二章 3話 構えるは彼の剣、宿るは影と蟲、思い出すは死闘の記憶
もうお昼だろうか、雲ひとつない晴天の中、太陽の位置は変わり、馬車には天井があると云うのにも関わらず、ギラギラと容赦なく私達を照らす……そう馬車を降りてしまったから。
「先生……お昼ご飯を食べるからってわざわざ馬車を降りる必要あります?」
木の匂いに、水辺の匂い、そしてバチバチと燃える炎の匂いに、川の音、あらゆる美しい自然に私達を囲まれていた、しかしだと云うのに私の表情は険しいものだった。
(……本当に眩しい、ご飯なんて馬車の中で良いよ!)
キラキラと太陽の光を反射する美しい川と、その元凶である眩しい太陽の、二重の光から目を守りながら、優雅に紅茶の準備をするトマスをじっと見つめる。
「……クライナちゃん、何を言っているんだい? 馬車の中じゃ火は使えないだろ?」
美味しいご飯を食べたくはないのかい? なんて表情で私を見返すトマス。
……絶対紅茶が飲みたかっただけだよね、ここの川の水は良い物だ、なんて言ってるの聞いちゃったし。
「はっはっは、クライナ、俺も丁度休憩したかったから、許してやってくれんか」
「……まぁ、パトリク先生のお陰でだいぶ助かってますから、そう言うのなら」
トマスをフォローする様に豪快に笑うパトリクの言葉に、私はそれ以上文句は言えなかった。
(パトリク先生が協力してくれなかったら、王都までだいぶ遅くなってたみたいだしね)
そうなのだ、本来は王都から御者を待ち、御者がイルオレーネへ着いてから、王都へと向かうなんて手間が掛かったけれど、それならば俺が適任だと、パトリクが協力を申し出てくれたのだ。
(聖騎士の時も御者をしてたし、もうなんかパトリク先生が御者にしか見えないよ……)
「うんうん、本当だよ、クライナちゃん、パトリク先生のせいでこんなにも早く出る事になっちゃったんだし、感謝しないとね、しかもパトリク先生は料理が凄く上手くてね、もっと感謝する羽目になると思うよ」
「いや、俺は本当に休憩が……わかった、綺麗な川もあるし、丹精込めて作らして貰おう!」
恨みがましく睨むトマスに、押し負けたのか、パトリクはトボトボと川へと向かう。
(ふふふ、なんか馬車前の出来事を思い出すなぁ、あの時と違って二人共、悪い雰囲気はないけど)
まぁ、こんな平穏な時間も悪くないと思いながら、馬車で凝り固まった腰を解す様に、柔らかく温かい地面へと寝転ぶ。
◆◆◆◆◆
ごくごくと、自分のお椀によそわれた、最後の魚のあら汁を飲み干して、ご馳走様でしたと、一心地つく。
「いやぁ、よく食べるね、その体の何処にそんなに入る場所があるって言うんだい?」
お椀を片付けている私に、ジロジロと、パトリクは嬉しそうに、トマスは本当に驚いた様に視線を向ける。
……確かに私は細い割にはよく食べるけれどそれは偏見って物じゃない、それにトマスこそ食べなさ過ぎだ、紅茶が主食なんじゃ? って思うぐらいに。
「美味しいですから仕方ないですよ、それよりも先生が食べなさ過ぎなんです」
「僕は食後のデザートがあるからね、君も食べるかい?」
そう云うや否や、紅茶をケトルから注ぎ、自身の鞄からゴソゴソと、包装紙に包まれたお菓子な様な物を出し、即座に口に入れる。
「凄い音ですねそれ、ゴリゴリなってますよ? ……美味しいんですか?」
怪しげにトマスを見ていると、食べたらわかるよ、と言わんばかりに、紅茶を飲みながら、無言でそれを渡してくる。
「ん、ありがとうございます、じゃあ頂きます」
――ゴリ
(……甘い)
口に入れると、想定してたよりも柔らかく甘く、恐る恐る噛んでみるとそんな音がする、何とも不思議なお菓子だ。
――ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ
柔らかいと言うのに、噛んでも、噛んでも、まるで砂糖菓子を噛んだようなそんな感触が何度も繰り返される、けれどその甘さは程よい物だ。
(けど、何かが足りない、何かが欠けている)
なんて思っていると……
――トクトクトク
紅茶を注ぐ音がする、私が求めている物の匂いがする、あのトマスが、誰かの為に初めて紅茶を注いでいる、そんな光景が目に入る。
「さぁ、どうぞ」
コトリ、とトマスはなみなみ紅茶が注がれたカップを私へと差し出す。
私はそれを無言で受け取り、まず匂いを楽しんでから、口へと持っていく。
(私は幸せだ……この大自然の中、私は母なる大地の恵みを受けているのを感じる)
馬車の中で食べればいいなんて、最初の愚かな自分を殴り倒したくなってしまう。
ただ、パトリクも、トマスも、私も静かに、美しい鳥の鳴き声、川のせせらぎ、炎の燃える音を楽しんでいた。
けれどそんな私の、ささやかな幸せは乱されてしまう。
――……ァア
(……あれ、人の声?)
鳥の鳴き声でも無く、川のせせらぎでも無く、炎の燃える音ではなく、ましてや3人の声でも無い、耳を澄ませば微かに聞こえる、確実に此方へと近づいてくる、人の声の様な物。
「あの、何か聞こえません? 人の声みたいな物が」
そんな私の言葉に、パトリクも、トマスも、警戒する様に、耳を澄ますけれど。
「……別に何も聞こえんが」
「僕も何も聞こえないな……クライナちゃん、それはどんな声なんだい?」
そんな二人の反応に、再び耳を澄ますと。
――……ァアア
やっぱり、声は先程より確実に近づいて来ている、そのおかげで気付く、まるで泣いている声だと。
「……多分、凄く悲しんでる様な、泣いてる様な声です、此方に近づいてきてます」
忠告する様に、真剣な表情で二人へと声を返す。
私は聞こえるからわかるのだ、その泣き声はきっとまともではない、まるで此方の位置が分かっているかの様に、近づいてきていて、悲しい泣き声だと云うのに、そこに込められた感情はまるで邪悪な物に感じる。
「成る程、どうやら人間って可能性は低そうだ、きっと鳴き狂いだろうね、さ、今のうちに荷物を片付けておこうか」
そう言いながらトマスは、焦った様子も無く、大事そうにティーセットを真っ先に馬車へと仕舞いに行く。
はぁ、相変わらずトマスは説明不足だ、人間じゃないって事は魔物なのかな。
「パトリク先生、鳴き狂いって何です?」
食器などを仕舞っているパトリク先生を手伝いながら、聞いてみる。
「呪いの夜の魔物だな、何でこんな所に今いるか分からんが、呪いの夜の生き残りが彷徨っていたんだろうな」
ま、俺に任せろ、とガチャガチャと、食器を仕舞うパトリク。
「……あのー、私が戦ってもいいですか?」
やる気満々のパトリクに、申し訳ないけれど、数も1匹で二人の反応を見る限り、大した事が無いみたいなので、私が戦ってみたいのだ。
「それはオススメせんな、初めて戦う魔物だ、装備が整っていないクライナを戦わせる訳にはいかん、今、怪我をさせたら駄目だからな」
「そうだよ、大人しくパトリク先生に任せて、君は見て学べばいい、それとも何か理由があるのかい?」
いつの間にかこちらへと、来ていたトマスが、じっと私を見つめて、答えを待つ。
「ん~理由ですか、神器と自分の実力を試したいって所です、駄目なら駄目でいいですよ」
正直そこまで戦う理由は無い、今の自分の実力と、普通の魔物の強さ、影ノ神器を把握したいってだけだ、二人が危険だと言うのならば素直にそれに従う。
(新たな迷宮が待ってるのに、行けなくなったら困るしね!)
私は迷宮に行きたいのだ、そのためならば無茶はする、けれど、それだけだ、どうしても戦いたいって程、私は戦闘狂じゃない……筈だ。
「……確かに、神器を試すんなら、王都に着いてから試すよりは、ここで試した方が安全か」
「神器と実力か、俺としては見たい気持ちもある、危なくなったら即座にフォローに入れるし、戦わせてやってもいいんじゃないか? トマス」
そんな私の一言で、突如乗り気になり、ボソボソと話し合う二人、どうやら戦う流れになったみたいだけれど。
――……ァアアああ
「だいぶ声が近くなってますよっ! なにノンビリしてるんですか!」
声の主は、馬車の近くへと戻った私達へと確実に迫ってきていて、恐らくもうそれなりに近くへと来ていた。
「あぁ、今の声は僕達にも聞こえたさ、これは確実に鳴き狂いだ、人の居ないココらへんで彷徨っていたら、僕達を嗅ぎ付けたって所かな、パトリクさん、そろそろクライナちゃんの剣を出してあげてください」
そんなトマスの指示に返事を返し、パトリクは私の……ガレムの剣を取りに行く。
「……クライナちゃん、ほら君の剣だろ、君も行きなさい」
「それは分かってますけど、先生に頼みがあるんです、戦い前にもう一度、私の恩寵を見てくれませんか?」
私はトマスへと頼み込む、出来るならば自分の恩寵を把握してから戦いたい。
……私はトマスがあの時教えてくれた恩寵を忘れてしまっていた、一生の不覚だよ。
「いや、自分で見たらいいじゃないか」
トマスはそんな私の頼みを困惑した様に断る。
「えっ……あぁ、はい」
……そういえば、ここはもうイルオレーネじゃなかった。
そもそもトマスは私の前でわざわざ魔法を使ってくれたのだ、もしかしたらもうあの時、あの時点で、私は自分の恩寵を見れたのかも知れない。
(私の馬鹿……神様、恩寵をお願いします)
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【恩寵】 クライナ・アナベル
【称号】 無謀なる者 神器の資格者
【技能】 剣術:C+ 短剣術:C- 回避:C
【加護】 資質:C 底力:C
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(す、凄いっ! スカスカだった私の恩寵が埋まってる、凄い感動だよ……あれ?)
トマスから、あの時恩寵を教えてもらって、あまり大した恩寵は増えてないと思っていたけれど、何だか凄まじい称号が見えてしまった。
……トマスの鑑定的な何かじゃ、称号までは見えなかったのかな?
(神器の資格者、私が自分で初めて神器を入手したから? 取り敢えず、考えるよりも聞こう、神様、教えてください)
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【神器の資格者】 神器を授かる資格を得た者:迷宮を踏破した際に必ず神器を授かる
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(……ふふふ、これこそが私が望んでいた、ユニークな称号だよッ!)
凄まじすぎる称号に驚く前に喜んでしまう、人類で神器を複数有した者は居ないとトマスは言っていた、けれどこの称号があれば、私がどれだけ強くなっても、きっと迷宮を踏破したら必ず神器が貰えるのだ。
(ん、いや、そう考えると微妙じゃない? この称号が強さに繋がる訳じゃないし、もう下級迷宮は全部踏破されちゃったんだよね? んんん、あれ……?)
もうこの世界には下級迷宮は無く、私が踏破した下級迷宮が最後だったのだ、つまり総じて私が行く迷宮は、中級迷宮とやら以上が確定していて、そして私は強くない、なら、もっと強さに繋がる称号がよかったと思うのは我儘だろうか?
(いや、強さに繋がるじゃないか、神器が確定でもらえるんだぞ? ……戦闘面では強くないけどさ、そうだ、神器だ、神様、新しい神器を教えてください)
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【神器】蟲の神器
《感覚強化》
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(あれ、1つだけ? それに魔法の名前も今までとは違う、下級迷宮の神器だから?)
蟲の神器、凄く直球な名前だ、じゃあ影の神器の迷宮は、影がモンスターだったんだろうか?
(神様、感覚強化についてお願いします)
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【感覚強化】 神器装着者の感覚器官を強化する。
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(名前から予想はしてたけどって感じだ、だけど戦闘にはそこそこ使えそう!)
やっと、戦闘向けの神器だ、とか、これも魔力を消費するのだろうか? なんて私の色々と考えはパトリクによって中断させる。
「おい、クライナ、恩寵を見ている暇はないぞ、もう敵はだいぶ近い、そら、受け取れ」
パトリクからガレムの剣を渡される、むき出しだった刃は鞘に収められており、お礼の言葉を伝えながら、しっかりと受け取る。
(この感触、久しぶりだけれど、しっかりと覚えてる、握り方、振り方、きっとやれる、あの時よりも必ず)
万全な体で、初めてガレムの剣を持つ、ずっしりとした重さが私の両腕に掛かるけれど、それでも持てない程では無い、振れない程でも無い。
握るだけで、高鳴る鼓動を感じながら、蕩ける脳に身を任せながら、目を瞑り、息を吐き、柄をしっかりと握れば、思い出すのは、あの激闘に、死闘、最後の体捌きと、最後の一撃。
――ザッ!
「へぇ……恩寵の割には中々様になってるじゃないか、やる気十分だね、クライナちゃん」
「これは俺が助けに入る必要はなさそうだな……来やがったぞクライナ」
そんな二人の言葉を聞き流しながら、遂に視界に入った魔物を無視しながら、ただ自身の腕に集中する。
風切り音はなり、試しの空振りにしては、それなり鋭い一撃が出たと自分でも思う、けれど手に感じる感触は、到底納得できる物ではなかった。
(くっ、早々とあの一撃は出せないか、けれど確かに感触は覚えている)
そんな自身を無視するかの様な私が気に入らなかったのか、単純に視界に捉えたからか、その魔物は悲しい泣き声を止め、そして……
――ァァ?……アッア゛ア゛嗚呼嗚呼ッ!!
狂ったように叫び始める。
その悲鳴に感じさせるのは凄まじい程の殺意、人の成れの果ての様な姿をした腐った魔物。
そんな魔物は凄まじい形相で歯を剥き出し、悍ましい叫び声を上げ、私へと辿り着く前に自身で体を壊してしまうのでは、なんて思ってしまうほどに、体をめちゃくちゃに動かしながら、凄まじい勢いで走り向かってくる。
けれど私は少しも臆さない、それ所か、体を構え、剣を構え、神器の魔法の名前を思い出す。
左腕の2つ神器も、握る剣も、私自身も、全て、
(さぁっ! 来いっ!)
――――試してやるッ!




