世紀の一目惚れ
母ルトヴィカ、姉ヘレーネとともにミュンヘンを発ち、避暑地であるバート・イシュルを訪れた。アルプスの湖水地方ザルツカンマーグートに輝く宝石のような街並みに、思わず目を奪われた。
「日本でいうと、軽井沢みたいなもの?」
「まあ、そんなところじゃないですか」
エリザベートは小声で、影のように付き従うイルマに話しかけた。
ぶつぶつ謎めいた言語を呟いているからか、姉のヘレーネが怪訝な顔をした。
エリザベート以外の誰にもイルマの姿は見えていないようだ。
「さっきから何と話しているの、シシィ」
「気にしないでください。ただの独り言なので」
「おかしな子ね」
バイエルン家が喪中であったため、三人とも喪服であった。
身支度が整わず、ほとんど着の身着のまま墺皇帝とのお茶会の席に着いた。
表情は険しいが、姉のヘレーネも相当の美人だった。
なにより、姉妹の顔立ちがそっくりだった。
十九歳のヘレーネ、十五歳のエリザベート。
妹はただの付き添いで、のっけから物見遊山の気分だったが、両家顔合わせの際、「影の皇后」ゾフィー大公妃にぴしゃりと言われた。
「あなたには用はないの、田舎娘。庭で適当に遊んでいらっしゃい」
庭に放り出されたエリザベートは怒り心頭だった。
ゾフィー大公妃の見下したような陰険な顔つきがどうにも憎らしかった。
「……は? なに、あれ。クソむかつく」
「宮廷内のただ一人の本物の男と称されるお方ですからね」
影に徹しているイルマ・シュターライが訳知り顔で言った。
傍から見れば、エリザベートは木陰で独り言を呟いているように見えただろう。
あるいは人の目に見えぬ妖精に向かって話しかけているかのようだった。
「シシィは山猿も同然ですから、そこらを走り回ってきたらどうですか」
「その口の利き方、どうなの」
やんわり釘を刺すと、イルマが口調を改めた。
「訂正いたします。天真爛漫な野生児です」
行儀が良く、性格も温和で、花嫁修業に必要な教養も備えた長女のヘレーネと違い、次女のエリザベートは池で泳いだり、裸足で駆け回ったりする野生児であったという。
会場は、皇帝一家が夏の住居としていたトラウン河沿いのヴィラだった。
お茶会には、二日後に二十三歳の誕生日を迎えるフランツ・ヨーゼフの姿があった。
十八歳で即位し、ハプスブルク家の若き皇帝となったフランツとは従兄弟の関係に当たるらしい。フランツは端正な顔立ちをした美青年だった。
「なんか、すごくチラチラ見られてた気がするんだけど」
立場上、エリザベートは関心を持たれるような存在ではない。
社交界に慣れさせるため、ヘレーネと一緒に連れてこられただけの添え物である。
「予備知識がないというのは罪深いですね」
エリザベートの影がひとりでに動き、やれやれ、とでも言いたげなポーズをした。
「……なによ?」
「フランツとは、シシィが十一歳の時にも会っていますよ。山猿がずいぶん美しくなったな、と見惚れていたんじゃないですか」
「ああ、そう」
だが、フランツ・ヨーゼフの見合い相手は姉のヘレーネだ。
どだい好意を向ける相手が間違っている。
「人間関係が複雑で、いまいち分からないんだけど。ちょっと整理してくれない」
「了解しました」
イルマ・シュターライがつらつらと解説を始めた。
「エリザベートの父・バイエルン公マクシミリアンはバイエルン王家の傍流ですが、母のルドヴィカはバイエルン王マクシミリアン1世の娘で、バイエルン王家の主流です。父は傍流、母は主流と覚えておいてください」
「……ふむ」
「ルドヴィカの姉がゾフィーで、エリザベートから見ると、実の伯母」
父は傍流、母は主流、伯母は影の皇后。
「父の家庭内ヒエラルキー、だいぶ最悪ということね」
とりあえず、それだけは理解した。
「バイエルン王家の本家と分家の結びつきを保つため、王家支族のマックス公爵と婚約させられたルドヴィカは嫌々ながら、その役目を引き受けさせられた。婚礼の最中、ブーケ・トスの際に呪いの言葉を吐いている」
「ほう……」
「この結婚から生まれ出るものは全て、ひとつ残らず神の恵みにあずかりませんように」
「それ、だいぶヤバいのでは?」
イルマはなんとも答えず、続けざまに言った。
「マクシミリアンとルドヴィカは十人の子供をもうけたけれど、たっぷり遺産を相続した公爵は遊び暮らすばかりで、ほとんど家庭内別居のような生活でした。夫が型破りな遊び人だったから、ルドヴィカは子供たちへの責任と愛情を一身に背負った」
遊び人の父、十人の子持ちの母、実質的に破綻した夫婦生活。
本家と分家という関係性も加味すると、母の苦労が偲ばれた。
「山猿の起源がこの父親です」
「というと?」
「マクシミリアンは宮廷の格式ばったしきたりを嫌って、一家で田舎で暮らしました。娘のエリザベートを連れて旅や狩に出かけ、詩作や弦楽器の演奏、作曲を趣味にしています」
遊び人の父に影響を受けて育った野生児――エリザベート。
傍流を毛嫌いする母に目をかけられていたとは思えない。
「ルドヴィカは甥のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフが結婚相手を探していると聞き、バイエルン公一家が欧州王家の閨閥と結びつくチャンスだと考えた。皇帝の母である姉のゾフィー大公妃と一緒になって、長女ヘレーネを皇帝の妻に選ばせようと縁談をお膳立てしたのです」
説明を聞くうち、おおよその状況が飲み込めた。
「なるほど。姉のお見合いに山猿は邪魔ということね」
あなたに用はないの、と邪険にされた真意がようやく腑に落ちた。
邪魔立てしないにしても、姉の引き立て役がせいぜいだ。
だが、ちょっと待て。
エリザベートはハプスブルク家最後の皇妃のはずだ。
皇帝と結婚しなければ皇妃にはなれない。
「……どういうこと? おかしくない?」
エリザベートが首を捻ると、すぐ目の前にフランツ・ヨーゼフの顔があった。
「やあ、シシィ。誰と喋っているんだい?」
イルマ・シュターライは誰の目にも見えない存在なのだろう。
庭に出たきり、エリザベートは樹に向かって延々と喋っているように見える。
急に気恥ずかしくなって、皇帝の顔を直視できなかった。
「イルマ……じゃなくて。妖精と……ちょっとお話を」
「なかなか面白いね。おいで、一緒にお茶をしよう」
邪魔者だったはずのエリザベートがお茶会の席に戻ると、どうにも姉の態度がぎこちなかった。伯母からは「どうして戻って来たのよ」という圧力をひしひしと感じた。
なんとも言えない居心地の悪さに、思わず席を立ちたくなった。
若き皇帝は姉のことなどそっちのけで、熱心にエリザベートばかりを見つめた。
意味が分からない。
「……ねえ。これ、ヘレーネのお見合いのはずでしょ」
口元を隠し、影の存在に助けを求めるが、返答は禅問答のようだった。
「予備知識がないというのは罪深いですね」
凍りつくお茶会の席は地獄のような空気だった。
誰もが口を噤むなか、若き皇帝がおもむろに宣言した。
「私はシシィに心を撃ち抜かれてしまった。一目惚れしてしまったようだ」
あまりに一途な視線に焦がされそうになるが、状況は最悪だった。
姉のヘレーネは心をどこかに置き忘れてしまったかのように放心している。
縁談の席を設け、着々と外堀を埋めていた母と伯母は皇帝の不規則発言にすべてを引っ繰り返されてしまった。突き刺すような視線の意味はさすがに分かる。
あまりにも当惑したせいか、深層に沈んでいた佐藤の意識がむくむくと先鋭になった。
これ、知ってるぞ。
まったく好かれようとしていない相手だからと自然体で接して、かえって好意を持たれるやつだ。たしかに一途なスパダリに愛されたかったと願いはしたが、シチュエーションはこれ以上もなく最悪だった。
「ごめん。一目惚れする伏線、どこにあった?」
心の中で、皇妃オタクに解説をお願いした。
推しの人生を特等席で眺めている影はぐふぐふと気色の悪い笑みを湛えた。
「過度の緊張から表情に乏しい姉。妖精さんとお話している天真爛漫で愛くるしい妹。どっちを好きになりますか」
「……天真爛漫?」
天真爛漫というより奇行だろ、と思うが、皇妃オタクの贔屓が凄まじかった。
「……じ」
「事案じゃないですからね。ここは現代日本ではありません。二十三歳の青年が十五歳の少女と結婚するのはごくごく普通のことです」
「なぜ私の考えていることが分かる? 怖いんですけど」
「私と皇妃は表裏一体ですから」
イルマ・シュターライがふふんと勝ち誇った。
「ねえ、エリザベートってほんとうに六十歳まで生きるの? ヘレーネに刺されて、十五歳で死んだりしない?」
今にも銀製のナイフでぐさりと刺されやしないかと冷や冷やする。
「大丈夫ですよ。ヘレーネには刺されません」
「ヘレーネには?」
「……おっと。うっかり」
ということは、暗殺される運命のエリザベートの死因は刺殺なのだ。
「もしかして身内に刺されるの? 母? それとも伯母?」
「ご安心を。身内にも刺されません」
「私、ネタバレとかぜんぜんオッケー派。せめて誰に刺されるか教えてよ」
「知らない方が楽しいじゃないですか」
皇帝に一目惚れされたという事実がどうにも受け入れられなかった。
皇妃の影は十九歳の本命と十五歳の付き添いを見比べた皇帝の本音を代弁した。
「ぼくちゃん、妹の方がいい。つまり、そういうことですよ」
「……うわっ。サイテー」
――私はシシィに心を撃ち抜かれてしまった。一目惚れしてしまったようだ。
――ぼくちゃん、あっちの方がいい。
字幕にどちらの翻訳が乗るかで、皇帝の印象は天と地の差がある。
控えめに言って、イルマの翻訳センスは最低であった。
イルマ翻訳にかかると、一途なスパダリ発言が台無しだ。
目の前に本命がいるというのに、お付きに色目を使う浮気野郎ではないか。
「そもそもヘレーネは本命ではなかったんですよ。縁談の相手としては二番手ぐらい」
「……余計な補足要らん」
一途に愛されたくはあったが、実の姉が受けるべき愛を横取りしたいわけではない。
愛を盗まれた側の気持ちならば、前世で痛いほどに知っている。
それは一生の恨みどころか、死んですらも晴れない呪いになる。
だから、この一目惚れは到底受け入れられない。
「……帰る」
エリザベート・佐藤はお茶会を中座し、ヴィラの外へ飛び出していった。
相棒のように付き従う影がくつくつと笑みを漏らした。
「いやあ、宮廷のお作法をガン無視ですね。さすがは山猿」
「宮廷作法? 知らん、そんなもん」
はて、衝動的に飛び出してはみたものの、行く当てなどなかった。
幾体もの天使像が横たわる噴水の近くで立ち往生した。
「ねえ、この辺にビジネスホテルとかない? それか、せめて満喫」
「あるわけないじゃないですか」
「じゃあ、どこで一夜を過ごせばいいのよ。ひょっとして野宿?」
整然と手入れされた皇帝の庭園でうろうろしていると、息せき切ってヘレーネが追いかけてきた。追いかけてきたのが皇帝でなかったことに安堵しつつ、いくらか失望した。
「……シシィ」
お互い、どんな顔をして向かい合えばいいのか分からなかった。
あったのは最低限の意思疎通だけだった。
「戻ろう、シシィ」
「うん」
手を引かれるがまま、皇帝の待つヴィラへ戻った。
母と姉が寝静まっても、エリザベートはまだ眠れずにいた。
英気に溢れた美青年フランツ・ヨーゼフに見初められたことはこの上もない名誉だった。しかしながら、迫りくる皇妃としての人生は、まだあどけなさの残るエリザベートにとっては不安と恐怖でしかなかった。
「……不安と恐怖ねえ。ふーん」
皇妃オタクによる心情解説に続いて、唐突にセリフのレッスンが始まった。
ベッドに泣き伏して、「このように言え」と強要された。
「皇帝のことは慕っております。でも、あの方が私のことを想ってくれる、というのが分からないの。こんなに若くて至らない娘なのに。皇帝が幸せになるよう何でもするつもりよ。でも本当にうまくいくのかしら。ああ、あの方が皇帝でさえなければ……」
皇妃オタクが勝手に盛り上がっているが、肝心のエリザベート・佐藤は冷ややかだった。
「現代日本でやさぐれた佐藤の魂にそんな純真さがあるとでも?」
「悲しいから泣くんじゃないの。泣くから悲しいの。さあ、恥ずかしがらずに。プリーズ、アフター、ミー。ああ、あの方が皇帝でさえなければ……」
イルマ・シュターライの演技指導に熱が入る。
「ひょっとして、イルマのお気に入りのシーンなの?」
答えはなく、「さあ、言って」と深夜に繰り返し台詞を練習させられた。
エリザベートは渋々、棒読みで言った。
「ああ、あの方が皇帝でさえなければ……」
翌晩、舞踏会でフランツ・ヨーゼフ皇帝に花束を渡された。
エリザベートは最後のダンスの相手に選ばれ、宮中が騒めいた。
皇帝の選択は誰の目にも明らかだった。
まるで公開プロポーズであったが、選ばれなかった姉のことばかりが気になった。
「……展開早すぎん?」
ピンク色の華やかなドレスに身を包んだエリザベートは皇帝に寄り添われ、踊った。
自身の影を踏みつけるようにして、エリザベート・佐藤はステップを踏んだ。
騒めきに混じって、ついつい悪態をついてしまった。
「見た目が良いと、人生チョロいな」
「ガワ言うな」
皇妃オタクの影が即座に突っ込んできた。
「ガワはエリザベートでも、中身佐藤やぞ」
運動神経抜群の肉体ゆえ、エリザベートはさしたる苦労もなく優雅に踊れた。
舞踏会に出席した貴族達から羨望の眼差しを注がれたが、名もなき佐藤がエリザベートの着ぐるみを着て踊っているようなものだ。
お茶会で一目惚れされ、翌日の舞踏会で公開プロポーズ。
皇帝陛下におかれましては、「待て。早まるな」と申し上げたい。
どうにも皇帝はエリザベートの母ルドヴィカにこんなことを言ったらしい。
「シシィはあまりにも魅力的で、新鮮なアーモンドのようだ」
ルドヴィカはなんとかヘレーネを選ぶよう説得したようだが、皇帝の心はちっとも変わらなかったようだ。
「彼女を一目見て、愛さずにはいられようか」
まあ、なんと一途ですこと。
「生のアーモンドってさ。褒めてるの、それ」
「そのまま食べると消化不良を起こすことがあるので、軽く素焼きするか、水に浸してから食べるのがおススメです」
エリザベートの影となって寄り添うイルマ・シュターライがどうでもよさそうに応じた。
「つまり、どういうこと?」
「そのままは食べられないってことですよ」
「中身佐藤だもんな」
「喋ってないで、ダンスに集中してください」
「はいはい。集中、集中」
着飾った貴族たちが集う舞踏会はあまりにも気詰まりだった。
なにもかもが華やかで、この世のものと思えぬぐらいの豪華な空間に圧倒された。
ちょっとくらい憎まれ口を叩いていないと、正気を失ってしまいそうだった。
「お疲れでしたら、くらりとよろめいて倒れられるのがお勧めです」
「そんなことしていいの?」
「気乗りしない公務の際、皇妃はそのようにいたしました。皇妃の得意技です」
「へえ、そうなんだ」
良いことを聞いたが、しかしこの場でわざと倒れるのは慎んだ。
微笑しながら踊る皇帝があまりに眩しくて、中座するのが憚られたから。
軽やかなステップを踏みながら、エリザベート・佐藤は小声で呟いた。
「花を渡されて踊ってるだけでしょ。いくらなんでも騒ぎ過ぎじゃない?」
「皇帝が舞踏会で花束を渡すという行為は、当時の社交界では実質的な婚約発表を意味します」
「……マジで?」
姉ヘレーネの引き立て役のはずが、期せずして皇帝の心を射止めてしまった。
若き皇帝の一目惚れは、一見するとロマンチックだが、当時の宮廷のルールを根底から破壊する大スキャンダルであった。
踊りよりも何よりも、気がかりなのは姉だった。
華やかな舞踏会のなか、姉のヘレーネは完全に壁の花と化していた。
煌めくシャンデリアの光も、靴音の反響も、華やいだ何もかもが姉の心を搔き乱すだろう。
皇帝と躍る最中、一瞬だけ姉と視線がかち合った。
恨むでもないその目がはっきりと本心を語っていた。
――どうして私じゃなくて、あなたなの。
気乗りしない時は倒れる。
イルマからなかなか素敵なライフハックを伝授されたが、たった今、姉こそが使うべきなのではないだろうか。
それとも、周到な縁談計画をぶち壊された母のルドヴィカが倒れるべきか。
躾けのされていない山猿を排除したい伯母のゾフィーこそが倒れるべきか。
「ちょっと気絶してもいいかな」
「駄目です」
おずおずと申し出てみたが、イルマにきっぱりと否定された。
「これ、皇妃ルート一直線ってこと?」
「ええ。きちんと暗殺されるまでがお仕事です」
イルマは表情ひとつ変えず、真顔で言い切った。
「……え、なにそれ。怖い」
エリザベートが恐れてもどこ吹く風だった。
「ふつう、暗殺を避けたりするものじゃないの?」
「暗殺されない皇妃は皇妃ではありません」
皇妃オタクのイルマが傍にいる限り、史実にそぐわないのはご法度であるようだ。
「暗殺を避けられないのではなく、避けるつもりはない。つまり、そういうこと?」
「左様です」
イルマ・シュターライが静かに頷いた。
「暗殺を避けようと思えば避けれますよ。暗殺場所に行かなければいいだけなので」
「じゃあ、行かなければいいのでは?」
理解の浅いエリザベート・佐藤を嘲笑するかのようにイルマが言った。
「ですから、暗殺されない皇妃はもはや皇妃ではないのです」
「暗殺されなければ、正しい皇妃ではないということ?」
「そうですね」
イルマはある種の職業倫理によって、皇妃の暗殺を不可避と捉えているようだ。
歴史的には有名な事実なようだが、残念なことにその顛末を知らない。
事実を知っていたら、対策のしようもあっただろうに。
エリザベート・佐藤は達観したように呟いた。
「予備知識がないというのは罪深いね」
「ええ、まさしく」
エリザベートはそれとなく探るような視線を向けた。
「皇妃が歴史的事実に反するような行動をしちゃったらどうなるの?」
「終わりです」
ばっさりと断罪するかのような言い草に肝が冷えた。
「……え?」
「皇妃らしからぬ言動はまだ許容範囲ですが、皇帝と結婚なさらないこと、暗殺されないこと、この二点だけは決して許されません」
お転婆で、宮廷嫌いの皇妃という人物像から、ある程度の不規則発言は許される。
しかし、皇帝に見初められ、暗殺で終わる物語は揺らがない。
物語の始点と終点はどうあっても動かしてはならないことであるらしい。
「終わるって、どういう意味……」
「そのままの意味です」
「消されるってこと?」
皇妃の影と化したイルマから、それっきり返答はなかった。
エリザベートはくらりとよろめいて、その場に昏倒した。
舞踏会場が騒然となるが、壁の花と化していたヘレーネの表情がちらりと見えた。
口の端がわずかに綻んでいた。
ほんの少しばかり、留飲を下げたようだった。




