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短編集 小鳥  作者: 水翔
10/11

第9話 ひとりの夜は、読んではいけない

この作品は、詩集「ひとりの夜は、読んではいけないポエム」に掲載している物語ですが、小鳥をテーマにしているのでこちらにも掲載することにしました。

 言い古されたことだが

 逢魔が時は

 不思議なことが起こる


 私が、その店に迷い込んだのも

 そのせいかもしれない


 書店のようでもあり、雑貨店のようでもあり、どこか生き物の気配が漂う不思議な店。


 店主は一冊の本を

 手にしていた。


 「おまえさんに必要なのは

  これじゃろ」

 

 気がつけば、私はうなづいていた。


 それは古びた詩集だった。

 その帯には、ひどく掠れた文字でこう書かれていた。

 『ひとりの夜は、読んではいけない』と。

 続けて、小さくこう記されている。

 『――隠していた自分の孤独がまじりあって形を持ってしまうから』


 私は手元のマグカップから立ち昇る湯気越しに、その言葉を指先でなぞった。

 時計の針は午前二時。

 窓の外では優しい雨が静かにアスファルトを濡らしている。


 吸い寄せられるように表紙を開くと、ページに印刷された黒いインクがふわりと滲み出した。

 インクは宙で渦を巻き、やがて私の孤独と混じり合い、一羽の黒い小鳥の形を成して羽ばたいた。

 小鳥は、私がずっと口にできなかった痛みを、モノローグのように歌い始めた。


  そっとにぎりしめる

  手

  

  無慈悲にはらいのける

  手


  かけよる

  足

  

  かけ去っていく

  足


  「あいしてる」

  告げる唇


  「さよなら」

  ふるえる唇


  そして

  また・・・


 小鳥の美しい声は、冷たい境界線の輪郭を、残酷なほど鮮明にきわだたせていく。

 私は両手で耳を覆った。

 けれど、インクの羽を震わせて歌うその声は、

 指の隙間をすり抜けて、

 歪んでしまった私のこころのかたちを正確に撫でていく。


 それは、私の中にあったものだった。

 それらがすべて空中に溶け出し、

 一羽の鳥となって、泣いているように聞こえた。


 最後のさえずりが、夜のしじまに溶けていく。

 小鳥の真っ黒な瞳が、私をじっと見つめている。

 どこにも行けないままの私を。


 やがて、小鳥は詩集の開かれたページに降り立ち

 その中に入り込むように消えた


 私は、濡れた手で、本に触った

 ページは、指の湿りのあとを残していた

 それ以外は

 何もなかった


 窓の外

 夜の境界線が

 消えようとしていた。

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