二章 11話 縁は繋がりて糸は解れる
道を歩く……爪痕残る王都の道を。
城で過ごした時間は思ったよりも長く、既に太陽は落ちていたけれど、通りにはまだ人が行き交っていた。
イルオレーネじゃ見られないそんな光景に少し驚いてしまう……何よりまだ明るい事に。
(……道路や壁が光ってる? イルオレーネじゃこんな事は無かった筈、多分魔含石って奴のお陰かな?)
その幻想的な光は見覚えのある物で、道路の一部やそれに沿った壁が道を照らす光を放っているのは、なんだか前世の光景に似たような物を感じてしまう。
「……成る程でありますな、あくまで自分の意見でありますが良いと思うであります!」
私の考えを飲み込み、関心した様に頷くリコリス。
城の廊下で考えていた事、迷宮踏破を諦めていない事、踏破者になる事、呪いの夜の事、全てを私は彼女に包み隠さずに教えた、彼女は信用出来る気がしたし、何より私には影の神器があるのだ、逃げようと思えばいくらでも逃げれる自信があった。
(思えばあの蟷螂でさえ、あのガレムでさえ、私に気付かなかったんだ、迷宮踏破に向いてるかって言ったら微妙だけど凄まじい能力だよね……)
暗殺者として私は手に職を持てるかも知れない、なんて下らない考えを脳裏に浮かべながら言葉を返す。
「うん、けど自分で言っといて何だけど、それで迷宮踏破が出来るのかな……私に協力してくれる人が居るのかな、リコリスさん、謁見の間でルムド達が言ってた事は全部本当なんだよ?」
私を案内する様に王都を歩くリコリスを見つめながら不安になる、私の考えなんて何の根拠も何の確実性も無いのだ。
だから否定されるのを覚悟で彼女に私の考えを話したけれど、彼女は私の考えを全て肯定した、私としては元騎士である彼女にボッコボコに意見を否定された方が良かったのに、その方が不安にならなかった筈だから。
それに彼女は私の事を心から信用している様で、なんと言うか過大評価をされている気がするのだ、いや確実にされている。
因みに最初はリコリスに対して敬語を使っていたのだけど、土下座されそうになったので仕方無く敬語を辞めた、代わりに英雄殿と呼ぶのを禁止させたけど。
「うぐっ、そんな事を聞かれても自分には困るであります……迷宮踏破が上手く行くかは自分になんてとても分からないであります、自分はただ呪いの夜の侵攻を防ぐだけで、今日まで何も考えずに目を逸らしていただけでありますから……」
悲惨な王都の爪痕を見渡しながら、リコリスは悲しげに言葉を続ける。
「だから自分には踏破出来るかは分からないであります、でも踏破者になって、呪いの夜で活躍して、仲間を集う……そしたら絶対に居るでありますよ、協力してくれる人達が!」
そんなリコリスの純粋な言葉に……少しだけ複雑な気持ちになってしまう。
「そうだね……リコリスさん見たいな人が居てくれたら良いんだけど」
私とは違う人間だと、街を悲しげに見渡すリコリスを見ながらそう思う。
愛国心なのだろうか? それとも正義の為なのか、彼女の戦う理由が私には分からない、まだ私を拒絶した騎士達の方が理解できた。
そんな考えに気分が悪くなる、これから私自身が神器持ちとして騙す様に人々を集い、踏破出来るか分からない迷宮へと……地獄へと誘うと自覚してしまうから。
……トマスもずっと私へとそんな気持ちを味わっていたのかも知れない。
(それどころか、彼らから見たら私こそ、正にそんな戦う理由が分からない人間か……)
城での胡散臭げな視線を思い出す、城の衛兵の言葉を思い出す、ふふふ、そりゃ怪しいよね。
「じ、自分見たいな人っ!? 自分はそんな立派な…… あー゛な、何笑っているでありますかっ、クライナ殿、自分をからかって面白いでありますか」
「ごめん、ごめん、兎にも角にも結局は私の実力次第か」
……そう思うと少しだけ気分がマシになる、命懸けでやるだけだ。
私が強いとは言わないし、言えない、けれどそれなりには戦えると思うし、神器とこの剣があれば……その先に迷宮があるのならば、きっと何処までも無茶が出来る筈だ。
スッと冷えた風が私の頬を撫でる、まるで高鳴る心臓を抑えるかの様に。
「いいえ……私達でありますよっ、クライナ殿! 取り敢えずは今は呪いの夜を待つ事が最優先であります! しかしまさか自分が組合側として参加するとは……町中で戦った事が無いでありますからな、騎士を辞めた分、民を守るであります!」
ぐっと手を握りしめやる気十分な様子のリコリス、まだ完璧に信用したわけじゃないけれど、そんな心強い協力者に少しだけ勇気を貰える。
組合は多分一般の踏破者、つまり踏破者ギルドみたいな物だとわかるけれど、騎士側と組合側で何か違うのかな?
「あの謁見の間で偉そうに色々言ったけど……私って呪いの夜さえも、踏破者についてもよく分かってないんだ、リコリスさん、教えてもらってもいい?」
かなり申し訳ないけど私は呪いの夜について、満月の時に訪れる呪われた夜、それは迷宮活性化の災害で、メルガルドの到る所に魔物が現れると云う事しか知らないのだ。
「いえいえ、とんでもないであります! 知らない事こそがイルオレーネ出身って証拠であります、つまりクライナ殿は呪いの夜も何もかも知らないって事でありますな、丁度いいであります!」
何も知らないのが丁度いい……その言葉にまさかと思ってしまうけれど、リコリスの続く言葉でホッと安心できた。
「踏破者の説明については組合登録の時に任せるとして、まず呪いの夜でありますな……月が満ちると活性化した迷宮の魔力がこの国を包むであります、その魔力現象により月が朱く見え、迷宮の魔力が国魔石を凌駕し、国の中だと言うのに迷宮の魔物が発生してしまうであります」
欠けた月に、ほっそりとした白く色の薄い指を向けるリコリス、その言葉に爛々と輝く月が酷く不気味に見えた。
国魔石とやらは良く分からないけど、イルオレーネ覆う結界みたいな物を発生させる何か凄い魔石なのかな?
「それだけなら騎士達で対応出来るでありますが、それと同時に南にある迷宮の本体、転移門から恐ろしい程の魔物達が侵攻してくるであります、そして騎士達、兵士達はそれを防ぐのに……手一杯で街中まで手が回らないのであります、だから必然的にまだこの国に残って戦ってくれている踏破者さん達が王都以外の市民を守っているのであります」
感情を抑えながら説明するも、唇を歪めるリコリス。
王都以外か……悲しげな声を出していた衛兵はそんな夜も城に立っているのだろうか?
「だからこそ踏破者さん達は協力してくれると思うであります、今メルガルドに残ってくれてる踏破者さん達は、純粋に守るべき物の為に戦っているでありますから……」
勿論、それ相応の実力を見せたらの話だろう。
「……迷宮踏破が失敗するとは言いたくないけれど、市民を守っている踏破者達が死んでしまったらそれこそ、この国は終わると私は思うけれど、リコリスさんはそれで本当にいいの?」
呪いの夜と云うものは、もしかしたら私が想像してる程悲惨な物じゃないのかもしれない、緩やかに滅びに向かっているとしても、それでも国は続いているのだから。
「彼らは命懸けで国の為に戦っているであります、満月の夜に何かを削って戦っているであります、自分達騎士なんかよりも遥かに国を守っているであります、迷宮の魔力によって夜が明けるまで国魔石は使えなくなる……その為魔力障害によって国魔石に頼った魔力機関は使えなくなり、怪我による死亡率は格段に上がる……」
王都の外側に近づくに連れ、悲惨の後が増えていく、きっと騎士や兵士が警備しているであろう王都ですらこれなのだ、リコリスはそんな痕跡全てに視線を向けていた。
「だから騎士は命懸けで戦おうとはしない……過剰な戦力で呪いの夜の侵攻を防ぐだけであります、それでも死人は出るし、重傷者も出るであります、だから間違っているなんて言えないであります、けど、やっぱり、おかしいでありますよ、イルオレーネもメルガルドも、何もかも、悪いのは迷宮の筈なのに……」
べオルグ達踏破者は命懸けで戦っていた、報酬の為とは言え、踏破が絶望的な迷宮に挑んでいた。
トマスの言葉が正しければ本当は呪いの夜なんて、私なんかが居なくても解決していた事なのだ、騎士達が安全だから、いや重鎮達が、騎士を従えた彼らが自分達だけの安全を望み、踏破者達に、イルオレーネに、そして人々にその尻ぬぐいをさせていた。
「……ごほんっ! 失礼したであります、自分がお伝えしたかったのは呪いの夜と、派閥争いなんて下らねーって事であります! みっともない所を見せて申し訳ないであります!」
言葉遣いが少しだけ崩れるリコリス、そう言えば彼女って上司を殴って辞めたんだった……。
「ううん、何となく分かるよ、リコリスさんの言いたい事が、だからあの時私はあの場所に立ったし、今はもう違うんだけど、ありがとう、呪いの夜についてはよく分かった、それで今は組合に向かってるの?」
あの謁見の間で私が言った事は決して嘘では無いから……。
「違うであります、自分の家に向かっているでありますよ、年に数回しか帰ってないので少し汚いし、もしかしたら呪いの夜で壊れているかも知れないでありますけど……」
非常に申し訳ないであります、としょんぼりするリコリス。
「全然大丈夫、それじゃあ組合には何時行くの? 踏破者登録をする際に何か居るものとか、勉強とか、やらないと行けない事とか……」
初めてのギルド的な登録に不安になってしまう、大男に絡まれたらどうしよう、べオルグみたいな!
「いいえ、月が満ちる日までは大人しくして居たほうがいいでありますから、むしろ何もしないでありますな……自分の家はこっちでありますよー! 行きますであります!」
そう呟き、明るく前を指さしながら、私に教える様に何処かをチラリと見るリコリス。
(……《影ノ偽装》)
そんな意味深な行動に、リコリスが私から気を逸した今、神器を発動させようとするけれど何も起きない。
(つけられているのか……)
発動しない影ノ偽装……思い当たるのはあの迷宮の主の時だけだ。
恐らく私達は見られている、いや明確に監視されているのだろう、思えば当たり前だ、例え王の前で信頼を失おうが、証言があろうが、私の存在は理解しがたい者だろうし、私と一緒に歩いているリコリスも上司を殴って騎士を辞めたある意味危険人物なのだ。
「……ねぇリコリスさん、何でメルボーはあそこまで迷宮踏破を否定したの?」
付けているのはメルボーだけじゃない、けれどきっと私達の邪魔をするとしたらメルボーの部下だけだろう、彼女の悪意はまだ私の瞼の裏に染み付いていた。
「不肖ながら自分には分からないであります、けれど自分から見てもあの謁見の間は異常な物を感じたでありますな、迷宮に行くとしても数十人前後、失敗するとしてもきっとクライナ殿と向かうは王や騎士団長の派閥の騎士、確かに呪いの夜への対策はこれまでより厳しい物になりますが、それでも王と騎士団長は完全に政治権を失う方が大きい筈、あの表情……あのリスク、ルムド外交官が来たのもメルボー大臣にとっては予想外に見えたでありますし、むしろ迷宮踏破を……?」
分からない……そのリコリスの言葉だけを聞いて私は思考に没頭する。
(……危機は去ったわけじゃない、それどころか、下手したら命を狙われているかも知れない)
本物の神器持ちだとバレた今、私は殺されるかもしれなかった、あの時、法官室で初めて彼女に会った時に感じた様に……。
「あー゛、訳が分からないであります! 正直メルボー大臣の感性なんて理解できる気がしないでありますよ! けれどあの異常な様子を見る限り、今は行動を悟られない様にした方が良いと自分は進言するであります!」
考えるのに疲れたかの様に投げやりに、腕を伸ばすリコリス。
「私もそう思う……そうだね、じゃあ満月の夜までリコリスさんの家にお世話にならしていただきます、それと私お金持ってない所か、魔含石って奴すらよく分かってないんだけど大丈夫かな……?」
私も心底同感だ、トマスの言葉や色々を思い出す限り、メルボーはトマスやアベル・ワグナーの旧知の知り合いだと云う事だけは読み取れるけれど……。
(まさか良心だ……なんて事は絶対にあり得ないよね?)
国を守る為なんて事は絶対にあり得ない、あの悪意、あのイルオレーネへの発言、あの偏執、全ては絶対に本物だった。
「大丈夫であります! むしろ自分如きの家でおもてなし出来るか不安でありますな……全く英雄をこんな扱いにするなんて騎士団長のばかっ! 笑止千万でありますよ!」
そんな慌てたリコリスの言葉に少し笑ってしまう。
(リコリスさんが騎士団長の命で来てくれたのか、リコリスさんがぶん殴った上司が騎士団長なのか分からないけど……ありがたいな)
一先ず呪いの夜は迎えれそうだ、後はその夜にどれぐらい私達が活躍できるか……。
そんな確実に迷宮に近づいている実感に足取りが軽くなる。
◆◆◆◆◆
「糞っ!」
暮れた王都の通りを照らす、鬱陶しい魔力の光に気分が悪くなる、きっとあの光景を思い出す所為で。
そんな石畳の道を歩く禿頭の大男は苛ついた様に表情を歪める、自分の纏まらない考えに怒りながら。
(こんな調子じゃあっと言う間にあの夜が来ちまう、せっかくあの迷宮を生き残って、金だってあるのに何で俺は……)
大男は満たされていなかった、確かに栄光を掴んだ筈だった、馬鹿な使い方をしなきゃ、きっと使い切れない程の金も手に入れた、だと云うのに消せない心の乾きの様な物はますますひび割れていく。
(ガレム・ローレンツ……)
金は幾らでもある、だがもうどんな店にも入らずにただ王都を一人で歩いていた。
一人は気楽だった、大勢で居る時にふと思い出してしまうのだ、金さえ無かったあの日々を、きっと下らない何かを、年だからだろう、それが無性に悲しくなってしまう。
そんな事が柄じゃないのは自分が一番分かっていたし、感謝なんて死んだ誰も求めてなかったと思う、けれど……あんまりじゃないか、名誉も感謝も墓すら無い、何も変わらない、あいつらがした事は何だったのか。
(けっ、下らねえよ……何もかも下らねえ)
だからってそれはこの国から離れられない理由にはならない、そんな下らない感傷ごとツバを吐いて忘れる。
いくら自問自答しても答えは出なかった、他の生き残りの二人はもうとっくにこの国から去ったと云うのに、何故か自分だけが離れられない。
きっと城の役人共の視線が責める様な視線が気に障ったからかもしれない、或いは大臣とやらがゴミの様に俺達に金を渡しやがったからかも知れない、もしかしたらこの国が何も変わらないであろう事に何となく気付いてしまったからかもしれない。
(……違うな、それでも残ってんのはまだ期待してるからじゃねえのか、はっ、俺の馬鹿が、例えあの餓鬼共が迷宮踏破を臨もうが、俺みてえな木っ端踏破者が何になる? どうせ行くのは騎士だろうしな)
毎晩変わらず辿り着く餓鬼の妄想みたいな下らない考えを鼻で笑う、そしてこの夜も男は意味の無い考えを繰り返す。
踏破者達の都市メルガリダス、資産と魔力が全ての帝国、或いは誰もを受け入れる北の小国ガーランド、どれでも良いどうせ金はあるのだから、それとも、もっと遠くの国へ行っても良いかも知れない、結局いくら考え様が何処にも行けないのだろうけど。
そんな自分に呆れながらフラフラと道を進む、暗闇の中、鬱陶しい魔力の光にぼんやりと照らされてただ歩く、きっと毎晩暗闇を歩くのは迷宮を思い出せるからだとスッと思い浮かんで腑に落ちる、まぁどうせ時間が経てばきっと忘れられる事だろうと自分を納得させながら。
もう迷宮へと行く前は、日々何をして過ごしていたかすら思い出せない、思い出したくなかった、男は踏破者組合にすら寄らずに、踏破者と遭遇しない様に王都をただ歩き、今日も無為な夜を過ごす筈だった
(――あぁ……)
だが男は、べオルグ・バルトは朱くも無く、満ちてすらいない月の下で彼女の後姿を見た。
記憶に残る迷宮の聖騎士、彼女の言葉で助かった事実は忘れていなかった、そしてきっと彼女が主を倒し、迷宮を踏破したのだろう。
そんな少女の後姿に何故か息が止まり、視界がボヤケる、それはきっと彼女が失った追憶を思い出させる大剣を背負っていたから。




