謝肉祭
謝肉祭は、身分が溶ける夜だった。
舞踏会の参加者は皆、豪華な衣装と仮面を身に付けている。この日ばかりは貴族も平民もなく、仮面を付けることで身分を隠し、誰もが平等に楽しんだ。
生来の美貌のせいか、エリザベートは仮面を付けていてさえも存在感が際立っていた。
女官の採用候補リストの末尾にあったイーダ・フェレンツィのことは目星を付けていた。
黒い仮面を付けた茶色い髪の少女は、どこか場違いな様子でうろうろしていた。
「……イーダ」
呼びかけるでもなく囁く。
イーダは声の主を探すように視線を巡らせた。
エリザベートは覚えたばかりのハンガリー語で話しかけた。
「Le… legyél…… a……」
舌がもつれる。
母語ではない音が口の中で居場所を探している。
「……barátom」
イーダ・フェレンツィが硬直した。
仮面の下で深く息を吸う気配がした。
「皇后陛下……」
仮面を付けたエリザベートは口元に手を添えた。
「今日は誰でもない。私の発音、どうだったかしら」
「発音は正直に申し上げますと」
「ひどい?」
「ええ」
ハンガリー語で、「私と友達になって」。
イーダ・フェレンツィが上気したように言った。
「ハンガリー語で友達になってほしいと言われたのは初めてです」
「お断りかしら」
「いえ」
周囲の喧騒をよそに、イーダが完璧な発音で言った。
「……Légy a barátom」
仮面を付けたままだが、互いに微笑んでいるのがよく分かった。
宮廷はどこもかしこも監視の目があった。
久しぶりに、気の置けない会話をしたような気がした。




