念願の皇太子
第三子を身籠ったエリザベートは念願の皇太子を産んだ。
宮廷の喜びようは尋常ではなく、フランツ・ヨーゼフ皇帝も大喜びだった。
「でかした、エリザベート! これでハプスブルク家も安泰だ」
「う、うん。それでこの子の名前は?」
エリザベートを力いっぱいに抱擁し、皇帝が勢い込んで言った。
「ルドルフだ」
「……なぜにルドルフ?」
「ハプスブルク家から初めて神聖ローマ皇帝となったルドルフ1世からいただいた名だよ。中世の大空位時代を終わらせたハプスブルク家の始祖だ」
栄光のハプスブルク家の礎を築いた創始者の名を継ぐ帝国の希望。
初代ルドルフのように、揺らぐ帝国を再び強大に導いてほしい、という凄まじい期待が込められていた。
長女ゾフィーは「姑への敬意」、次女ギーゼラは「平和の保証」であったのに対し、待望の長男ルドルフにはハプスブルク王朝の「原点回帰」という意味合いがあった。
エリザベートはまたしても生まれたばかりの子を抱かせてもらえなかった。
ゾフィー大公妃がルドルフを強引に取り上げてしまった。
「この子はハプスブルクの誇りです。間違っても、あなたのような山猿に育てさせるわけにはいきません」
次女ギーゼラの出産の時にも増して、強硬な態度だった。
生まれながらにして王朝の象徴の名を賜った皇太子には、エリザベートを一歩たりとも近付けたくないのだろう。エリザベートもとっくに立場はわきまえていた。
「母上が立派な軍人になるよう育ててくださる。なにも心配はいらないよ」
皇帝は喜びのあまり、エリザベートが気落ちしているのを見落としていた。
「キラキラネームの対極にあるゴリゴリの伝統名ということね。幕末の混乱期に生まれた子供に家康って付けるようなもの?」
喜びが爆発した宮廷の蚊帳の外に置かれたエリザベートがぼやいた。
「いくらなんでも親の期待が重過ぎるんじゃないの」
一抹の不安を口にしたところ、イルマが不吉な予言をした。
「初代ルドルフはハプスブルク王朝を始めましたが、このルドルフは王朝を終わらせるかもしれませんね」
「なに、それ。どういうこと?」
またしてもイルマは伝家の宝刀のようにお決まりの台詞を口にした。
「予備知識がないというのは罪なものですね」




