最高潮予告
エステルハージ女官長は懲りもせず、エリザベートの月経周期を嗅ぎ回っていた。
最早ウィーンに嫁いできたばかりの小娘ではない。もう二十歳の淑女であるが、皇太子を産むまではいつまでも嗅ぎ回られるのだろう。それでなくともエリザベートは宮中のあらゆることにフラストレーションを募らせていた。
お気に入りのハンガリー人女性を女官として採用することさえままならない。
次女の養育はおろか、面会さえも許されなかった。
おかげでハンガリー語だけがめきめきと上達した。
イーダの教えが良いのか、読み書きも発音もだいぶこなれてきた。エリザベートは秘密の言葉であるハンガリー語も交えて、堂々とイルマに愚痴をこぼした。
「よくワンオペ育児でもう限界ってよく言うじゃない。でも子育てを完全に外部委託できたらノーストレスかというと、そうでもないわね」
イルマが皮肉めいた口調で言った。
「一途なスパダリに愛されてご満足では?」
「私はひとつ学んだわ。スパダリにあってはならない属性――マザコン」
エリザベートが突き放すように言った。
「男なんて永遠にマザコンですよ。ママに僕ちゃんを守ってほしいというのが悪のマザコン、ママは僕ちゃんが守るというのが善のマザコン。異論は認めません」
「……お、おう」
イルマが強火のマザコン論を展開した。
「マザコンにも善と悪があるのね。知らんかった」
「勉強になりましたか」
「ハンガリー語でマザコンってなんて言うの?」
「イーダに習ったらいいんじゃないですか」
影の存在であるイルマは非公式な側近イルマにやきもちを焼いているのだろうか。
「どうしたの、イルマ。意外と可愛げがあるじゃない」
「知らなかったんですか。私は可愛げの塊です」
「暗殺エンドを避けようともしないのに?」
「皇妃が皇妃たる所以です」
「ははっ、強火の皇妃オタク過ぎ」
宮中のことごとくにストレスを感じたが、イルマと話すのがちょうどよい捌け口となった。鏡面に向かって秘密の言葉でぶつぶつ呟いているエリザベートを女官たちは見て見ぬふりをした。どんな噂を立てられようが、どうだってよかった。
「ここまでの人生は史実通りなの?」
「イーダに出会うのが早過ぎたり、ちょいちょい時系列におかしな部分が散見されますが、些末なことです。大筋オッケーです」
エリザベートは同情めいた口振りで言った。
「歴史上のエリザベートも長女を亡くしてるのか。なかなかハードな人生ね」
「当事者らしからぬ冷めた意見ですね」
「肉体をお借りしてるだけで、ある程度は客観視できちゃうからさ」
イルマが映画の予告編のような口振りで言った。
「悲劇の度合いで言えば、最高潮はもう少し先ですよ」
「な、なに? 何が起こるの? 暗殺よりヤバいこと?」
エリザベートがごくりと唾を飲み込む。
案の定、予告するだけ予告してはぐらかされた。
「予備知識がないというのは罪深いですね」
「また、それ。私はネタバレOK派だっての」
「私がネタバレNG派ですから」
「そのうち、長女が亡くなるよりもっと酷い悲劇があるってことでしょう。それもネタバレの一種じゃないの」
エリザベートが突っ込むと、イルマが楽しげに言った。
「勘のいい皇妃は嫌いだよ」




