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ひたすらダンジョン!  作者: メテオス
《第1章 蟲達の祭典》
25/42

一章 24話 広がる世界、物語の始まり

(学校も見納めなのかな……)


 何時もと変わらない、長い学校の廊下を歩きながら、そんな事を考える。


(……あぁ、駄目だ、学校に居ても、あの迷宮、あの悍ましい蟲達、あの感触、あの死闘が全く頭から離れない)


 うーむ、前世の記憶が戻ったときでさえ、勉強に集中出来なかったと言うのに、これじゃあ私はもうダメ人間だと思う。

 二度と昔の生活に戻れる気がしないよ……。


(そんな事よりも、私次第なのか、トマス次第なのか……いや分からない、これから何が起こるのか)


 やっとトマスから連絡があり、呼び出されたのだ、やっとって言っても、日日は全く経っていないんだけどね。

 まぁそれは兎に角、トマスは一体何を話し、何が有ると言うのか、色々と聞きたい事もある、例えば、私の処遇と言うか、私は何をすればいいのか……と云うよりも次なる迷宮はあるのか、それが気になる。


(あー、久々に緊張するなぁ……)


 私がトマスに呼び出されたのは、あの時の部屋で、普段行かない場所にあり、中々道のりは遠く、廊下はまだまだ続く。

 そんな事を考えながら歩いていると、廊下の先から見知った顔がこちらへと向かってくるのが、目に入ってしまう。


(あっ……やばっ、パトリク先生だっ)


 私にとっては、学校の先生と言うより、聖騎士達の御者だったのが記憶に新しいパトリク先生。

 私は身を隠していた身なので、妙な後ろめたさがあり、ズカズカと此方へ近づいてきて、とうとうすれ違う寸前になるパトリク先生を見て、少し嫌な汗を掻いてしまう。


(大丈夫の筈っ、バレていない筈だよね、ここの廊下はまだ歩いていても違和感は無い筈だし)


 平然を装いながら通り過ぎようとする私に、何故かパトリク先生は急に立ち止まって、私へと話しかけてくる。


「おぉ、クライナじゃないか、もう体調は大丈夫なのか?」


 純粋に、私を心配する様に顔を向けてくるパトリク先生、けれどそんなパトリク先生にびっくりしてしまう。


 まるで迷宮の怪我や疲れを、心配されたみたいに感じてしまって……。


(いや、迷宮の後の心配じゃなくて、多分、私は体調不良で休んでいた事になってたから、それで心配されてるだけだよね)


 考えすぎだ私、バレては居ないはずと、自分に言い聞かせてから、自然に言葉を返す。


「……大丈夫です、少しだけしんどいですけど」


 心配してくれたお礼を言いながら、取り敢えずは大丈夫です、と平然を装う。

 そんな私を見て、パトリク先生は納得した様に、無理はするなよ、と私に声を掛けてから立ち去って行く。


(よかった、バレてる筈がないよね)


 先生が御者をしていた馬車に乗って居たとは言え、私と先生は殆ど関わっていないのだ。

 迷宮から街へと帰ってきた時も、何だか色々と騒ぐ声が聞こえて、面倒くさそうだったのでバレない様にさっさと馬車から、逃げ出したのを思い出す。

 ……今考えたら、中々と酷い行動だな、私。


 ホッとしつつも、急いでこの場から離れる様に、そのまま先を急ごうとすると、そんな私を咎める様に、背後から声を掛けられる。


「そうだ、クライナ、お前の近くに落ちとった、あの剣拾っといてやったぞ……まぁ詳しくはトマスに聞いてくれ」


 捨てるにしては中々いい剣だったからな、とパトリクの豪快に笑う声が背中に当たる。

 そんな声に疑問や驚きを抱く前に、脊髄反射で、つい言葉を返してしまう。


「え、本当ですかっ?」


 きっとガレムの剣の事だろう、ずっと心残りだったのだ……無くしたのかな、迷宮と一緒に消えたのかな、なんて。

 そんな迂闊な私は、振り返って、声を返してから、パトリクの表情を見て、やってしまった、と今更気が付いてしまう。


「倒れていたお前はボロボロで、その上、カイル達が隠そうとしていたからよく見えんかったから、まさかとは思ったが、やっぱりお前だったか、クライナ」


 確信を得たのが、凄く嬉しかった様で、ニヤニヤとするパトリクが目に映る。


 ……何がバレていない筈だ、私の馬鹿、気絶して聖騎士達に馬車に担ぎ込んで貰ったのを忘れてたよ。


「……バレてしまったら仕方ないですね、剣を拾ってくれたのはありがとうございます、けど、私は何もしていませんヨ、あはは…」


 何故か、やたらと嬉しそうに、色んな感情が混ざった目で私を見るパトリクに、予防線を張っておく。


 カイル達は、私のことを隠そうとしていてくれていたみたいだから、パトリクはきっと私の活躍を知らないと思う、きっと多分。


「ふん、何を隠す必要がある……迷宮を踏破する事と比べたら、剣を拾うぐらい俺でもできる」


 自分の発言に何か思う所があるのか、哀しむ様な、苦しむ様な顔をするパトリク。

 そして伝える事を伝えたからか、そのまま立ち去ろうとパトリク先生は、私に背を向ける。


「……ありがとな、そして悪かった」


 そして去る直前に、パトリクは、ボソリと、それでいてハッキリと、まるで魂から絞り出した様に、震えた声を出す。


 馬車の前でのトマスとの会話を知っているからか、それとも途轍もない感情が籠もっていたからか、その言葉はとても重く感じ、そしてその謝罪は、私以外の誰かに捧げた言葉の様に感じた。


(聖騎士達の様に、パトリク先生もさっぱりとした、何かから開放された顔になってたな……トマスもそうなってたらいいんだけど)


 去っていくパトリク先生を見送りながら、そうなっていたらいいな、と私は思う。


 ふふふ、2つ目の神器の事は絶対に内緒にしてくれって聖騎士達に頼んだから、知らないはずだ。

 聖騎士達の帰還で驚いているであろうトマスを、更に驚かせてやろう、そしてその顔を見て笑ってやる。


 明るい感情に身を任せると、さっきまでの緊張感が嘘のように、どんどんと、私は前へと進めた。



 ◆◆◆◆◆



(もう入っていいのかな、いやその前にノックしないと……)


 私はトマスが居る筈の部屋の前に着いたけれど、その大きなドアを前にどうしようかと悩んでいるのだ。

 聞き耳を立ててみるけど、部屋の中からは全く音がしない所か、人のいる気配もない、本当にトマスは居るのかな……。


(えぇい、ままよ)


――コンコンコン


 取り敢えずノックをしてみると、トマスはどうやら中に居たみたいで、ドアへと歩いてくる音が中から響いてくる。


(……取り敢えず、ビシッとした顔付きで入ろう、もしかしたらトマス一人とは限らないしね)


 左腕の神器を隠しながら、ニヤつきそうになってしまう表情を必死に抑える。

 私の腕に2つ付いている神器を見ると、自然に頬が緩んでしまうのだ。

 ……一体どんな能力があるんだろうか。


(……早く、迷宮に行きたい、あわよくば3つ目の神器を!)


 そんな事考えながら、遂、緩んでしまう頬を引き締めようと、戦いを繰り広げていると。


――ガチャリ


「……あっ」


「これは驚いた……クライナちゃん、どうやら更に迷宮を舐めたみたいだね」


 ニヤける私を、完全に呆れきった顔で見つめるトマスが目に入った。



 ◆◆◆◆◆



「……久しぶりだね、クライナちゃん」


 あの時の様に対になる様に部屋の中にあるソファーに座るトマス、色々と思う所はあるみたいだけど、取り敢えずは嬉しそうに私を見つめている。


「……久しぶりですね、先生、どうです? 私が帰ってくると思ってましたか?」


 ふふふ、とそんなトマスを見て、笑いが漏れてしまう。


 誰にも自慢できないと思っていた、誰にも思いを吐き出せないと思っていた、けれどトマスだけは違う、この男だけは私が弱いと知っているのだ。


「……思ってなかったよ、正直凄く驚いてる」


「……何処が驚いてるんですか!? もっと素直になりましょう!」


 思ってなかったと言い切るトマス。

 ……その言葉は素直だけれど、表情は全く驚いてる様に見えない、何気なく紅茶なんか飲んでるし。


「ははは、これでも本当に驚いてるんだ……君よりもね」


 本当に凄い事さ、何も知らない君より僕の方が理解してるんだ、とトマスは私に見せる様に指を曲げる。


「……何も知らないですか」


 そうだ、迷宮の主を倒し、迷宮を踏破し、神器を手に入れた私だけれど、まだ何も知らない。

 迷宮を味わった今は、色々と聞きたい事がある所けれど、何から聞けば分からない、それ以前に、何故かこれから知る事がとても恐ろしく感じて、嫌な予感の様な物が私を襲う。


「……そうだね、何から話したらいいんだろう……まさか僕も、こんな日が、来るなんて思っても見なかったから」


 分からないのも、緊張しているのも、トマスも一緒の様で、この男にしては珍しくゴクリとツバを飲み込む。


「……なんだか緊張しますね」


「あぁ……そうだね」


 恐ろしい程の沈黙が部屋に走り、ただトマスの言葉をじっと待つ、ドクンドクンと自身の心臓の音だけが、煩く私の邪魔をする。


 魔物や迷宮を聞いた時とは、比べ物にならない様な物、絶対に引き返せない様な物、言葉に出来ないけれど、漠然とそんな予感がするのだ。

 知らない方がいいかもしれない、何も知らずに迷宮に行った様に、それがもう一度出来るならしたい。


 ……けれど、トマスの表情を見る限り、きっとそれを聞かないと前へと進めない気がするのだ。


 心臓が高鳴る、この先に一体何が待っているのか、そんな新しい予感に、呼吸をする度に空気が新鮮に感じる。


「そうだね、まずはお礼を言わせて貰おうか……ありがとうクライナちゃん、君のお陰で、今日にて聖騎士は廃止になったよ」


 本当にありがとう、としっかりと私に頭を下げるトマスに驚いてしまう、それに聖騎士が廃止って……。


「お礼なんてそんな、頭を上げてください、それより聖騎士が廃止ってどう云う事なんですか? まさか迷宮はあれ一つだけなんですか?」


 パトリクや、トマスの言い争いを思い出す、馬車での会話、迷宮の記憶、クリルの話を思い出す。


 その内容を思い出す限り、きっと聖騎士なんてない方が良い物で、その制度が無くなった事はとてもいい事なんだろう。

 けれどそんないきなり、無くなってしまうなんて、私にとっては嫌な知らせに感じる、迷宮がアレで最後だったとしか考えられない。


「うん、その通りだよ、あの迷宮が最後の下級迷宮(ダンジョン)で、だからこそ何も知らない聖騎士達は利用され、神器を得るために送り込まれていたんだ」


 唯一最後の下級迷宮の踏破、おめでとう、クライナちゃん。とトマスは私の左腕を見ながら、静かに声を発する。


 そんなトマスの言葉に少し頭が混乱してしまう……けれど、まだ理解できる範疇で、きっとあの迷宮は一番簡単な迷宮だったと云うことなのだろう。

 けれどトマスはそんな私にお構いなしに、更に……更にと、舌を回す。


「神器を得るためには、何も知らない子供の方がよかった、なんて迷信に近い、それでいて残酷な事実があったんだ、だからこそ、毎年、毎年っ、聖騎士云う制度下らない制度が、生贄を捧げる様に、迷宮へと子供達を送り込んだ」


 何かを吐き出す様に、自分に言い聞かせる様に……まるで懺悔するかの様にトマスは喋り続ける。


「だからこそ、きっと君は神器を手に入れたんじゃないのかな、弱く、何も無く、何も知らず、それ故に」


 言葉に纏まりは無く、思った事を口に出す様に、ただ喋り続けるトマス。


「凄まじい結果さ、まさに英雄の再現だ、僕はそんな事を予想はしていなかったし、期待していなかった、それどころかその反対を想像していたんだ……自分に失望すらしていたよ」


 それは今も変わらないんだけどね、とトマスは深い深い、笑みを浮かべる。


「確かに君はイレギュラーだった、けどね、それは強さとは全く関係ない事だ、そして僕は確かに見た、間違いなく確認をした、君の平凡さを、君の弱さを、君(・)の(・)恩(・)寵(・)を(・)」


 そう言葉を吐き出した瞬間に、トマスの目が遠慮なく、値踏みする様に私を見つめる。

 その途端、なぜか少しだけ背中に、変な感覚が走ってしまう……まるであの門番の時の様に。


「【剣術:C+】【短剣術:C-】【回避:C】【底力:C】、驚いたな、随分と成長している……けれど、到底、迷宮を踏破できる程ではない」


 そんな呟く様なトマスの言葉が、混乱していた私の頭、脳裏の奥底にハッキリと響き渡り、まさか、と凄まじい悪寒が走る。


「……恩寵を見たんですか? 私の恩寵を」


 私は迷宮を踏破した後の自分の恩寵を知らないから、トマスの言葉が合っているかどうかは分からなかった。

 けれど、きっと間違いなく合っているのだろう、そんな確信があった。


「そうだよ、君の恩寵を見るのはこれで二回目だ、そして君はそれを信じた、今も感じている、そうだろ?」


 何かを思い出す様に、何かに誓うように、目を瞑り、右手を握るトマス。

 ……私はそんなトマスから目が離せなかった。


「成し遂げた君を試すなんてありえないんだ、だからそんな難しい顔をしなくていいさ、ただの答え合わせで、それが君の特異性さ……我、神の前で望む口上を述べる」


 ボソリとトマスはその言葉を零す、迷宮で聞いたその言葉を……今ここで。


――ボッ……


 魔力が……幻想的な光がトマスを包む。丁度、太陽に雲が掛かったのか、薄暗くなってしまった部屋を、トマスの手のひらに浮かぶ、美しい炎が明るく照らし出す。


 そして私のこれまでの考えを破壊する様に、炎がメラメラと燃える中、トマスは話を続ける。


「そして君との出会いは、魔物だったね、クライナちゃん……それは君が求めていた物で、何処で知ったかは知らないけれど、君は魔物を知っていた」


 あの時は本当に驚いたよ、とトマスは炎の横で静かに笑う。


「それは可笑しい事だ、この国で言ったらね……けれど本当はその逆なんだ、この国が異常で、可笑しくて、本来は君が正しいんだよ」


 ま、国ですら無いんだけどね、なんて乾いた自嘲の笑いを浮かべながら、トマスは補足する様に付け足す。


「君は違和感を感じただろう? 納得できない様な顔で僕を見た、そんな当たり前の事が、それが異常なんだ、普通は違和感まで辿り着けやしない、絶対に聖騎士と踏破者を結びつけられないんだ、だからこそ君は合格だった」


 ……暗い部屋の中、私はただ炎に照らされたトマスを、じっと見つめる。


「理不尽だと思うかい? 仕組まれていた物は聖騎士だけじゃないのさ、平和も何もかも、君も、この国の全てが仕組まれていたのさ……例えば」


 トマスは息を吸い、一呼吸を置いて、ハッキリと声を出す。


「世界では当たり前の様に魔物が闊歩していると言ったら、君は信じるかい?」




一章 《蟲達の祭典》完結


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