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ひたすらダンジョン!  作者: メテオス
《第2章 不死の亡国》
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二章 9話 決別、或いは夜の始まり

「その者の名はクライナ・アナベル、王よ、無礼は承知、けれどその者について、どうしても報告しないとならない事があるのです」


まるで纏まった場を乱す様に現れたその男に、謁見の間は再び騒がしくなる。


「今測ったのは貴様か……ラッデバルト卿、彼女が罪人だとしても、人の恩寵を盗み見るなど言語道断、しかもそれを王の前でなどっ」


 意味がわかっているのだろうな、と騎士団長は殺意混じりの、剣呑な視線でラッデバルトと呼ばれた男を睨みつける。


「咎は後で幾らでも受けましょう、けれどっ! 今はどうしても言わなければならない事があるのです!」


 ……彼が言わんとしてる事は予想できた、けれど私は見守る事しか出来なかった、だって本当の事なのだから。


「そうよっ、騎士団長! どうせ恩寵など後で見る事じゃない! それが今見たって何の問題があるのっ!」


 チャンスを見つけたと言わんばかりに、メルボーはラッデバルトを援護する、どうやら彼女の差金では無いらしい。


「メルボー大臣っ! 貴様、自分が何を言っているのか分かっておられるか!? 地位ある物として信じ難いぞッ!」


 それ程までに恩寵を勝手に見ることは許されないのだろうか、ガヤガヤと荒れる謁見の間で、チラリとトマスを睨むと、苦笑いをしている様な気がした。


「静まらんかッ! 騎士団長、そなたの言い分も分かるが、この者、クライナに迷宮踏破を任せるとしたら、いずれ聞かんとならん事だ、恩寵も……ラッデバルト卿の報告も」


 私を信じているからこそ、王は至って公平に言葉を語る……。


「王よ、深謝申し上げます、まずお伝えしたいのは、その者クライナ・アナベルは聖騎士では決してございません!」


 ラッデバルトは膝を付き、王をしっかりと見てその言葉を伝える、けれど場に走るのは冷笑だけだった。


〔あの者は今更何を……〕


〔そんな事、みんな察しておるわい〕


〔もはや聖騎士や、聖騎士じゃないなどどうでもいい、神器が重要だと云うのに〕


〔ふん、暗黙の了解と云う言葉を知らんのだろうあやつは〕


「そうよっ! 彼の言う通りだわ! あくまでも、聖騎士かどうかが問題なのだから!」


 メルボーだけがラッデバルトを援護するけれど、神器があれば良いと言ったのは貴女でしょ? と思ってしまうのはきっと可笑しくない筈だ。


「確かにそれは問題かも知れぬ、けれどそなたは、今更そんなつまらない事で、よもや迷宮踏破を辞めろ等とは言わんだろうな?」


 王はラッデバルトに、メルボーに、この場の全員に言い聞かせる様に言葉を発する。


「……王よ、私は彼女の恩寵を知っています、彼女は聖騎士でないのです、決して厳しい訓練を受けた訳でも無く、生まれながらの才能を持っている訳では無く、彼女は酷く弱いっ!」


 決めつける様なラッデバルトの言葉に、場はざわざわと騒がしくなる。


「……クライナ・アナベル、済まないが、恩寵を見せてもらっても良いか?」


 騎士団長はしっかりと私を見つめる。

 その視線には断ってはならん、とそんな意図が込められており、どちらにせよ私は頷くしか無かった。

 そして背中にあの感覚が走り、騎士団長は暫くして声を出す。


「……成る程な、ラッデバルト卿、これは貴様の言い分も分かる、がしかしそこまでの物か? そして騎士団長の立場から言わせて貰うが、例え恩寵が弱くても、恩寵が全てではない、そこに記されない強さを持った者はいる、その上彼女は2つ神器を持っているんだぞ?」


 何なら俺が鍛えてやってもいい、と笑う騎士団長、どうやら彼は私を援護してくれるみたいだ。


 ……称号について言及しないと言う事は、称号はあまり強さに影響しない物なのだろうか。


「騎士団長、貴殿の意見は分かります、だからこそ私は彼女を恩寵で判断していない……恩寵だけなら驚くべき程に成長しているのだから」


 ラッデバルトのその言葉に、騎士団長を沈黙する、続く言葉を聞く為に


「知っている者は知っていると思いますが、私はルムド外交官の元、迷宮を護っている騎士です、そして私はあの日確かに見ました、5人目の聖騎士だと名乗る、彼女の恩寵を、彼女の弱さを」


 任務故、恩寵を覗き見た訳では無いと、ラッデバルトは語る。


「まだそれ程に日にちが立っていない、あの日、あの時、なんと彼女は唯の子供でしたッ! 何の技能も無い唯の子供だったのですッ!」


 言い聞かせる様に、部屋全体に響かせる様に、ラッデバルトは芝居がかった声を上げる。


「だとしたらこの恩寵は何だ? この2つ目の神器は何だ? まさか自分の言葉を信じろなんて言わないだろうなっ、王の前で恩寵を勝手に盗み見た貴様の言葉など誰が信じる物かっ!」


 私を援護する為、ラッデバルトの声を掻き消す様に大きな声を上げる騎士団長、けれど


「それは本当か? クライナ・アナベルよ」


 王の真っ直ぐな視線が私を射抜き……私は静かに頷いた。

 そして私が頷いてしまった事によって、援護してくれていた騎士団長も言葉に詰まってしまい、その隙を狙ったかの様にメルボーは負けずと大きな声を上げる。


「王っ! 見ましたっ!? 彼女、頷きましたよ!? 自ら罪を認めたのですよっ!?」


 まさかの逆転劇に、勝ち誇った様に高笑いを上げるメルボー。

 それに従う様に、一気に場を制する様に彼女の派閥は声を上げようとするが。


「――ほぅほぅ、なんとこの前の迷宮踏破が初めての戦いだったと云う訳ですか、そりゃ凄い物ですね、うーむ、しかし、それだと実におかしい、1つしか神器の説明がつきませんね、まさか誰かにでも神器を貰ってわけではあるまいし」


 うーむ不思議だ、とそれまで口を閉じていた宰相が、トマスの方向を見ながら初めて、ゆっくりと口を開く。


 そんな宰相の言葉が広がると、この場の重鎮が静まり、途端に何かを考える表情をする。

 それが年老いた者へと感染する様に広がり、やがて場が静まると、それに気付いてしまった者の絶叫が響き渡る。


「……ッまさかッ! その神器……まさか、まさか、まさか、トマス・エルガーッッアアアア!」


 何かに思い至った様なメルボーが、トマスを途端に睨みつけ、余りの怒りに気絶した様に倒れてしまう。

 そんなメルボーに、彼女派の人間は静かになり、私を弾圧しようとする空気は一気に消し飛ぶ。


「成る程、そなた、アベル・ワグナーの遺した物を、2つ引き継いでいると云う事か」


 王はソレを言い聞かせる様に、そのよく通る威厳な声で言葉を紡ぐ、どうやら王はまだ私を信じてくれるみたいだ。


「王の言う通りだ、凄まじいじゃないかラッデバルト卿、貴様は英雄の誕生を証言した様な物だな、誰でもが最初から技能を持っている訳ではない、その中で彼女は迷宮に行き、踏破し、神器を手に入れ、恩寵をここまで成長させた、そこに何の不満がある?」


 畳み掛ける様に騎士団長は言葉を吐き出す、王と騎士団長は立場が大きすぎる故、きっと彼らを説得して初めて動けるのだろう。


「……ぐっ」


 遂に、遂に言葉に詰まってしまう、なんとか、なんとか迷宮に行けそうだ、なんて思った瞬間。


――ギィイイイイ


「お待ち下さい」


 扉が開く音が聞こえ、その直後、余りに堂々とした声が謁見の間に大きく響き渡る。


「主よっ!」


「……ちッ」


「……ルムド外交官よ、何故此処に」


――コト、コト、コト。


 その声に、その足音に、ラッデバルトは表情を喜色に染め、騎士団長は露骨に顔を歪め、王は驚いた様に歩む者を見る。


「何故でございますか……そこの者を止めに来たのです、ふむ、成る程、どうやら危なかったみたいですね」


 ラッデバルトに視線を向け、部屋を見渡す様に視線を向け、倒れて支えられているメルボーに視線を向け、ルムドは納得した様に頷くと、「我、神の前で望む口上を述べる」と魔法を行使し、メルボーの目を覚まさせようとする。


(……か、回復魔法!?)


 癒やすような光に驚いてしまうけれど、メルボーが目を覚ます前にと言わんばかりに、王はルムドを睨みつけ、言葉をぶつける。


「そういう意味では無い、何故イルオレーネの(・)外交官であるそなたが、今、メルガルドの謁見におるのだっ!」


 王は何もさせはしない、そんな意思を感じさせる様にルムドを黙らせようとするけれど、ルムドはメルボーが起きたのを確認したから、気にせずに言葉を続けてしまう。


「ははは、同盟国の危機云え駆け付けたのです、彼女と騎士に、迷宮踏破の任を任せる所だったのでしょう?」


 全く愚かな、そんな意思を感じさせる様に、迷宮踏破に協力的な表情をしていた者達を睨みつける。


「……何が危機だと云うのだ、答え次第によっては分かっているのだろうな」


 王はそんな小馬鹿にする様なルムドに怒り、口を開く機会を与えてしまう。


「ふむ、ならば、僭越ながら説明させて頂きましょう! まず2つの神器持ちだと云う事実に、まやかされないで欲しいのです、神器を一旦忘れてみましょう、すると、なんとっ、彼女はつい前まで戦闘経験すら無い、唯の子供になってしまうのです!」


 待ってました、と言わんばかりに即座に声を上げるルムド、その声は彼もまた人の上に立つ者だと感じさせられる声で、非常に不味い予感がしてしまう。


「貴方達は、本当にそんな者に、そんな子供に、権力者ならば騎士を預け、騎士ならば彼女に従い、迷宮踏破を任せるのですか!? 自身に不利な事は隠し、貴方達を欺いた彼女に!」


 謁見の間はルムドに支配されていた、王も、騎士団長も不味い、と感じさせる表情をしていたが、決して止めなかった、もう止められなかった。


「そんな彼女を信用できますか! よく考えてもらいたい! 彼女の先ほどの言葉は実に甘く、魅力的だ、しかしだからこそ、警戒しなくてはならない、そこにいるクライナ・アナベルも、トマス・エルガーもメルガルドを恨んでいる筈なのだから!」


 私はイルオレーネの外交官だとから分かると、そして貴方達も分かっている筈だ、とそんな意味を込めて、語り続けるルムド。

 そして状況を理解したメルボーは、ルムドの横で悪意を以て、笑みを深めていた。


「もし、彼女がそうでないとしても! 神器を2つ持った唯の子供! そんなリスクを侵す余裕がこの国にありますかっ!? もし迷宮踏破を失敗したら!? その時こそ国は本当に終わります! 呪いの夜によって! 確かに今は国は良くない方向へと向かっているかも知れない、しかしそれは盛者必衰、わざわざ迷宮踏破に向かい、望まない死を近づける必要は無い筈だっ!」


 この国の人々の前で、謁見の間で、王の前で、不敬と取られるであろう、云ってはいけないその事実をルムドはハッキリと、恐怖を煽る様に言葉にする。

 そんなルムドの声に、先程まで私に希望を抱いていた者達は表情を変える、ある者は顔を俯け、ある者は私を疑い、ある者は私に敵意を浴びせ、殆どの者が希望と云う勢いを失ってしまった。


「素晴らしいっ! 実に素晴らしいですわっ、ルムド外交官! 正しくその通り、私が、この国の大臣であり、法官であるこのメルボーがっ! 貴方の言葉に責任を持ちますわっ! ねっ!? 皆さん!?」


 そこにすかさずにメルボーは、ルムドを擁護する為に声を上げ、メルボー派も勢いを取り戻した様に釣られて声を上げる。


(……もう迷宮踏破は絶望的だ、それどころか、私とトマスが無事で済むか分からない)


 王と、騎士団長を見るけれど、彼らは悔しそうに顔を歪めるだけで、メルボーとルムドにもう対抗出来ない事は明らかだった。


「……それで、騎士団長さん? 私は寝ていたから分からないんですけれど、結局そこの子供は結局、聖騎士では無いんですよねぇ?」


 挑発する様に、顔を歪める騎士団長の前に立ち、ニヤニヤとその顔を見上げる。


「あら、もう彼女の贔屓は止めちゃったのかしら? 酷い男ね……王よ、神器持ちだろうと、聖騎士計画を妨害し、最後の下級迷宮を踏破してしまった、この罪はとっても重い筈です」


 何も喋らない騎士団長から、心底つまらなさそうに視線を変え、メルボーは王を見つめる。


「そうだな……」


 何かを葛藤し、そして切り捨てる様に口を開こうとする王。

 そんな王をメルボーとルムドは満足そうに見ていたが、すぐに顔を歪める事になる。


「しかし、聖騎士などには、最初から何も期待しておらんかったのだ……不問にしてやろうぞ、メルボー大臣よ」


 顔を厳しく装い、心を歪めながら王はそんな言葉を吐き出す、それは正しく私への最後の助け舟だった。


「そんなっ? そんなっ軽い……。いえ、そうですねぇ、くくく、聖騎士などには、イルオレーネなどには端から何も期待していなかった、そのとおりですね、全ては無駄、彼女は罪人ですらありませんね、私は彼女もトマス・エルガーも寛容な心で許しましょう、おほほほ」


 納得できない様子を表していたメルボーだったけれど、トマスの方向を見て、私の表情を見て、何かを見つけた様に言葉を変えて、実に嬉しそうに顔を歪めながら声を続ける。


「でも王よ、けれど……だとしたら、国民達の不安を晴らす為に、新たな制度がいるんじゃないでしょうか? ふふふ、そういえばうってつけの人材が4人(・・)居ますわよ!」


 その悪意に、ガチリ、そんな音が私の口から漏れてしまう、殺気が私の体から漏れそうになってしまう、けれどそれを遮る様に王は声を出す。


「その必要はあるまい、民に迷宮を踏破した事を伝える必要はないのだから、今も聖騎士が続いている事にしたら良い……」


 感情を一切殺しながら、王はただ静かにその言葉を続ける。


「まぁっ! 名案ですわっ! 聞きました、皆さん!? ルムド外交官もそれで宜しくて?」


「ははは、私の事は気にせずに、イルオレーネの外交官に過ぎない私がメルガルドの政治に口を出すなど恐れ多いのですから」


「まぁ、ルムド外交官は謙虚ですねっ! ふふふふ、それにしても王よ、私は嬉しいですわっ!」


 月は太陽を汚す様に、邪悪に微笑み回りを照らす。


「そうか、ならばこれで終わりで良いか? メルボー大臣よ……余はもう疲れた」


 そんな声に、そんな国に、そんな現実に、王は魂が抜けた様な声で、メルボーへと全てを委ねてしまう。


「えぇ! えぇ! 実に宜しいですわ! ではみなさん、こんな下らない茶番に時間を取らせてごめんなさいね、これにて謁見は終わりです!」


 そう大きな声を出すと、メルボーは自身の派閥らしき者を引き連れ、ほんの僅かも私を見る事も無く、横を通り過ぎて、部屋から退出してしまう。

 騎士団長も決して私に話しかける事も、顔を向ける事も無く、ドスドスと、そのまま玉座の近くから去る。

 宰相も相変わらずニコニコと笑顔を浮かべながら、私に話しかける事無く、通り過ぎて行く。


「……クライナ・アナベル、例え罪が無くなろうが、そなたが余を騙した事は消えん、さっさと余の前から消えてくれ」


 王は立ち尽くす私に、冷たい言葉を浴びせる、騎士団長も消え、王の信頼も消えた今、メルボーの敵の私に、英雄を信じてくれた彼らの期待を裏切った私に、容赦ない敵意と悪意が向けられた。


〔ふんっ、やはりメルボー大臣の言う通りであったな、下らない〕


〔……少しでも信じた俺が馬鹿だった、くそっ、詐欺師めっ!〕


〔何が証明して見せるだッ! メルボー大臣を調子づかせただけじゃないかッ!〕


〔あやつに迷宮踏破をする理由は無い、ルムド外交官の言う通り、やはり恨みからの行動だったのかっ、国賊がッ!〕


 さっさと逃げ出したいのに、足が動かなかった、耳を塞ぎたいのに塞げなかった、そして誰かが私に近づいてくるのが分かった。


「……クライナちゃん」


 心配そうなトマスが私の目に映る、君は悪くないなんて云いたそうなトマス見える。


「……ごめんなさい、先生、全部無駄しちゃった、私が全部」


 けれど私が無駄にしてしまった、証明すると言った私が、先生の想いも、何もかも無駄にしてしまった。


「……驚いたな、君も泣くんだな」


 私の顔を見てトマスは、驚いた様に言葉を吐き出す、メルボーへの怒りも、メルガルドへの怒りも全て消え、その言葉にはただ激しい後悔と、途轍もない悲しみが込められていた。


「……失礼ですね、私だって泣きますよ、大好きな迷宮でも二回、泣いてるんですから」


 私を何だと思っているんですか、そんな意思を込めて言い返すと、トマスは更に哀しみを深くする、更に苦しみを深くする。


「……あぁ、君は唯の子供だ、ルムドの言う通りじゃないか、それなのに、僕はいっつも何もしてやれない、逃げ出した僕が、今更全て君に押し付けて、君がイレギュラーだとしても、唯の少女に、結局僕はっ、」


 メルガルドよりも、メルボーよりも、トマスは自身へと怒りを抱いていた、普通の少女でしか無い私に、全てを押し付けたのだと苦しんでいた、せっかく迷宮を踏破したと云うのに、聖騎士が無くなったと云うのに、あの時よりも苦しんでいた。


「っ! 先生、それ以上言ったら怒りますから……先生まで私に期待をしなくなったら、もう私はどうしたらいいんですかっ! 先生がッ! 先生までが私を踏みにじるんですかっ!」


 私が彼を苦しめているのだろうか、結局の所私が為した事は全て無駄だったのだろうか、彼さえも望んでいなかったのだろうか。


「僕の期待のせいでっ! 君は泣いてるじゃないか、傷ついてるじゃないかっ! こんな事に付き合う必要もなかった、僕が居なかったら、君がこんな事に巻き込まれる必要は無かったんだっ!」


 自分のせいで、私が傷ついてるとトマスは涙を流す、けれどそれは絶対に違う。


「ただ泣いてるだけじゃないですかっ! ただ失敗しただけじゃないですかっ! それだけで先生はもう諦めるんですかっ! 期待をやめちゃうんですかっ! きっとまだある筈ですよ! 例えば踏破者を雇うとかっ! 」


 こんな所で、あんな奴らの所為で諦めてたまるか、無駄にしてたまるか、泣いたまま終わってたまるかっ。


「あぁやめるさっ、だから君も、もう止めてくれ、これで君に戦う理由は無くなるだろ、迷宮に挑む理由は無くなるだろ、無茶をする理由は無くなるだろ?」


 けれどトマスはそんな私へ、誰よりも残酷な言葉を掛ける、悲しい言葉を掛ける。


「なんでっ、なんでそんな事を云うんですか、何を先生はそんな苦しんでるんですかっ! 何でやめちゃうんですかっ!」


 何をそんなに苦しんでいるのか、何で私を見て苦しんでいるのか、何がそこまで彼を追い詰めているのか分からなかった。


「……馬車で僕は君を死なせない為の作戦会議だって云っただろう? もう無理なんだ、騎士が居ないと無理なんだよ」


 ガツンと頭を殴られた気分だった、それはトマスの答えだった、端から私に期待していないと。


「私は中級迷宮がどんな物か知りませんっ! けど私を迷宮に送り出した時の先生はどうしたんです!? もっと無茶苦茶で、もっと可能性は低かった筈なのにっ、もう私を信じられないんですか!」


 あの時はもっと厳しかった筈だ、毎年聖騎士は死に、全ては予定調和で、なのにトマスは私に神器を託し、その中で無知で無力な私は確かに危機を乗り越え、迷宮を踏破してみせた、だと云うのに、トマスは私を信じれないのか!


「違うんだ、クライナちゃん……もう違うんだ、今(・)は(・)絶対に君に死んでほしくないと思っているんだ、本当は迷宮なんかに送りたくないんだ、今失敗して、やっと気付いたんだ、よかったって」


 トマスの目は、トマスの言葉は恐怖で覆われていた、もう私を期待していなかった、この城の誰よりも私に期待をしていなかった。


「イルオレーネは救われた、間違いなく救われたっ、君のお陰で……嬉しかった、この全てが狂った国で、君にどれだけ救われたか、だからっもう頼むからやめてくれっ! こんな国の為に傷つく君が見たくない、僕なんかの為に死にそうになる君が見たくないっ、死んでほしくないんだっ、もう一人になりたくないんだっ!」


 それは普通の事だ、救われたからこそ失いたくない、もう繰り返したくない、大切な者を迷宮へと送りたくない、つまり


「先生がそんなに苦しんでるのは……先生は最初から」


「――あぁっ! 期待していなかった、信じてなかった、僕は君が迷宮から戻ってきて、2つ持ちになって初めて期待したんだっ、僕もあいつらと何一つ変わらないんだっ、何で僕が君に神器を渡したかっ、それは期待していなかったからで! 彼から託された神器さえ無くなればやっと死ねると思ったからだっ! だからもう君はッ……」


 私がずっと知りたかったそれをトマスは叫ぶ、もっとも私が聞きたくなかった現実を叫ぶ、だから今度は足が動かせた、耳を塞げた、ここから逃げ出せた。


 赤い赤い絨毯の上をただ走り、走り、ひたすらに走る、私の瞳は悲しく濡れていたけれど、私の口は朱く歪んでいた。


(ははは、初めからこうすればよかったんだ、使命も、過去も、国もっ、何も下らないっ! 私は例え一人でも迷宮を踏破してみせる!)


 望むは迷宮、これ程、ガレムの剣が頼もしく感じた事は無かった、これ程、神器を頼もしく感じた事は無かった、これほど前世の記憶を感じた事は無かった。


(……もう遠慮なんてしないっ、まずは満月、呪いの夜の魔物を討つ!)




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