一章 22話 空は堕ち、迷宮は消え、そして永い夜は明ける、まるで全ては夢だった様に
激闘の終焉、目の前で傷を負い、部屋の中心へと佇む迷宮の主へと、私は影ノ偽装の効果を確信しながら、小さな剣を両手に握り、斬りかかる。
(ちッ、予想はしてたけど……)
けれど、そんな奇襲は失敗で、即座に後ろへと下がる。
何故なら、迷宮の主が驚きながらも、その真紅の瞳に私を捉えたからだ。
(丁度時間通り……なんてわけじゃないよね、攻撃しようとしたら切れた)
その事を脳裏に刻みながらも、今は目の前の敵に集中する。
迷宮の主は、傷からか、それとも私の実力からか、はたまたそれ以外の何かか、心底不愉快そうに私を睨み、そして早々に戦いを終わらせる為に、私へと速攻の一撃を仕掛ける。
――ギィィインッ!!!
(遅いッ!)
残像すら残ったそれと比べると、余りにも遅すぎる攻撃、咆哮の如き音を残したそれと比べると、余りにも軽すぎる攻撃。
弱っていた、羽を失い、腹を切り裂かれて、目の前の化物は確実に弱っていた。
(私でも受けきれるっ! 私でもやれるっ!)
その事実に心臓がバクバクと鼓動し、燃えるように熱く、激しくなって行く。
小さな剣を両手に握り、その刃を、必死に受け止める、次の一撃も、その次の一撃も、ずっとずっと受け止られた。
その度に目の前の化物は弱り、ゆっくりと、ゆっくりと、次第に速度が遅くなり、次第に力が弱くなる。
(何時になったら、攻撃がっ!)
けれど、弱っていきながらも終わる気配の無い、怒涛の攻撃に、防戦一方の私もどんどんと疲弊し、焦って行く。
迷宮の主だってボロボロだけれど、私だって此処まで来るのに、散々走り、余りにも体力を使いすぎてしまった。
圧倒的に弱ったとは言え、その一撃はやはり私には重く、必死に痛みに耐えて、痛みさえ最早感じない程になってしまう。
(けど、絶対に離さない……!)
痺れて、感覚さえ無くなりかけた腕で武器を必死に握り、足を踏ん張り、その一撃を受け止め、跳ね返す。
けれど、私よりソレが先に限界を迎えてしまう。
――ピキ……。
(くそッ、剣がっ!)
私に受け流す技術が無く、まともに打ち合ったからか、それ以前に使い方を間違えていたからか、迷宮の主の一撃をずっと受け止め続けた、私の唯一の武器に罅が入ってしまう。
そしてソレを確認した様に、見透かした様に、弱っていっていた筈の迷宮の主の斬撃が激しくなる。
(……どうする! このままじゃ確実に)
武器が壊れれば、私は確実に死ぬ。
武器が壊れる前に、決着を付ける? 無理だろう、万全の状態でも防戦一方なのに。
逃げ回る? 無理だろう、この部屋の中で逃してくれるとは思えない、今、影ノ偽装も使えない確信がある。
そんな事を考えている間にも、着実に剣の寿命は迫っていた。
(くっ! やるしかないっ!)
――ガッギィィインッ!!!
敢えて、剣の耐久も、自身の体力さえ顧みずに、迷宮の主の斬撃を思い切り弾く。
そんな私の行動に流石の迷宮の主も呆気にとられたのか、それとも見た目以上に弱っていたのか、少しだけよろけてしまう。
その少しだけ出来た隙に私は行動する。
(《影ノ人形ッ!》)
追撃を恐れたのか、ほんの僅かに迎撃の姿勢を取る迷宮の主を尻目に、神器を発動させる。
私の体から、薄暗い魔力が溢れ、あの時は見れなかった、全身影色の私……影ノ人形が私の横に顕れる。
そんな突然顕れた影に、警戒する様にジっと待ちの姿勢となる迷宮の主。
――パタパタパタ!
しかし影は、こんな状況で、パタパタと、私の背後へと突然駆け出す。
(なッ!)
思わずソレに驚いてしまうけれど、先程の一撃で、もうどれぐらい持つか分からない剣を迷宮の主へと構え、斬りかかる。
注意深く、去っていく影を観察していた迷宮の主だったが、大した事はないと判断したのか、先に目の前の驚異を排除する為に、迷宮の主も動く。
――ギィィインッ!!!
打ち合う度、ピキピキと音がなり、剣がどんどん駄目になって行くのが分かった。
打ち合う度に、体力が減って行くのが分かった、魔力を使いすぎたせいなのか、頭痛すらもしてしまう。
(早くッ! 早くッ!)
そう思いながら、ただ出来るだけ剣が壊れない様に、時間を稼ぐ、ただ迷宮の主の連撃を受け止める。
――ギィィインッ!!!
そして打ち合う音の中、私の背後からパタパタと確かにその音が聞こえた、確かに聞いた。
(やっと来た……随分長く感じたよッ!)
一先ずは凌げる、そう安堵しながらも、目の前の迷宮の主を睨み、次はどうしようかと悩む。
けれど
――べギィッ!
後もう少し、そう思い、迷宮の主の斬撃を弾いた所で……。
そんな所で無常にも私の剣は、寿命を迎えて、砕け散ってしまう。
(なんでッ!)
砕け散る刃を見ながら、あともう少しだったのに、なんで、どうして、と神を恨む、運命を恨む、泣きそうになってしまう、諦めそうになってしまう。
そんな私を見て、砕け散る剣を見て、迷宮の主はさっさとトドメを差す為、咄嗟に力任せの斬撃を放つ。
(あぁ、もう受け止められない、躱せたって意味がない)
自らへと向かってくる処刑の刃を見ながら、凄まじい風切り音を聞きながら、背後から迫る足音を聞きながら、私は絶望しそうになる。
走馬灯の様に、先程の戦いを思い出す、私より絶望的な状況で全てを覆した目の前の迷宮の主を思い出す、腕を伸ばし死んでいったガレムを思い出す、彼が欲しかった物を思い出す。
(そうか……私はガレムが欲しかっていた物をずっと持ってたのか)
死ぬ寸前に、左手を見て、そんな事を思ってしまう、思い出してしまう。
ずっと羨ましかったガレムが何に変えても欲しかった物を私がずっと持っていた、そんな事実に笑ってしまう。
だから……私はガレムと同じ様に、最後の瞬間に迷宮の主へと腕を伸ばす。
“神器を付けたその腕を”
――ガッガガガガガッギィィインッ!!!
(はは、さすが神器)
力任せに自身より硬い物にその鎌を叩きつけたからか、腕が砕け散り、何が起こったすら分からずに蟷螂は大きな、本当に大きな隙を晒してしまう。
私も決して無事じゃなく、左手に凄まじい程の衝撃が走る、けれど、止まっている暇なんて少しも無かった。
――パタパタパタ!
やっと、やっと、私の元へと戻ってきた影ノ人形。
背後へと駆け出した影の余りの遅さに驚いてしまったけれど、その予想より更に遅刻した影に、流石に遅すぎるよ、なんて文句が口から漏れそうになってしまう。
けれど、そんな暇さえも無く、影が持ってきた、ガレムの剣を即座に手に受け取る。
(ガレム……借りるよ)
ガレムの剣は私には分不相応でとても重かった、疲れた果てた私にはとても重かった。
けれど前の武器より、馴染む、前の武器より使える、何故なら私はその剣の握り方を知っている、その剣の振り方を見せてもらった。
剣を握り、記憶を頼りに、確かめながらも、目の前の迷宮の主を睨む、その片腕は砕けながらも、まだ生きる意志は無くなっておらずに、姿勢を崩しながらも、殺意を滾らせ私を睨みつける。
――パタパタパタ!
しかし、そんな迷宮の主に対して、私の影は何も持たずに、無謀にも突撃を開始する。
自らの腹の傷口へと突っ込んでくるその影を無視する事は出来ずに、迷宮の主は唯一残っていた腕を振り下ろしてしまう。
――ザッ!
直ぐに振り上げられる様に、影の力量を見計らい、軽く掻き消す様に、斬撃を繰り出す迷宮の主。
迷宮の主の見計らい通りに、影は掻き消される様に消えて、美しい魔力の残滓がこの空間を、私達の間を覆い尽くす。
羽を堕され、片腕を壊され、腹に穴を開けられて、その上戦いボロボロになり、最初の芸術品の様な美しさを無くしてしまった迷宮の主。
けれど、まだ諦めていない宝石の様に紅い目は、断ち切られた虹色の羽は、その生きようとする意志は、何よりも美しかった。
(……けど私だって負けてないッ!)
満身創痍。
ぜぇぜぇと息を吐き、ボロボロの体に、感覚さえ無くなった手に、凄まじい程の鈍い痛みを発する左腕、走りに走り、今にも倒れそうな脚。
そんな私を見ながら、軽く振り下ろした腕を即座に戻そうとする迷宮の主、その目は勝ちを確信していた。
――お前じゃ、そんなボロボロなお前じゃ、この距離は詰められないだろう、と。
(……確かにそうかもしれないっ)
その上に、今の私には、そんなボロボロの私の腕には……余りにも重すぎるガレムの剣。
今にも倒れそうな体を引きずって、どうやってあの隙を付けるのだろうか、どうやってその剣を振り下ろせると云うのだろうか、なんて自分でもそう思ってしまう。
けれど、それでもッ!
(……一撃は、一撃ぐらいならッ!)
剣を握り締め、構え、歯を食いしばり、地面を踏みしめる、全身から嫌な音がなり、心臓がドクドクと、燃料の様に全身へと血を回す。
思い出すは先程の戦い、二人の動き、二人の斬撃、そして脳裏にこれだと、確信が浮かぶ。
――ズッ!
彼らと比べると、それは余りに拙い物だったかもしれない。
だからこそ、その隙に間に合わずに、迷宮の主は、呆れた様に鎌を振り上げきり、姿勢を戻してしまう。
けれど、拙くても、私の中じゃ最高の手応えだったッ!
――ズズズッッ!!
刃がぶつかり合うその直後に、満身創痍の中、すべての力を出し切り、迷宮の主を真似る様に、壊れた腕へと、加速し回り込む。
今この時だけは全身の感覚を全て忘れ、ただ凄まじい速度だけが全身を感じさせる。
そしてそんな私に驚いた様に呆ける、目の前の化物を睨みながら、剣にありったけの力で握り込める。
「私の勝ちだァッッ!」
そこには油断も何も無かった、ただ力も何も体には残っておらず、何が起ころうとただ剣を振り抜く意志だけがあった。
そして
――ザンッ!
恐ろしい程の風切り音がなり、そして迷宮の主は、大きく切り裂かれる。
遂に無残にも地面へと堕ちる、魂を失ってしまったその亡骸は最早、何の美しさも無くなってしまう。
――――勝った、勝てたんだ。
地面へと崩れ落ちる迷宮の主を見つめながら、ただそう思いながら、もう体を支える力さえ無く、地面へと倒れ込んでしまう。
冷たい床を全身で感じながらも、私は勝ったんだと、天井を見つめ、ただ勝利の余韻を味わい、心臓が破裂してしまいそうな興奮を味わう。
(あぁ……そっか)
迷宮の主が斃れたからか、魔力を残滓を残す様に迷宮は消えてゆく。
視界の隅で、消えてゆく、天井も、壁も、迷宮の主も、ガレムも何もかも。
美しい光を残しながら、その全てが置いていかれる様に消えてゆく。
……そんなせっかくの美しい光景が、涙でボヤケてしまう。
(……どうか、目覚めたら夢じゃありませんように)
そう祈りながら、疲れから、ゆっくりと目を瞑る。
その直前に、ボヤケた視界のせいか、私の左腕には神器が2つあった様に見えた。




