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短編集 小鳥  作者: 水翔
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第二話 記憶を食む小鳥

青年は、小鳥を手放そうとしていた。


鳥かごの扉は、すでに開いている。

あとは、この小さな生き物を外へ出すだけだった。


だが、小鳥は動かなかった。


青年の手の中で、じっとこちらを見つめている。


「……いってくれ」


その声は、自分でも驚くほど、弱かった。


青年は、孤独だった。

それが当たり前だった頃は、苦しくもなかった。


だが、人と関わり、大切な時間を知ってしまったあとでは、その不在は、痛みになった。


忘れてしまえたなら、どれほど楽だろう。

そう思ったことが、何度もあった


――その店に入ったのは、そんな日のことだった。


書店のようでもあり、雑貨店のようでもあり、どこか生き物の気配が漂う不思議な店。

奥に座る店主の頭上に、小さな鳥かごが吊られていた。


中で、小鳥がこちらを見ていた。

「そいつが気になるかね」

不意に声をかけられ、青年は肩を震わせた。

「鳥なんて、飼う余裕はない」

吐き捨てるように言った。


そのとき、小鳥が、かすかに鳴いた。

――ふっと、胸の奥が軽くなる。


「……それはな、言葉を食べる鳥だ」

店主が、面白そうに言った。


「人が吐き出したものを、な」

気づけば、青年はうなずいていた。


それから、青年は眠れるようになった。


夜ごと、小鳥に話した。

胸の奥に溜まっていた言葉を、ひとつ残らず。

小鳥は、嬉しそうに口を開き、それを受け取る。

そして鳴く。


すると、言葉だけでなく、そのときの感情ごと、すっと消えていくのだった。


痛みは消えた。

苦しさも消えた。

夜は静かになった。


だが、ある日。

「最近、あいつ元気か?」

友人の何気ない問いに、青年は答えられなかった。

「あいつ?」

名前を聞いても、何も思い出せない。

同じことが、何度も起こった。


気づく。


それはすべて、小鳥に話した記憶だった。


青年は、小鳥を見つめた。


無垢な目が、まっすぐにこちらを見返している。

「……お前は」

言葉が、続かなかった。


「それを失ったら……俺は、楽になれるのか」

小鳥は、静かに首をかしげた。


青年は、ゆっくりと鳥かごを開けた。

「いってくれ」

手のひらを差し出す。

「全部、持っていっていい」


小鳥は、しばらく動かなかった。

だがやがて、小さく羽ばたき、空へと飛び立った。


部屋は、しんと静まり返る。

何かが、決定的に消えていた。

けれど、それが何だったのか、青年にはもうわからなかった。


ただ。

理由もわからないまま、涙だけが、頬を伝っていた。

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