皇妃漫才「宮廷おじさん」
女官たちが寝静まった深夜、エリザベートとイルマは唐突に漫才を始めた。
皇妃になるという覚悟を笑い飛ばすことにしたゆえのちょっとしたお遊びだ。
「わたし、結婚相談所で皇帝をお勧めされる役をやる。イルマは結構相談所で皇帝をお勧めする人をやって」
「わかったわ」
意外とノリのいいイルマは眼鏡をくいっと持ち上げる仕草をした。
「いらっしゃいませ、ハプスブルク結婚相談所へようこそ。お客様のご要望にぴったりの優良物件がございます」
「……優良物件? 条件は厳しいわよ」
「どうしても譲れない条件を教えてくださいませ」
「そりゃあ、もう一途なスパダリよ」
「スーパーダーリン。容姿、性格、経済力、家事力など、あらゆる面で完璧な理想の男性ということでございますね」
「そうそう」
「それでは、こちらの方はいかがでしょうか。実家は大変太く、現在も宮殿にお住まいです」
「……宮殿?」
「主なお住まいはオーストリアのウィーンにございまして、ホーフブルク宮殿とシェーンブルン宮殿の二拠点でお住まいになっておられます。シェーンブルン宮殿は1440室もございまして、およそ1000人もの侍従や使用人が働いております」
「実家が太いにも程があるわ。本気でかくれんぼしたら一生見つからんわ」
「たいへん庶民的な感想でございますね」
「……なにか?」
「いえ、お気になさらず」
イルマはこほんと咳払いした。
「たくさんの使用人がございますので、家事などまったく不要でございます」
「それはいいわね」
「宮殿生まれ、宮殿育ち、宮殿勤務のエリートでございまして、家柄は完璧と言っても過言ではないでしょう。また、語学も堪能でいらっしゃいます」
「職住近接にもほどがあるわ」
エリザベートは腕を組み、首を傾げた。
「いつまでも実家に寄生しているのを子供部屋おじさんと言うじゃない。それ、ただの宮殿おじさんじゃない? 大丈夫? 実家から自立できてないタイプじゃないの?」
「まだおじさんではありません。若干情緒が不安定なだけの青年です」
「フォローになってない」
「自立どころか、実家が帝国そのものでございます。職業は皇帝でございます」
「まあ、素敵。でもお堅い仕事なんじゃないの」
「激務でございます。朝四時に起床し、ひたすら書類に判を押すマシーンと化しております。趣味は狩りと皇妃(仮)を眺めること」
「重っ……」
「たいへんに一途な性格でございます」
「いやいや、ストーカー一歩手前じゃない。もっとこう共通の趣味とかないの? 私は乗馬と詩を書くのが好きなんだけど」
「ご成婚なさった場合、あなたの乗馬を双眼鏡で眺めるのが趣味となるでしょう」
「やっぱりストーカーじゃない。怖いんだけど」
「さらに、この物件には豪華な特典が付いております」
「……特典? 結納金とか?」
「いえ、最強の姑でございます」
「いらなーーい! 事故物件よ、それ。特典じゃなくて呪いの装備でしょ」
「お姑様は大変教育熱心で、あなたの靴の履き方から食事のマナー、子供の教育方針、さらには宮廷作法に至るまで、24時間体制で監視してくださいます」
「無理、無理、無理ぃ!」
「あ、逃げても無駄ですよ。彼は一途ですから」
「一途の意味、間違ってない?」
「あなたがハンガリーへ逃げようが、スイスへ逃げようが、旅先に熱烈なラブレターを送り続けます」
「手紙魔なの?」
「長所ですが、まず権力があります」
「うん」
「お金が腐るほどあります」
「うん」
「歴史に名を残します」
「それ、確定なの?」
「いずれ帝国は崩壊しますが、結婚生活に支障はございませんのでご安心を」
「すまん、支障ありまくりでは」
「短所は――」
「聞く前から嫌な予感しかしないんだけど」
「多忙です。常に忙しいです。国家が恋人です」
「本命が国家なら、皇妃はなんなの」
「お飾りです」
「もうちょっとオブラートに包もうよ」
「さらに親族が非常に多いです」
「それ、法事とか大変なやつ」
「そして何より」
イルマは声を潜め、真顔で言った。
「将来、愛人を持ちます」
「今までの条件、ぜんぶ台無し!」
「その代わり、あなたは皇妃になります」
「……肩書きで殴ってきた」
「しかも一生モノです」
「返品不可?」
「不可です。むしろ途中解約すると歴史に怒られます」
「クーリングオフ効かないの怖すぎるんだけど」
イルマは書類を畳む素振りをした。
「以上が当相談所イチオシの男性でございます。いかがでしょうか」
「もうそれでええわ」
エリザベートはベッドの上で足をバタつかせながら笑い転げた。
しかし、急に真顔になって天井を仰いだ。
「……ねえ、イルマ」
「はい、皇妃(仮)」
「漫才だと笑えるけど、これって私の運命なんだよね」
「左様でございます」
エリザベートは自分の細い指先を見つめた。
「私の前世はけっこう悲惨でさ。既婚者に騙されて、包丁で滅多刺しにされて終わる人生だったの。それに比べたら、夢みたいな気がするけど」
月明りに照らされたバルコニーにちらりと視線を向けた。
「結局、最後は刺されるんだよね」
「ええ」
「もう痛いのは嫌だな」
イルマは慰めるでもなく淡々と言った。
「暗殺者は歴史という名の巨大な歯車の一部として、あなたを永遠の皇妃という完成形に閉じ込めるために現れるのです。最高にロマンチックだと思いませんか」
「悲劇で終わるからこそ、歴史に刻まれたってこと?」
「そうです」
皇妃オタクには暗殺エンドは欠かすことのできない要素であるらしいが、歴史に疎いエリザベート・佐藤にはいまいち賛同しかねた。
「きちんと暗殺されるまでがお仕事です、か」
エリザベートは月明りを見上げながら、黄昏たように言った。
雲間に浮かぶ三日月が細く尖ったナイフのように見えた。




