第四話 時を鳴く小鳥
なぜ、ここに来たのか
老婦人には、わからなかった
病院からの帰り
今日はご親族の方と来院くださいと言われ
それでも
ひとりで行った
いつもなら
タクシーで帰るのに
呼ぶことすら忘れて
歩き出していた
ここへ来るのは
あたりまえだと思っている自分が居る
「これがお望みかね」
店主がぽつりと言った
店主の横の鳥かごにはいった
1羽の小鳥が目に入った
「いいや
あたしは飼うことができないのさ」
そっけないようでいて
声は震えていた
「なるほど
あんたには
こちらがよさそうだ」
店主は
小さな小鳥をとりだした
「だから
あたしには--」
「これは生きもんじゃあない」
「えっ」
「よくできているが
つくりもんさ」
老婦人は震える手でその小鳥に触れた
真鍮とガラスでできた
一羽のゼンマイ仕掛けの小鳥
「こいつは・・・
少しだけ違う」
ゼンマイを巻くと
かすかに歯車が噛み合う
「チクタク」という音が鳴る
店主の説明を聞いた老婦人は
その小鳥を買った
それほど時を置かずに
老婦人は
亡くなった
誰にも看取られることなく
私財も引き取り手もなく
そのまま処分されることになった
主を失ったその部屋からは
すでに家具も絨毯も運び出されていた。
ガランとした空間の
窓辺に残された小さな木箱の上。
そこに、ゼンマイ仕掛けの小鳥は
ぽつんと置かれていた
誰かが最後に巻いたゼンマイが
チク、タク、と微かな金属音を立てていた。
やがて、精巧に作られた小さな嘴が開く
そこからこぼれ落ちたのは
鳥のさえずりではなかった。
『あの日ね、川沿いを一緒に歩いたの。とてもいいお天気で……』
それは、もうこの世にはいない老婦人の
かすれがちだけれど
世界で一番幸せそうな声だった。
空っぽの部屋に
温かい記憶の断片だけが
ただ一人静かに響き続けていた。




