ロイヤル・ウェディング
ロイヤル・ウェディング当日。
ウィーン各地の教会や学校では午前中から祝福のミサが挙行され、劇場の記念公演や慈善団体の施しが祝祭ムードに華を添えた。
シュテファン大聖堂ではラウシャー大司教による荘厳なミサが催され、帝国政府やウィーン市の要人とともに多数の市民が参列した。祝賀のミサは市内の他の教会でも実施され、王宮内では新郎新婦と両家の親族が参加する内輪のミサが執り行われた。
皇帝と新皇妃の結婚式はホーフブルク王宮に近接するアウグスティーナ教会で催された。
この日、ウィーンは悪天候であった。それでも正午頃から民衆が教会の周辺に集まって人だかりとなり、道路の通行規制が敷かれた。
式の列席者である両家家族、皇族、列国の外交団、国内各地からの代表団、ウィーン市長、政府要人、軍人、女官の一同が教会に参集した。
式場内は無数のシャンデリアと一万本の蝋燭が光を灯し、壮麗な印象をもたらしている。
前方の身廊には赤い幕、床には赤絨毯が敷かれている。
中央の本祭壇にたくさんの花が飾られた。
ラウシャー大司教を筆頭に、七十人以上の聖職者が主役の登場を待ち構えていた。
姑ゾフィーと母ルドヴィカに寄り添われながら、新婦エリザベートが教会に入場した。
新婦は長裾のドレス、金銀で編まれギンバイカの装飾を施されたモアレ・アンティークのマントを身に纏っていた。頭上には姑のゾフィー大公妃が自身の結婚式の日に被った王冠が光り輝いている。
新婦の肩にはベールがなびき、胸元は鮮やかなバラの花束で美しく飾られていた。
入場する花嫁に寄り添うゾフィーとルドヴィカは、両者とも金を織り込んだ真紅の引裾 がついた白の衣装とダイヤモンドの冠を身に纏っていた。
トランペットとティンパニーが鳴り響く。新郎新婦はラウシャー大司教に迎えられ中央祭壇の近くへ進み、祈祷台で跪いて短く祈りを捧げた。
「神の御前に集いし皇帝フランツ・ヨーゼフ殿下、ならびにエリザベート殿下。そなたらは自由なる意思をもってここに立ち、互いを正当なる夫、正当なる妻として迎え、生涯にわたり、喜びの時も苦しみの時も健やかなる時も病める時も、変わることなき誠実と敬愛をもって結ばれることを全能の神とこの集われた証人たちの前に誓いますか」
「はい、誓います。私はエリザベートを正当なる妻として迎え、神の掟と教会の教えに従い、皇帝として、また夫として、誠実と慈しみをもって彼女を守り、生涯変わらぬ愛と忠誠を尽くすことを誓います」
「はい、誓います。私はフランツ・ヨーゼフを正当なる夫として受け入れ、神の御心に従い、喜びにおいても試練においても寄り添い、敬愛と真心をもって生涯を共に歩むことを誓います」
誓いの言葉の直後、金銀のトレイに載せられた結婚指輪が大司教によって聖別された。
指輪が交換された瞬間、最初の礼砲がウィーンの空に響き渡った。
深い祈りと宮廷合唱隊による賛歌の唱和の折、 二回目の礼砲が野外に響いた。
教会の外で待ちわびていた民衆は新しい皇妃の誕生を歓喜の声で迎えた。
新郎新婦は列席者の万歳の歓声に送られ、二人で寄り添いながら教会を後にした。
最後となる三回目の礼砲が市内に轟き、式の終わりを市民に告げた。
式を終え、王宮へ戻った後、新郎の皇帝は他国の外交団から挨拶を受けた。
新婦のエリザベートは外交団の夫人たちを歓待した。
宮殿の祝祭の間で、一万本の蝋燭の下で誓いを立てたばかりのエリザベートを待っていたのは、数千もの好奇の視線と厳格な宮廷儀礼であった。
彼女の美貌は、居並ぶ貴婦人たちの溜息を誘った。
しかし、エリザベートが手を差し出すたびに、儀礼に則った深い跪礼を捧げる夫人たちの視線は、鋭く彼女を値踏みしていた。
「お初にお目にかかります、皇后陛下。この良き日に我が国を代表してお祝い申し上げます」
幾人もの公使夫人が完璧な儀礼とともに慇懃な挨拶を述べる。
エリザベートは事前に姑ゾフィーから叩き込まれた通り、微笑みを絶やさず、短く、しかし気品ある言葉を返さねばならなかった。
「感謝いたします。皆様をお迎えでき、心から嬉しく思います」
その声はわずかに震えていた。自分の指先一つ、視線の配り方一つが帝国の威信に関わるという現実はあまりにも重かった。締め付けられたコルセットのせいで呼吸は浅く、胸元に飾られたバラの花束の香りが熱気とともに眩暈へと誘う。
不慣れな祝宴を中座したくて堪らなかった。
そろそろイルマから伝授された必殺技「気絶」を繰り出す頃合いだろうか。
エリザベートの忍耐はもはや限界に近付いていた。
ちらりと、姑の様子を盗み見た。
ゾフィー大公妃の鋭い眼光は、最後まで完璧な皇妃としての振る舞いをエリザベートに要求し続けていた。
「……この場で倒れたら、やっぱりまずいかな」
いちおうイルマにお伺いを立ててみるが、返事はなかった。
まだ婚礼を完遂していないうちに無様に倒れるのは許されることではないのだろう。
しかし、幾人もの貴族夫人と挨拶を交わすうち、視界が狭まってきた。
「あっ、もう無理……」
くらりと目眩がして、エリザベートはその場に崩れ落ちた。
「おっと、大丈夫かい」
ふと隣を見ると、フランツ・ヨーゼフ皇帝がさりげなく彼女を支えてくれていた。
「疲れただろう。少し休むかい」
「いえ、大丈夫です」
皇帝に気遣われ、不思議と気力が漲ってきた。
とにかく、この婚礼の儀式だけはなんとか乗り切らなくては。
窓の外では、悪天候を吹き飛ばすような祝賀の花火がウィーンの夜空を彩っている。
エリザベートは完璧な笑みを浮かべ、どうにか祝宴を気合で乗り切った。
ホーフブルク宮殿のホールにおけるレセプションが終了すると、姑ゾフィー主催の親族による夕食会が開かれ、晴れの日の行事がすべて終了した。




