り、え、な、い! 相手に求める条件低過ぎ。まだスタートラインに立っただけですよ。これからが本番じゃないですか」
「あー、うん。でも、後のイベントって暗殺されるだけでしょ」
「はい」
「正直、もう十分なんだけど」
「暗殺されない皇妃は皇妃ではありません」
「もう何度も言わんでいい」
皇妃オタクのイルマにとってはこれからが本番なのだろう。
しかし、幸福のピークはここだという確信があった。
「前世でやり残したこと、だいたい叶っちゃったんだよね」
「お次は楽しい宮廷生活です」
「ノリノリだね、イルマ」
まだ眠り足りないエリザベートは生あくびを噛み殺した。




