一章 23話 心は晴れ、青い大空の下で欺瞞の英雄は前へと進む
『これは夢……?』
恐ろしい闇、無数の蜘蛛、悍ましい蟲達、そして美しい蟷螂。
続々と光景が切り替わる、悪趣味な転移門に、聖騎士に、踏破者達に、ガレム、そして私。
……全ては迷宮の夢の筈だった。
けれどノイズが走り、耳障りな音が流れ、乱れる様に場面は変わる、私が見たことない物へと。
――ズズズズ……ズズズ。
悍ましい腐臭、瘴気が溢れる古く大きな城……そしてその玉座に座る者。
「嗚呼、憎い、憎いッ! 全てを忘れてしまってもっ、全てが我を否定するのならっ、それすらも……」
――憎悪に塗れ、醜く歪んだ死者が顔を近づけ、涙を流し、呪うように私へ嘆く。
◆◆◆◆◆
「……イナちゃんッ!」
暗闇の中、私を呼ぶ声が聞こえる……。
「クライナちゃんッ! 大丈夫ですかッ!」
意識が覚醒し、目が覚める……。
記憶の混沌、体の痛みに悩まされながらも、目の前の少女に取り敢えず声を上げる。
「……ごめん、クリル、痛い」
本当に心配そうに私を揺さぶるクリル、その揺らし方は過剰気味で全身が痛む。
……取り敢えずは夢じゃなかったみたいだ、全身の痛みがソレを証明している。
「ごっ、ごめんなさいです、けど凄くうなされてたから」
揺らすのを止めて、シュンと、凄く申し訳なさそうな顔をするクリル。
(……ていうかここ馬車? 今私って寝転んでるよね? )
クリルだけじゃなく、心配そうに此方を見ている、カイル、ルイン、ルミナの姿も目に入る。
三人は詰め気味で馬車に乗っており、どうやら私が寝転ぶスペースを確保してくれたみたいだ、ありがたい。
「……うなされてた?」
本当はもう少し寝ていたいけれど、回らない頭で、取り敢えず言葉を返す。
状況を整理すると、私は寝ていた所を聖騎士達に拾われて、今は帰還している最中なのかな?
「はい……本当は寝かせてあげたかったんですけど、クライナちゃんが、急に凄く、うーうー、とうなされ始めたので、起こしたんです」
両手の指を合わせながら、ごめんなさいと、クリルは眉を下げる。
やっと頭が回り始める、って! みんな生きてる?
「いや、ありがと、それよりも……みんな生きててよかった」
なんとか疲れた体を起こし、4人をしっかりと自分の目で確認する。
……本当によかった! ふふ、ガレムの事、私の戦い、早く聞いてほしいし、彼らの話も聞かせて欲しい!
そんな純粋な私の言葉に、馬車には様々な感情が飛び交う。
「……あはは、君のお陰だよクライナ君、君が迷宮の主を倒したお陰で助かったんだ」
流石は踏破経験者だね、と意味深に淋しそうな笑みを浮かべるカイル。
「カイルの言う通りだぜ、はっ……一人で迷宮の主を倒したのか」
私の左腕を見ながら、何もなかったように、ルインはそう呟く。
「全部貴方のお陰よ、貴方を聖騎士なんかと一緒にしてごめんなさい」
ふふふ、とルミナは自虐的な似合わない笑いを上げる。
「ほんとですっ……! クライナちゃんはやっぱり凄いです」
あの時よりも……最初にあった時よりも、何処か距離を感じるクリルが静かに私をおだてる。
クリルだけじゃない、全員だ、全員がそんな距離を感じる、まるで遠慮する様に、遠く感じる。
そんな聖騎士達に、左手に増えた神器を気にするより前に、何故か嫌な気持ちが私を襲う。
馬車内には長い沈黙が走る、誰も喋ろうとせずに、皆顔を俯けて、ただ時間が過ぎる。
「……みんなは、生き残って嬉しくないの?」
馬車内のその雰囲気に、そんな言葉が口から漏れてしまう。
「そりゃ嬉しいさ……けれど同時に、僕らは多くの事を学んでしまった」
当たってごめんね……君を見ていると自分が嫌になるよ、と私に謝るカイル。
英雄になると夢を語った時とは、まるで別人の様に諦めた顔を浮かべるカイル。
ルインも、ルミナも、クリルも、カイルと同じ様な表情をしていた。
「っカイルは、英雄になりたかったんじゃないの? ルインは生き残って恩賞を受け取りたかったんじゃないの、ルミナは聖騎士の強さを思い知らせたかったんじゃないの? クリルは希望を見つけたんじゃないの?」
彼らの夢は覚えていた、全部叶ったはずなのに、何でそんな表情をしているのか、何に落ち込んでしまっているのか分からなかった。
そんな私の言葉には、クリルさえ黙ってしまい、嫌な沈黙しか帰って来なかった。
意を決した様にカイルが言葉を返す。
「……僕だって成れる者ならなりたいさ、けど、君のお陰で気づけたんだ、自分は英雄の器なんかじゃないって」
しっかりと顔を上げ、私の2つに増えた神器にカイルは、諦めとほんの少しだけ羨ましそうに視線を向ける。
ルミナもルインもクリルも、カイルの意見に同調する様に何も喋らない。
「……そんなことッ」
違う、私は英雄なんかじゃ……。
「……クライナ君、僕らは君みたいに、凄くはないんだ、それを迷宮で分からされたんだ、自分の無力さを、だから君は僕らを置いていったんだろ、そして君は迷宮の主に勝ったじゃないか」
喋りながら、ぽろぽろと何かが切れた様にと涙を溢れさせるカイル。
それは違う、カイル、なんて即座に否定の声を上げようとするけれど。
「っクライナ! てめぇはっ何が言いてえんだよッ! みんな生き残ったんならそれでいいじゃねえかッ! なんで、そんな事、言わせるんだよッ! てめぇは本当に俺達の気持ちがわかんねえのかッ!」
カイルを庇うように、喋らなかったルインが、声を荒げて私に掴みかかる。
私だって分かってる、カイルの、カイル達の気持ちが、けど、これでお別れなんて、こんなままでお別れなんて嫌なんだ!
「分かるよっ! だからっ」
「いいや、分かってねえッ! 分かってる言うんならもう黙ってくれよッ! あんたには分かんねぇ! 俺達の気持ちがッ! あんたみたいな奴には弱者の気持ちが分からないッ!」
ルインは私を睨みながら、涙を流して、そう言い切る。
「違うって言うんなら、まだ俺達を励まそうって言うんならッ! “なんで俺達を置いていったッ!” なんで一人で迷宮の主と戦えたッ!? 何故戦ったッ! 答えてみろッ!」
「……」
泣きながら、何故なんだと、理由を言ってくれよ……と、私を問い詰めるルイン、
私はルインの問いに答えられない、いいや、答えられなかった、答える資格なんてなかった。
私のせいで、彼らはこんな表情をしているのだ、私の嘘が、私の行動が、私の言葉が、彼らにどうしようもない、やり場のない感情を味わせているのだ。
「はっ! それはお前が強いからだろッ!? 勝てる自身があったから挑めたんだろッ! 俺達は違う、居ても居なくても変わらなかった、それ所か、迷宮がもう恐いんだ……」
力が抜けたように私を掴む手を離すルイン、そのまま顔を俯け静かに泣いてしまう。
……ルインの言う通り、私は彼らの気持ちが分かっていないのかもしれない、死にかけたって云うのに、私はまだ迷宮を求めているのだから。
けれど嘘つきで、弱い、そんな私を彼らは英雄だと思っているのなら……。
(……なら、最後まで英雄でいてやる)
「あぁ、やっぱり分からないな、私に弱者の気持ちなんて」
まるで疲れた体を無理矢理動かし、平然と、記憶が戻ったかの様に振る舞う。
左手を見せるように、顔を上げ、彼らを見渡す、あの肉の巣で戦い抜いて生き残ったんであろう、ボロボロの彼らを。
そんな私の残酷な言葉に、やっぱりと、彼らは完全に黙ってしまう。
「けれど君達は弱者じゃない、逃げたわけじゃない、君達はやり遂げた、生き残った、誇ることはあっても決して後ろめたい事じゃない」
ガレムを真似るように、私は口を釣り上げ、自信満々に断定する様に彼らを肯定する。
何だ、簡単な事じゃないか……それだけで、そんな偽物の英雄の一言で、彼らは少しだけ救われた表情になる。
「……せっかく生き残ったんだ、後悔しながら生きてほしくない」
ぐちゃぐちゃになった気持ちの中で、最後にそのまま思ったことを言葉にする。
……本当は私は英雄なんかじゃない、と教えたかった、自分がどれだけ弱いか、君達がどれだけ強いか、教えたかった。
勝てる確信なんて全く無かった、迷宮の主は奇跡が起きて倒せたのだと、ガレムが居たから倒せたのだと、吐き出したかった。
……けれど私は口を噤む、今更、そんな告白に、何の意味がある? 最初に嘘を付いたのは私だ、なら最後まで嘘を突き通すのも、せめて偽物の義務だろう。
私の……欺瞞の英雄の言葉が少しでも多く、彼らの心に響けばいいなと思いながら、静かな泣き声だけが響く馬車の中で、私は再び目を瞑る。
◆◆◆◆◆
(う~ん、いい天気、お祭り日和だね)
疲れと痛みで固まった体を伸ばしながら、大きな青空を見渡す。
ギラギラと輝く太陽の下で民衆は行き交い、溢れかえり、人々は英雄を待ち、大きな歓声を上げていた。
〔聖騎士様~!〕〔まさか帰還するなんて!〕〔奇跡じゃッ! アベル・ワグナーの再来じゃっ!〕〔しかも4人全員なんてっ!〕
帰ってきた、或いはもうすぐ帰ってくる聖騎士達に、街は祭り騒ぎになっていた。
(そりゃ当然だよね、なんてったって聖騎士達が帰還するなんて凄すぎるよ!……なんてね)
周りを見渡しながら、私はバレない様に欠伸をする、正直、私にとっては茶番にしか見えないのだ、本当は1日前に聖騎士達がもう帰還してるのも知ってるしね。
まだ節々が痛い体を気にしながらも、周りのクラスメイト達をチラリと見て、早く終わらないかなと、思ってしまう。
(アリアさんが代表スピーチをして、聖騎士達が帰還したから、私達のクラスが休日にも関わらず、なんか色々とやらないと行けないんだよね……)
帰ってきたばかりだと云うのにハードスケジュールだ。
私が聖騎士として、式典やら何やらに参加する訳には行かないし、聖騎士が帰還した事で色々大慌てらしく、トマスにすら会えていない。
……まぁ休もうと思ったら休めただろうけれど、そんな事はしなかった。
(最後に見納めって言うのか、別れって言うのか、何だろうな、過去の精算かな、アリアさんとか色々と……)
当然、私は居なかったけれど、アリアさんの代表スピーチは大変素晴らしい者で、物凄い評判だったらしい。
そしてそんなスピーチがあった年に、聖騎士達が全員帰還したので、今やアリアさんは聖女だ、なんて言われてるみたいだ。
(うん、これで私の贖罪も完了だよね……?)
クラスの一番前で、家族と楽しそうに喋っているアリアを見つめる。
スピーチからイジメられる事が無くなったアリアさん、聖騎士達が帰還した事でもう一生安泰なのかな。
(……家族と仲良くしているアリアさんを見ても、別に悪感情が湧いたりしないけど、私が変わったからかな?)
ふと思う、空っぽだった私は、なんで私はアリアさんが嫌いだったのだろうと、何故、アリアさんだけに嫌がらせをしたのだろうと、自分と似ていて、家族と仲がいい人間なんて他にも居るのだ、例えばカリーナとかね。
……思い出そうと悩みながらも、その理由はアリアさんによってもたらされる。
悩む私に気付いた様に、家族と仲良く団欒しながら、アリアさんは一瞬だけ視線を向ける。
(……あぁ、そっか、思い出した、この目だ)
本当に一瞬、まるで同情する様な、憐れむような様な目、私がアリアさんに悪い感情を持つきっかけなった目。
それは昔の空っぽだった私には重く辛すぎる物で、今の私でさえ、些かキツイ物がある。
(……)
「……クライナさん、気にする必要はないっすよ」
あいつはああ云う女だ、といつの間にか、私の近くへと来ていたフィネ・レマードが励ます様に、私に声を掛ける。
そんなフィネに驚いてしまうけれど、フィネはそんな私に構わず話を続ける。
「それにしてもあいつが選ばれた上に、まさか聖騎士が帰還するなんてな」
あんたが相応しいと思ってたんだけどな、とフィネは複雑そうな、納得できない様な顔をする。
「……本当に私が相応しいと思ってたんですか?」
記憶喪失のフリをずっとしていたから、間違えてタメ口になってしまいそうになるけれど、何とか敬語を思い出しながら、フィネへと言葉を掛ける。
「あぁ……」
今でもそう思っている、とフィネはハッキリと言い切る。
「何故ですか?」
ずっと疑問に思っていたことだった、何故? 私とフィネは思い出す限り接点はない筈なのに。
「……下らない事と思うかもしれないけど、理由は2つあるんだ、ずっと昔にな、あんただけが泣いてたんだ、誰もが当たり前に、聖騎士の門出を祝う中、あんただけが行かないでって泣いてたんだ」
覚えてるかい? とフィネは、思い浮かべる様に寂しげに笑う。
…………そんな事もあったかもしれない。
「ただそれだけの事さ、これまであんたに話しかけたかったけど、中々話しかけづらくてな、もっと早く喋りかけたらよかったな……」
余計な事をするわ、何年も話しかけられないわ、私って馬鹿だな、とフィネは笑う。
……仕方ないよ、今までの私はかなり人を寄せ付けづらい人間だったし。
「それでもう一つの理由は、あいつに……アリアに代表スピーチをやって欲しくなかったからだ……」
アリアを睨みながら、フィネはそう吐き捨てる。
「何で私がアリアの代表スピーチの事を知ってたと思う? 偶然聞いちまったんだ、あの女はな、選ばれた癖に、どうせ聖騎士なんて帰ってこないから、やりたくないなんてっ、友達と笑い合ってやがったんだっ!」
フィネは本当に悔しそうに、手を握りしめる。
「……悔しいけどあいつは優秀だ、あいつが選ばれる事は可笑しくないと素直に思えるぐらいに、だからこそ、あんたぐらい凄い人じゃないと、対抗出来ないと思ったんだ」
私は運動しか出来ないからな、と尊敬する様に私を見つめるフィネ。
「けど実際は、結局あいつがスピーチをして、聖騎士が全員帰還したんだぜ、くっそ、納得いかねえなぁ……」
凄まじい歓声が起こる、きっと聖騎士が帰って来たのだろう。
そんな悔しそうな言葉とは裏腹に、歓声が起こった方向をフィネは嬉しそうに見つめる。
「ま、聖騎士達とあいつのスピーチには何の関連性もないさ、きっと今年の聖騎士達がすごかったんだろうよ」
あー、明日から肩身が狭いだろうな、と豪快に笑うフィネ。
フィネのそんな言葉に私も笑ってしまう。そうだ、単純な事だった、フィネの言う通りだ、ガレムも、聖騎士も、私も、みんな凄かったんだ。
私だけがその事を知っている、私だけがそう思っている。
迷宮で起こった事も、ガレムの事も、これだけ人が居るのに、此処に居る誰もが知らない。
そんな事実にほんの少しだけ悲しくなり、ほんの少し優越感を抱いてしまうのはおかしい事だろうか?
「……フィネ、聖騎士達のサイン貰って来てあげましょうか?」
美しく澄み渡る、青い。青い、大空を見つめながら、私は前へと進む。
……ふふ、返事を貰わなければ、精算したとは言えないよね?
「えっ……おい、クライナさん?」
アリアさんへと歩いて行く私を、困惑気味に見送るフィネ。
家族と団欒していたアリアさんが、気付いた様に、驚いた様に私を見つめる。
「アリアさん、よければ、あの時の謝罪のお返事頂けるでしょうか?」
視線が私へと集まるけれど、何の不安も何の緊張感も無かった、迷宮で浴びた無数の視線と比べると軽い物で、むしろ今、私は清々しい気分だった。
「ちょ、クライナ、あんた空気読みなさいよ……家族といる時にそんな話しないでよっ」
ボソボソと私へと囁きながら、家族から離れる様に私を引き連れるアリアさん。
アリアさんと二人……私が狙っていた展開になった様だ。
あはは、ごめんなさい。
「それで、謝罪だっけ、返事ねぇ? ……別にいいわよ、そもそも貴方に何も怒ってないしね」
馬鹿ね、悪いのはフィネとあいつらじゃない、とアリアさんは呆れた様に口を開く。
「……けど、イジメの原因は私ですよ?」
そうだ、全ての原因は私で、フィネが動いたのも私のせいだ。
「はぁ? あんた何かしたっけ? 私を睨んだり、少し避けたり、そんぐらいでしょ? 確かにイジメの呼び水になったかもしれないけれど……あんたは自分一人だけでそんな事をしたんでしょ」
そんなのただ可愛いだけのもんよ、と笑いながら、堂々とアリアは張本人の私へと言い切る。
「それでも、私が……」
実際フィネは私のせいで動いたし、記憶が戻ってなかったら、私は……彼女から代表スピーチを奪い取っていたかもしれなかった。
「はぁ……勝手に全部自分のせいにしないでよ、あんたはあんた、他の奴は他の奴、私はあいつらを許さないし、自分で軽く仕返しぐらいしてやるわよ、だからあんたの件はこれで終わり、それでいいじゃない」
それにもうあんたは謝ったでしょ? とアリアさんは呆れ混じりながらも、嬉しそうに笑う。
「アリアさんがそれでいいなら……ありがとう」
そんなアリアさんの言葉で、本当に清々しい気分になる、まるで自分を縛るものが無くなったかの様に。
「クライナ、あんたそんなキャラだったのね……あんたは私の事嫌ってたみたいだけど、私はあんたの事嫌いじゃなかったわ、よかったら友達にならない?」
聖女と呼ばれてから、馬鹿ばっかりすり寄ってきてうんざりしてるのよ、とアリアさんは黒い笑顔を見せる。
「あはは、ごめんなさい」
アリアさんの。その言葉は凄く凄く嬉しい……けれど友達にはなれない、これ以上私を縛る物はいらないのだ。
……だってこの生活に少し未練が湧いてしまうかもしれないから。
「ちょっと、そこは了承するところでしょっ! って何処に行くのっ?」
背後から飛んでくるアリアさんの声を聞きながら、私は前へ、前へと進む、人混みの隙間を進み、歓声が湧いている方へとただ歩く。
そして……
「……クライナ君」
迷宮では付けていなかった、立派な鎧を付けたカイル達が目に入る。
英雄である聖騎士から、視線を向けられて、名前を呼ばれた私に、民衆達は静かになり、私へと目を向ける。
けれどやっぱり少しも緊張はしなかった。
(邪魔したら悪いから私からは話しかけるつもりはなかったけれど、相手から話しかけてきたらしょうがないよね?)
なんて言い訳をしながら、堂々と聖騎士達へと近づき、声を返す。
聖騎士から声を掛けたからか、私を止める者は居なかった。
「久しぶりカイル、ルミナ、ルイン、クリル……」
みんなを見る、立派な鎧を着たみんなを。
「ふん、クライナが表彰されずに、俺達が表彰されるなんてな」
皮肉げに笑うルイン、けれどその表情に悪い感情は無かった。
「ふふふ、貴方、また聖クルア学院の制服を来てるけど、やっぱり怪しいわね」
推理を披露した時の様にワクワクした表情を浮かべるルミナ、その表情に迷いは無かった。
「えっ、じゃあ私、聖クルア学院に転入したいです!」
ニコニコと、ずいっと距離を詰めて、私へと迫るクリル、その表情に距離は無かった。
「クライナ君……ごめん、そしてありがとう、君の言葉、しっかりと僕らに届いたよ」
もっと早くに、あの時に素直に受け取れたら、まだ喋れる時間はあったのにね、とカイルは寂しげに笑う。
そんな何かを確信している様な、カイルの言葉に思わず驚いてしまう。
「分かるの?」
「あぁ……さっぱりとした表情をしているよ、君はきっと行くんだろう、遠い何処かへと」
見られているからか、言葉を濁しながらカイルは悲しい顔でボソリと呟く。
けれどさっぱりとした顔をしているのは私だけじゃなかった。
カイルもルインもルミナもクリルも、みんなみんな吹っ切れた様な、私が望んでいた顔をしていた。
「クライナちゃん……行かないでください、平和に暮らす事は出来ないんですか?」
本心から私を心配しながらも、クリルは分かり切った表情で、分かり切った事を聞く。
「ありがと、クリル、けどそれは出来ないよ」
私は何度も死にかけても、未だに迷宮を求めてしまっている。
左手に神器を感じながら、返事を返す。
「ふふ、分かってました、貴方の無茶に救われた私が、クライナちゃんを止める資格なんて無いんです……けどクライナちゃん、どうか死なないでください」
本当は力づくでも止めたいんですけどね、とクリルは凄く恐ろしい顔で私へと微笑む。
長く喋っている私達に、流石にざわざわと困惑が広がる、そろそろ時間が来たみたいだ。
「……時間みたいだね、クライナ君」
カイルのその言葉に、聖騎士も私も、みんな、みんな、寂しそうな表情を浮かべる。
けれど、その前に頼みたい事があるのだ……。
「「最後に頼みが……」」
私とカイルの声が重なる、お互いに笑い合ってから、先に言ってとカイルに薦める。
「クライナ君、よければ、最後にサインをくれないかな」
えぇ、それは私が頼もうとしていた事で、カイルはふふんと笑いながら、それを言ってしまう。
「別にいいけど、なんで?」
そうだ、聖騎士のサインはともかく、私のサインなんて無価値で意味のない物なのに。
「無価値なんてとんでもない、君は英雄なんだよ、そして僕は大の英雄好き、ふふふ、僕の持ちネタに、アベル・ワグナーとの出会い話以上に、凄まじい英雄話が出来たんだよっ!」
ふふふふふ、とカイルは興奮しながら、ずいっと私に顔を近づける。
そんなカイルを牽制する様に、クリルが割り込んでくる。
「なら私も欲しいですッ! クライナちゃん、親愛なるクリル・フィノンへって書いてください!」
「俺もくれッ! 神器の魚拓とか取ってくれねえかっ?」
「わ、私も欲しいわ……」
フィネに、アリアに、カイルに、ルインに、ルミナに、クリル。
今日で、最後だと言うのに、ずっとずっと距離が縮まったみんなに、嬉しい気持ちになり、そして悲しくなってしまう。
けれど振り返らずに、私は前へと進む、まだ見ぬ迷宮を思い浮かべて、トマスからの連絡を待つ。
――その後、帰還した聖騎士達とサインを交換する少女は何者なんだと、遠い未来まで人々を騒がせたらしい。




