一章 18話 闇からの帰還
――声が響いた方へ必死に走る、自身の体力さえ考えずに、いつ踏破者達が離れても可笑しくないから。
それをクリルも分かっている様で、私の後を追いついてくる。
――…………ィナくんー!
そして再び声が聞こえる、最初に聞こえた微かな声が、きっとカイルであろう声が。
だいぶ近い、そう思いながら速度を上げる、ただ走り、走り続ける。
……そして
「ッはぁ、はぁ、待ってっ!」
警戒する様に、私達に武器を構える踏破者達が目に入る。
その光景を見て安心して、疲れから座り込んでしまう。
〔……ほんとに戻って来やがった!〕〔あの餓鬼の言う通りに……〕〔信用できるかっ、きっと人に化けた魔物だ!〕
闇から出てきた私達を見て、ざわざわと驚く踏破者達を見ながら、思う。
戻ってこれたんだとッ!
◆◆◆◆◆
ガレムの怒声で武器を収めた踏破者達を尻目に、陣形の中心へと、クリルと一緒に進んでゆく。
疲れた顔をしながらも、嬉しそうに私達を見る聖騎士達と、不機嫌な顔をしたべオルグが目に入る。
「……クライナ君、クリル、おかえり」
凄まじいガラガラ声で、カイルは私達に微笑む、きっとずっと叫んでくれていたのだろう。
「ありがと、カイル」
本当に助かった、そう思い頭を下げる。
「けっ、ほんとだぜ、其処の赤髪がな、必ずお前が戻ってくるから、待っていてほしいってガレムさんに頼んだんだ」
そんな私達の会話に、水を差すように入ってくるべオルグ。
「まぁ、元々ガレムさんは休憩するつもりだったらしいから別にいいが、そいつの叫び声がどんだけうるさかったか……お前らにも聞かせてやりたかったぜ」
忌々しそうにカイルを睨みつけるべオルグ。
そんなべオルグに、
「ありがとう、べオルグ、貴方の怒鳴り声で方向がわかった」
しっかりと頭を下げる。
「ふんっ、そりゃどうも」
べオルグはそう言うと、やり辛そうに舌打ちをして立ち上がり、この場から立ち去る。
「……カイル、どうして?」
そんなべオルグを見ながら、カイルに疑問をぶつける。
何故ここまでしてくれたのか、なぜそこまで信じたのか。
私が踏破経験者だから? それとも他に何か理由があってこんな事をしたのか、わからない。
「ふふふ、クライナ君、あんな自信満々に走られたら誰でも信じるさ」
ルインもルミナもね、と掠れた声で笑うカイル。
そんなカイルの言葉に、二人へと視線を向ける。
「……まさか戻ってくるなんてな」
「ルイン、素直じゃないわね」
カイルと同じく、ガラガラ声のルインとルミナ。
本当にありがとう……そう思い頭を下げる。
「けっ、戻ってきたんだから、それでいいじゃねえか」
満更でもない表情のルイン、喋るのに疲れたからかソレっきり黙ってしまう。
「……戻ってこれたのは貴方達自身の力よ」
あの踏破者達の驚いた顔を見た? と誇らしげに私達を見つめるルミナ。
そんな聖騎士達を見て、生き残ったと改めて実感する。
まだ一度も戦っていないけれど、自分の知恵と脳力、そして仲間達との助けのおかげで、死を乗り越えたと思うと、蜘蛛達に追われていたときよりも、心臓が破裂しそうなぐらいに鼓動する。
「それにしても随分とクリルと打ち解けた様だね、あの闇の中で、一体何があったか教えてくれないかっ!」
目をキラキラとさせながら、君の活躍を聞かせてくれて、と私に迫ってくるカイル。
そしてそんなカイルから私を守るかの様に、前に立つクリル。
「クライナちゃんに近づかないでください、このっ変態!」
私がずっと思っていた事を、遠慮なく言葉にするクリル。
「……ははは、変態なんて心外だな、僕だって少しは役に立ったんだ、教えてくれてもいいじゃないか」
クリルだけ卑怯だ、と諦める様子のないカイル。
「嫌ですっ! 私達だけの秘密です」
「ほぅ? しかし俺には聞く権利があると思わないか? 報告義務って奴だな」
そんな二人のじゃれ合いに影が差す、いつの間にか来ていたガレムが馬鹿にする様に言葉を飛ばす。
そんなガレムの言葉に、二人は黙ってしまう。
「たしかクライナとか言ったか、耳残るぐらいに聞かされたから、覚えてるぜ、お前だけでいい、来い」
私をジロリと見ながら、来いと、ガレムは返事を待たずに、陣形の一番前へと歩きだす。
「……クライナちゃん」
私を心配そうに見つめる聖騎士達。
そんなに心配しなくても、大丈夫だよ、ただ報告するだけだしね、と思いながらガレムへ付いていく。
……大丈夫だよね?
「クライナ、その様子を見るに、随分な活躍だったみたいだな……お前神器って知ってるか?」
黙って付いて来る私を確認しながら、ガレムはそんな話を振ってくる。
そんなガレムの唐突な問い掛けに、思わず体を強張らせてしまう。
「その神器ってのは、活躍した奴だけが貰える……どうしても、どうしても俺はそれが欲しい」
前方についたガレムが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「さて……教えてもらおうか、お前の活躍を」
振り向いたガレムの狂気的な視線が私を射抜く、大きく見開かれた黒く濁った瞳が私をじっとりと見つめる。
そんなガレムの視線に、左手をギュッと隠す、この男に神器の事が知られていなくてよかったと安堵してしまう。
もし知られていたら、殺されていたかもしれない、ありえないけれどそう思ってしまうのだ。
◆◆◆◆◆
「……成る程な、魔物は殺してねえのか」
何かを考え込む様に、顎に手を当てるガレム。
何とか、神器の所だけを誤魔化して報告をしたけれど、取り敢えずはバレていないようだ。
「……もう戻ってもいいですか?」
神器を隠し持っているからか、この男の近くに居ると凄まじい緊張が走る。
出来れば早く離れたい、戻りたい。
「待て」
戻ろうとする私を静止するガレム、その雰囲気に嫌な予感がする。
「その糸とやらに、だいぶ引き摺られ殺られた、そしてお前さんはそんな糸から生還して見せた……戦力を余らせる余裕はないと思わねえか? 特別だ、お前にも戦って貰おう」
よかったな、遂に戦えるぞ、と嬉しそうな笑顔を浮かべるガレム。
それは私が最も望まない事で……。
「私だけ? 他の聖騎士は?」
遂、そんな質問をしてしまう、何故なら彼らは戦いたがって居て、私よりも戦力になるからだ。
何より今から踏破者達の所に混ざるより、彼らと行動したい!
「いーや、他の奴らは今まで通りで、お前だけだよ」
そう一方的に伝えると、ガレムはさっさと持ち場へ付けと言わんばかりに、私に場所を伝え、去ってしまう。
その指示を無視する訳にはいかず、せめてべオルグでもいいから居ますようにと祈りながら、私は足を進める。
◆◆◆◆◆
《おいお前らっ! 休憩は終わりだッ! 進むぞッ!》
伝えられた持ち場に付くや、否や、そんなガレムの言葉が響き渡る。
そんなガレムの指示に、怯える者、疲れを隠そうとしない者、少し嫌そうな様子を見せる者、それに当たる者、その為に士気が下がり、険悪な雰囲気になり、中々、足が進まない。
……気持ちはわかる、私だってかなりクタクタだから。
《おいおいッ、お前ら、いつまで此処に居る気だ? 此処はまだ死んで当然の迷宮っ! その中でせっかく生き残ったのによぉ!》
その言葉にハッとなる踏破者達、そうだ、ここは死亡率100%の迷宮で進むしか無いのだ。
此処に居る者達は、試練を超えて生き残った者達なのだ、味方同士で争っている場合では無いと、顔を見合わせる踏破者達。
《安心しろ、実はなッ! この迷宮の半分をもう過ぎたッ! さっさと踏破して栄光を味わおうじゃねえかッ!》
それを見計らった様に、ガレムは怒号を上げ、闇へと一人で進んでいく。
そんなガレムに、疲れた様子を見せながらも誰もが熱狂的に応じ、ついて行く。
ガレムは此処まで計算していたのか、エンジンが掛かった様に行軍が始まる。
(ガレムのお陰で、踏破者達の険悪な雰囲気は無くなったけど……私だけは別だよね)
歩きながら、こっそりと周りを見渡す。
急に此処へ、放り込まれた聖騎士でもあり、闇からの帰還者でもある私、やはりガレムは何の説明もしていないみたいで、視線が私に集まっていた。
(今日で何度目なの、この状況……)
もう流石にそんな状況には慣れてしまったけれど、ボソボソと私を見ながら、好き勝手喋っている踏破者達は少し鬱陶しく感じる。
〔……あいつが例の〕〔なんで此処に……〕〔なんだあの装備舐めてんのか?〕〔きっと逃げるために捨ててきたんだろ……〕
(……我慢、我慢)
そんな雑音を我慢しながら、もう迷宮の半分を過ぎた、なんてガレムの言葉を思い出す。
もしその言葉が事実だとしたら、行けるんじゃないかな、なんて思ってしまう、もう私は何回も死にかけてるんだけどね。
(このまま行ったら、迷宮踏破出来ちゃうかも……)
蜘蛛達は、あれだけ居ても踏破者達には敵わなかった、確かに蜘蛛の糸も危険だけれど、私が、前世の知識が見破った。そしてもうガレムに報告してあるのだ、あの男ならきっともう対策が思い浮かんでいるだろう。
死人を出したとは故、踏破者達はまだ10人以上は居て、聖騎士達は全員生き残っており、私も生き残っている! 今の状態は私の理想に近い状況なのではないだろうか。
(……だとすれば、後は迷宮の主って奴だけだね)
どんな物なのか想像する、きっと巨大蜘蛛なのかな……。
一応警戒しながらも、そんな事を考えつつ、ただ歩き続ける。




