第9話 ひとりの夜は、読んではいけない
この作品は、詩集「ひとりの夜は、読んではいけないポエム」に掲載している物語ですが、小鳥をテーマにしているのでこちらにも掲載することにしました。
言い古されたことだが
逢魔が時は
不思議なことが起こる
私が、その店に迷い込んだのも
そのせいかもしれない
書店のようでもあり、雑貨店のようでもあり、どこか生き物の気配が漂う不思議な店。
店主は一冊の本を
手にしていた。
「おまえさんに必要なのは
これじゃろ」
気がつけば、私はうなづいていた。
それは古びた詩集だった。
その帯には、ひどく掠れた文字でこう書かれていた。
『ひとりの夜は、読んではいけない』と。
続けて、小さくこう記されている。
『――隠していた自分の孤独がまじりあって形を持ってしまうから』
私は手元のマグカップから立ち昇る湯気越しに、その言葉を指先でなぞった。
時計の針は午前二時。
窓の外では優しい雨が静かにアスファルトを濡らしている。
吸い寄せられるように表紙を開くと、ページに印刷された黒いインクがふわりと滲み出した。
インクは宙で渦を巻き、やがて私の孤独と混じり合い、一羽の黒い小鳥の形を成して羽ばたいた。
小鳥は、私がずっと口にできなかった痛みを、モノローグのように歌い始めた。
そっとにぎりしめる
手
無慈悲にはらいのける
手
かけよる
足
かけ去っていく
足
「あいしてる」
告げる唇
「さよなら」
ふるえる唇
そして
また・・・
小鳥の美しい声は、冷たい境界線の輪郭を、残酷なほど鮮明にきわだたせていく。
私は両手で耳を覆った。
けれど、インクの羽を震わせて歌うその声は、
指の隙間をすり抜けて、
歪んでしまった私のこころのかたちを正確に撫でていく。
それは、私の中にあったものだった。
それらがすべて空中に溶け出し、
一羽の鳥となって、泣いているように聞こえた。
最後のさえずりが、夜のしじまに溶けていく。
小鳥の真っ黒な瞳が、私をじっと見つめている。
どこにも行けないままの私を。
やがて、小鳥は詩集の開かれたページに降り立ち
その中に入り込むように消えた
私は、濡れた手で、本に触った
ページは、指の湿りのあとを残していた
それ以外は
何もなかった
窓の外
夜の境界線が
消えようとしていた。




