契機
ルドルフの死の真相は、調べれば調べるほどに分からなくなった。
愛する女性――マリー・ヴェッツェラのために命を絶った心中事件。
世間はそのように解釈し、政治的な意味合いを見ようともしなかった。
ルドルフが信頼を寄せていたウィーンのジャーナリスト・ツェプスがエリザベートの聞き取りに応じた。
「あの事件はスキャンダルな情死などではありません。ルドルフ皇太子は政治的、外交的に鋭い洞察力をお持ちでした。あまりにも先見の明があり過ぎた。それゆえに保守的なフランツ・ヨーゼフ皇帝と衝突なさった」
ツェプスがきっぱりと言った。
「父との戦いに敗れての自殺――。私はそのように考えます」
「どういうこと? 順を追って説明してちょうだい」
政治情勢に疎いエリザベートにも分かるよう、ツェプスが噛み砕いた。
「現在のヨーロッパは、ドイツ、オーストリア=ハンガリー二重帝国、ロシア、フランス、イギリスの五大強国が覇権を争っています。自国の領土内に、ロシアを後ろ盾とするスラブ民族を多く抱えるオーストリアは、強大なロシアが東から攻撃してくるのを常に恐れております。ロシアに対抗するため、心ならずもドイツと親善外交を結んでいる」
――心ならずも。
どことなく、引っ掛かる物言いだった。
「フランツ・ヨーゼフ皇帝は保守的な親独派で、ドイツとの同盟を忠実に守っておられます。ルドルフ皇太子はドイツを信用しておりませんでした。いっそ不信と言っていい。ロシアと戦争になった場合、本当にドイツは我々の側につくのか。いざという時に自国を助けてくれるのか。裏切って見殺しにするのではないか、と」
そういえば、いつだったかルドルフが未来を暗示していた。
「ルドルフが言っていたわ。ハプスブルク家が滅びるとすれば、スラブ民族主義のためではなく、ドイツ民族主義によってでしょうね、と」
ツェプスが頷いた。
「ルドルフ皇太子は、フランスおよびロシアとの同盟に切り替えたいと考えておりました。従来の親独路線を180度転換する外交構想をお持ちでした」
親独派の守旧的な老皇帝、親仏派の革新的なルドルフ皇太子。
そのような構図がエリザベートにも理解できた。
「そういえば、政治的な暗殺説という噂もあったわね」
「それはなんとも……」
直接、マイアリングの現場に居合わせたわけではないツェプスが言葉を濁した。
あくまでも、引き金を引いたのはルドルフ自身。
おそらくはそういうことのようだ。
だが、解せない。
「暗殺ではなかった。つまり、そういうことね」
「はい」
ツェプスが続けて言った。
「反ドイツのルドルフ皇太子には個人攻撃がつきまといました。男子の後継ぎがいないことも槍玉にあげられました。皇太子を攻撃した急先鋒はドイツ民族主義者のゲオルグ・シェーネラーです。ハプスブルク家を痛烈に批判し、帝国の半分はハンガリーに委せ、西半分をドイツ帝国に合併するという極端な主張の持ち主です」
ルドルフは人知れずヒトラーの先駆者のような相手と戦っていた。
心身をすり減らす壮絶な戦いだったことだろう。
「ドイツで、シェーネラーの思想が異常膨張している。ルドルフ皇太子はそのような危機感を常に感じとっておりました。しかし、反ドイツ工作は父君に隠れてやらねばならない」
同情するでもなく、ひとつの事実としてツェプスが言った。
「ルドルフ皇太子は父君に対して尊敬と愛情をお持ちでした。しかし、父君に反対するような外交政策を水面下で進めている。自分のやっていることに間違いはないと確信してはいても、父に対する自責の念もあったことでしょう」
ルドルフは父を尊敬していた。
だが、思想的には相容れなかった。
「それだけで自ら命を絶ったというの?」
エリザベートが釈然としない面持ちで言った。
「ウィーンの首脳部は親独派ばかりで、ルドルフ皇太子の外交工作を皇帝に報告するのを避けていました。皇太子はユリウス・フェリックスという仮名で、政策の転換を呼びかける皇帝への公開質問状を自らお書きになりました。質問状はパリやベルリンで大きな話題となりましたが、ウィーンでは皇帝に見せないよう押さえ込んでしまった。皇太子も表向きは反ドイツ工作について、素知らぬふりをしていました」
ルドルフが仮名で記した質問状は、祖国愛に貫かれた切々とした名文であったという。
歴史的な回顧から現代政治の分析、打開策の提言も極めて的確だった。
ミッチー・ガスパールという愛人に溺れ、マリー・ヴェッツェラという若い女と心中を果たした恥ずべき醜聞とはまるで違う実像が見えてきた。
「ルドルフは未来が見え過ぎていたのね」
「はい。まさしく」
あまりにも先見の明があり過ぎたゆえの絶望。
あまりに有能過ぎたゆえの自死。
だが、その絶望に至るまでになにが直接の契機となったのだろう。
「申し訳ありません。死まで思い詰めていたとは思い至りもしませんでした」
ツェプスが深く頭を下げ、退室しようとした。
どことなく挙動不審な態度に、まだ肝心なことを隠しているような気がした。
「まだなにかあるのでしょう。すべて教えてちょうだい」
「これ以上は申し上げられません」
「いいの。あなたが知っていることを教えて」
エリザベートが促すと、ツェプスが静々と語り始めた。
「ウィーンの新聞に、ウィーンでは報じられていなかったルドルフ皇太子の構想が大きく報じられました。外国ではすでに知られていましたが、オーストリア=ハンガリー、フランス、ロシアの同盟構想案が大々的に報じられ、親仏派の旗振り役がルドルフ皇太子であると、はっきりと名指しされてしまった」
皇帝と皇太子、父と子の外交路線を巡るひそやかな対立があからさまな衝突となってしまった。
報道を知ることとなった皇帝にルドルフが呼びつけられた。
二人は長いこと、部屋から出てこなかった。
話の内容こそ外部に漏れていないが、二人の大激論は廊下まで聞こえるほどだった。
ルドルフは悄然として下を向き、ゆっくりと王宮の廊下を歩み去った。
「フランツ・ヨーゼフ皇帝は外交問題だけでなく女性問題に至るまで、ありとあらゆることを手厳しく批判し、後継者としての教訓を垂れたそうです」
翌日、ルドルフは歩兵軍総司令官として閲兵した。
皇帝から当てつけのような親書が届いた。
愛するルドルフよ。
今夜のドイツ大使館のパーティーには、プロイセン軍の最礼装で行くように。
そなたの父、皇帝フランツ・ヨーゼフ
ドイツ大使館に、ウィーンの外交官、政治家、名士たちが招待された。
ドイツとオーストリア=ハンガリー二重帝国の同盟の弛みを締め直すためだった。
しかし、反ドイツのルドルフには出席すること自体が苦痛であり、屈辱以外の何物でもなかった。身に付けさせられたプロイセンの最礼装を忌々しげに見つめた。
「この服は耐えきれなく重い。だが、皇帝がこれを着ていけとおっしゃったのでね」
パーティーにはステファニー妃も、心中相手のマリー・ヴェッツェラも出席していた。
フランツ・ヨーゼフ皇帝は出席者ひとりひとりと握手していったが、ルドルフにだけは手を差し伸べず、その前を通り過ぎた。
パーティーから戻ったルドルフは、王宮にツェプスを呼びつけた。
お仕着せの最礼装を叩きつけ、腹の底から叫んだ。
「皇帝は私を侮辱した。もはや私にはなんの義務もない。鎖から解放されたのだ。もう自由だ」
ツェプスからの聞き取りを終え、エリザベートはしばし絶句した。
ルドルフが父にだけ遺書を残さなかった理由が知れた。
知りたいことではあったが、知らないままでいれればよかった。
「話してくれてありがとう、ツェプス」
「皇帝にはお伝えするのでしょうか」
「いいえ。心の中に仕舞っておくわ」
フランツ・ヨーゼフ皇帝が息子のルドルフをどれだけ愛していたか知っている。
やり方を間違ったとはいえ、皇帝なりに信ずる道へと正そうとした。
未来が見えていなかった皇帝と、未来が見え過ぎていた皇太子。
もうこれ以上に聞き取りを続ける理由はどこにもなかった。
聞き取りの間中、イルマは黙ったままで「納得しましたか」などと聞きもしない。
ツェプスが退室した後、エリザベートは長椅子に倒れ込んだ。
打ちのめされて、しばらく起き上がれそうにない。
「……もう十分よ」
影の女官イルマが皇妃の個人年表の空白にチェックを書き加えた。
エリザベート(1837―1898)
☑始点:皇帝フランツ・ヨーゼフと結婚(1854)
☑ :第一子ゾフィー(1855―1857)
☑ :第二子ギーゼラ(1856―)
☑ :第三子ルドルフ(1858―1889)
☑ :妥協(1867)
☑ :第四子マリー・ヴァレリー(1868―)
☑ :マイアリング事件(1889)
☐終点:暗殺(1898年9月10日)




