二章 6話 さざ波立つは意志の海
「先生、本当にこんな格好で大丈夫なんですか……?」
もう城へと向かっていると云うのに、自身の余りの格好に不安を抱いてしまい、私はトマスへとまた確認を取ってしまう。
「全く何回聞くんだい、大丈夫だよ、ほらさっさと行くよ」
そんな私の声にトマスは呆れた様に立ち止まり、一度振り返ってからすぐに先を急ぐ。
(うぅ……何回聞き返しても仕方ないよ! だってお城に行くのにこんな格好なんだよ)
私が可笑しいわけじゃないよねなんて思いながら、視線を下へと向けて改めて自分の格好を確認するけれど、私の頭は正常で、可笑しいのは私の格好だと再認識しただけで、状況は何も変わらなかった。
(まずはこれ……一見装飾品だけど、知ってる人が見たらただの危険物だよね)
自身の左手に嵌っている高級感漂う……と云うより超高級な指輪を見ながら、冷や汗を掻く。
マジックリングと呼ばれる物で、魔力を消費する事によって魔法を発動できる物だ。
(これもギリギリ装飾品……なんて言えないよなぁ)
自身の首に付けた宝石の様な物が嵌っている物を見る。
それだけ聞いたらネックレスだと思えるかも知れないけれど、これは首当てと胸当ての中間の様な物で、どう見ても鎧にしか見えないのだ。
勿論これも高級品、宝石に魔法が刻まれているらしく受けた衝撃などを和らげる効果があるらしい、あと結構重たい。
(片手袋はまだファッションの域って云うか、むしろ馬鹿にされるレベルだし大丈夫……な訳がないよね)
自身の右手にだけ装着した手袋……の様な何かを見ながら、呆れた笑いが溢れる。
高級感溢れでる漆黒の革の手袋がピッタリと私の手に張り付いていた、当然それだけじゃ終わらない、普通の手袋を名乗らせてくれない点は可動域を尊重する様に、薄い金属板の様な物が指と手の甲を覆っている所だろうか。
残念な事に何故か、他の装備と噛み合ってしまい、片手だけだと云うのに、それは何の間抜けさも感じさせず、むしろ暴力性や威圧感を醸し出していた、多分、手袋寄りの小手なんだろうな……。
(靴ですら普通じゃない……私の格好にまともな部分はないの? 偉い人は第一に靴を見て、その人の人間性を判断するってトマスは知らないの?)
そんな下らない事を考えながら、視線を更に下に向けると、石畳の道を歩くは漆黒のブーツが目に入る、勿論私の足だ。
恐らく手袋と同じ素材を使われているのだろうけど、こちらは高級感の様な物は出てはいなかった、それはきっと統一感の無いツギハギだからだろう。
お互いがお互いを、獣の如く喰らいつくようなツギハギにされた漆黒のブーツ、けれどそれで居て意匠が凝らされており、不思議な印象を与える物に仕上げられていた。
因みに鉄板が仕込まれているらしく、こちらも中々に重たい……。
(何でこんな丁度良く私に合うサイズが売ってるの! くそ、こんなのを買って貰えるブルジョワの子供のせいだ!)
いや買われる子供は悪くない、買う大人が悪いんだ、なんて思いながら、トマスに聞こえる様にため息を吐いて自分の上着を見る。
これまた同じ漆黒の革で出来ており、ピッタリと体に張り付く様に体を覆っていたけれど、それはインナーで、本命は二段重ねになっているローブみたいな上着だろう。
騎士や戦士と云うよりは、まるで狩人の布服の様な物で、魔法的な効果なのか、素材的になのか、他と違って羽のように軽いそれに、私は唯一実用性を見出しており、実は意外と気に入っていた。
「なんだい、そのため息はまったく何が不満なんだい……」
やれやれと、歩きながらも肩をすくめるトマスに腹が立つ。
「確かに買ってもらったのはありがたいですよ、ありがとうございますっ、けど先生はドレスコードって物をご存知じゃないんですか? お城に行くって云うのにフル装備ですよ私!」
極めつけは背中に感じるガレムの剣、そう、私は今、本当にフル装備なのだ……ふふふ、そう思うと悪くない響きだな。
「君は何のために装備を買ったと思っているんだい……君は踏破者として行くんだ、完璧な衣装じゃないか」
そんなトマスの言葉に一理ある、なんて納得してしまう私。
「完璧って言えるほど似合ってますかね? 先生、虚仮威しになるぐらいには猛者に見えます?」
「強そうとは決して言えないけれど、それは君の年齢上仕方が無い事さ、でも人々を導く英雄としてはバッチリだ、君の容姿も相まって中々様になっている、僕の想像以上さ……ただし黙っていたらだけど」
振り返りもせずに、無礼にもトマスはハッキリとそんな事を言い切る。
「な、なんて云う事を言うんですか! 褒めるなら素直に褒めてくださいよ」
「僕も出来れば褒めてあげたいんだけどね、まず宿を出た時から思っていたけど、その緩みきった表情はなんだい?」
もっと凛々しい表情をしてくれと言わんばかりに、トマスは振り返り、じっとりとした目で私を睨みつける。
「くっ、そんな事より武器は買わなくてよかったんです?」
文句ばっかり言ったけれど、本当は嬉しい、このファンタジー感溢れる装備、その上背負うはガレムの剣に、左手にあるのは神器、嬉しく無い訳が無い。
……この格好で向かうのが、どんどんと近づいてくる、あの綺麗なお城じゃ無ければ。
「君はやけに馴染んでいる武器をもう持っていたからね、ピカピカの武器、いくら高くても買ったばかりの馴染んでない武器は逆効果だよ、絶対に舐められる」
私の剣を見つめながらトマスは、期間にしては驚くほど様になっているよ、なんて呟く。
「それは分かりますけど、その理論だと、私の今の格好も良くない物じゃないですかっ」
買ったばかりのピカピカの装備達を見ながらそう思ってしまう。
「防具は違う、財力は力でもあり、防具は命に直結するんだ……まぁでも君の意見も分かるよ、確かにそう思う奴も居るかも知れない、けれどその装備に身を包んで、その剣を背負い、神器を2つ持った君に限って絶対に評価がマイナスになる事は絶対に無い」
「……でもでも 先生の言葉も一理ありますけど、それは私がこの防具を着こなせたらの話ですよね? これを着て戦うのはちょっと難しいですよ」
戦えない事もないだろうけれど、私の強みを消している様で進んで、フル装備で戦いたいとは思わない、すぐに死にそうな気がするよ。
「心配性だな……戦わない権力者が人を恩寵だけで判断する様に、装備を見て判断する者もいる、着ているだけで、君の見た目だけで、色んなハッタリには必ずなるよ、それに僕はいい買い物だったと思うよ、訓練を積めば、死線を超えれば、いつかは必ず着こなせる装備だろ」
やっとついたと、城を見ながらトマスは静かに笑う。
◆◆◆◆◆
(す、凄い、これがお城の中……イルオレーネのお城はどんなのなんだろ)
目立たないように、それでいて表情をキリリと整えながらも、私は周りを見渡す。
目の前に広がる光景に、もう此処はお城の中だと改めて実感させられる。
大人が数人並んで歩こうが決して詰まらないであろう程に広く、大理石を磨き上げたかの様なピカピカの廊下をトマスと私は歩いていた。
その床に敷き詰められたカーペットは上品な朱色で、鉄板入りの靴越しだと云うのにその柔らかさは、まるで足が埋まってしまうのでは、なんて思うほどに体へと伝わってきていた。
(凄い上品……だからこそ自分が浮いてるのが痛いほど分かるよ)
飾られた絵画や高そうな壷、魔封石の様な物が嵌められたシャンデリアの様な物、美しいガラス細工の窓、それによって照らし出される美しい廊下。
そしてたまにすれ違うは、騎士の様な者、近衛兵の様な者、ゆったりとした服を着た為政者らしき者、様々な人が居たけれど、その全てが上品で、その全てがすれ違う度に私を胡散臭げに、或いは厄介者を見るように視線を向けてきた。
(明らかに歓迎されて無いよね、私が蟲の迷宮の踏破者だからか、それともこんな格好だからか、或いは両方?)
それでも城へ入る際に、武器など何も取られなかったのは、何らかの魔法的防衛手段があるのか、それとも舐められているのか、或いは結界によって聖騎士の頭に逆らえない様に何かを刻まれているからほっとかれているのだろうか?
考えても結局は答えが分からないので、ついついトマスへと話しかけたくなってしまうけれど、ここからは真面目に、そして真剣に望まないと行けないので、仕方なく我慢をする。
(何も考えるな私、全部トマス任せなんだ、トマスに従うだけ、思考を放棄しろ!)
そう思い込もうと自己暗示をするけれど、やっぱり緊張が無くならないのは、所詮やっぱり私もただの一市民だからかな。
自己暗示を続けつつ、それをなるべく周りに悟らせない為に、堂々と胸を張って、前を向いて歩いていると、廊下の先から人が歩いてくるのが目に映る。
(うわっ、ひと目でわかるよ、絶対に凄い偉い人でしょ! あのお爺さん)
此方へと堂々と歩いてくる、ピンと背を伸ばした、細く背の高い白髪のお爺さん。
近づけば、やはりと、私の考え通りにそのお爺さんは只者では無い雰囲気を醸し出しており、お爺さんだと云うのに、その体からは凄まじい活力の様な物を感じさせられた。
そして、これまでお城の誰もが私に悪感情を向けてきたの云うのに、すれ違う寸前になってもそのお爺さんは、まるで私に一瞥の感情すら向けて来なかったのだ。
――コト
(ふぅ、緊張した、絶対只者じゃないよあのお爺さん、凄い風格だよ、まさかあれが王?)
流石にそんな訳が無いか、なんて思いながら、少しだけ振り向きそのお爺さんを視線で追おうとすると、お爺さんが何かを落してしまったのに気付いてしまう。
(全く気付いてない……只者じゃないって思ったのは私の勘違いかな、仕方ない)
全く気付く様子の無く、どんどんと先に進むお爺さんに、私は焦ってしまう。
「先生、ごめんなさい、ちょっと待っててくださいっ……あのー、すみませんっ、落とし物ですよー」
「クライナちゃん? ……全く」
私はどんどんと廊下を進んで行くお爺さんに、声を掛けてから、すぐにソレを拾って追いかける。
(……何これ、紋章が刻まれた板?)
拾う瞬間に見えてしまった、紋章の様な物が気になってしまったけれど、勝手に見るのも悪いと思い、すぐに私の声に気付いて止まってくれたお爺さんへと視線を戻す。
「おやおや、見かけない方ですね、どうも、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」
ずいっと私に近づき、お礼を伝えるお爺さんに、急いで板の様な物を渡す。
「いやいや、本当に助かりましたよ……所で、もし貴女、これに刻まれた物を見ましたか?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、お爺さんはそんな疑問を私にぶつけてくる。
「あ、いえ、少しだけ見てしまいました、あの……不味かったですかね?」
……もしかして機密の紋章だったりしたのかもしれない、私の馬鹿、なんでチラッと見ちゃったんだ、こんなお城についてもう問題を起こすなんて。
「はっはっは、そんな事はございません、もし不味い物だとしても落してしまったのはこの私、私が罰せられる事はあっても、貴女が罰せられる事はあり得ませんよ」
少しだけ顔を青褪めた私を安心させる様に、お爺さんは言葉を放つ。
「……ただ少し聞きたいことがあっただけですよ、貴女にはこれが何に見えました?」
どうぞ見てください、と言わんばかりに、お爺さんは堂々とその紋章が刻めれたその板を私へと見せつける。
(うーん、何これ、恐竜? ちょっと違うかな)
お爺さんが見せたその板には、魔物の様な、恐竜の様な、あまり良くわからない物が刻まれており、なんて答えるか非常に悩む物だったけれど、取り敢えず頭に過ったソレを口に出す。
「……足の生えた魚ですかね?」
口に出すと思ったより間抜けな答えだったけれど、恐竜って言葉が通じるか分からないんだし、仕方ないよね……。
「ほぅ……これはこれは、何とも面白い表現をする方だ」
そんな私の答えはお爺さんのお気に召す物だったみたいで、お爺さんは一瞬だけ目を見開き、嬉しそうに笑う。
「もう大丈夫でしょうか? 急いでいる……すみません」
申し訳ないけれど、お爺さんへと会話を断ち切る様な言葉を出す。
お爺さんには人を引き寄せるカリスマの様な物を感じ、短いとは言えお爺さんとの会話は凄くに楽しかったけれど、私はトマスを待たせているのだ、ごめんね。
「いえいえ、お時間を取らせて申し訳ない、最後に貴女のお名前をお聞かせ貰っても宜しいでしょうか」
お爺さんは申し訳なさそうに私へと頼み込むけれど、それぐらい軽い物だ。
「クライナ・アナベルです」
「クライナ・アナベルですか、その名前、覚えておきましょう、私はこの国の宰相故、きっとすぐにお会いする事になろうでしょう、お気を付けて……踏破者様」
お爺さんは私の名前を聞くや否や、満足したように振り向き、その言葉を告げてから、さっさと先を急ぐ様に廊下の先へと消えてしまう。
(えぇ、宰相!? それって凄い偉い人だよね!? 国のナンバー2じゃないの?)
「クライナちゃん、用事が済んだなら早くしてくれないかな」
そんな宰相様の言葉に立ち尽くす私を、何時の間にかこちらへと来ていたトマスが、咎める様に半目で睨む。
「先生! 先生! 今の人宰相ですよ! 宰相!」
急いでトマスの隣へと戻り、宰相と話した事を自慢する様に教えてあげる。
「はぁ……知ってるに決まってるだろ」
そんな私に呆れた様にトマスはため息を着く。
「いやいや宰相と話したんですよ、私、凄くないですか?」
アベル・ワグナーとの短い思い出話を繰り返す、カイルの気持ちを今になって理解する、もっとちゃんと聞いてあげたらよかった!
「全く……君は王様と会うんだよ? これじゃ先が不安になるよ、それに宰相なんかより君の方がすごいだろ、君は2つ持ちなんだよ、2つ持ち」
そんなトマスの言葉に、私は、うっと言葉が詰まってしまう。
「それで……宰相と、一体どんな話をしたんだい?」
「やっぱり気になってるじゃないですか、先生、足の生えた魚って分かります?」
「足の生えた魚? なんだい……それは、全く想像がつかないよ」
それを想像しようとしたのか、ふふふ、と静かに笑うトマス。
城に入ってから……この先に待つ者を想像してから、ずっと歪んでいたトマスの表情がやっと少しだけ解れた気がした。




